第15話 アンジェリカの逆ハーレム計画進行中その1

 なんだかんだで私の学園生活は順調だと思う。


 アランが校内を案内してくれたり、トーマスが成績に困っている私をちょこっと指導してくれたり、タイラーとは休日に乗馬の練習をしたり……。


「これ、完璧にイケる流れじゃない?」と、胸を弾ませずにはいられない。


 乙女ゲームで見た通りの展開が次々に起こるたび、私は小さくガッツポーズを決めている。


 まさか自分が本当にゲームのヒロインになれるなんて、前世では考えもしなかった。

 あの頃の地味な自分を見返してる気分。


 でも今のところ順調に見えるこのルートの最終目的は、あくまで隠しキャラである聖騎士パトリックを攻略することなんだよね。


 アランは確かに魅力的だし、トーマスやタイラーもそれぞれ良さがあるけど、推しキャラの輝きには敵わない。


 パトリック――黒髪に紫の瞳、そして何よりその孤高の雰囲気がたまらない。


 聖騎士としての気高さと、人知れず背負っている葛藤。それを解きほぐしていく過程がゲームでも最高にロマンチックだった。


「これだよ、私が欲しいのは!」と何度画面に向かって叫びたくなったことか。

 エンディングで見た結婚式の時の白い衣装姿なんて、今でも脳裏に焼き付いている。


 でも、そこにたどり着くためには逆ハーレム状態を作らないといけないのが、このゲームの厄介なところなんだよね。


 全員の好感度をまんべんなく上げてからパトリックルートが解放される仕組みになっているから、手を抜けないのだ。


 そのためには、闇ルート担当の暗殺者レイも欠かせない。

 彼がいないとルート解放の条件を満たせない可能性があるからだ。


 でも、そのレイが全然出てこない。


「もう、いつになったら会えるのよ!」


 思わず愚痴が漏れる。


 イベントアイテムのボロい木彫りの人形も、いい加減捨てたいんだけど、それを手放したら再会イベントが発生しなくなるかもしれないと思うと、捨てるに捨てられない。


 ゲームでは幼い頃にレイが作ったその人形が、彼との絆を象徴するアイテムだったからね。


 でも、そろそろ出てきてほしいなあ。お姫様抱っこで屋根の上を走り回るシーンとか、めっちゃ熱かったのに!


 前世の記憶の中で、彼が無表情で抱き上げながら「大丈夫、俺が守る」と言ってくれた瞬間がよみがえる。


 あの時のトキメキが再び味わえると思うと胸が高鳴るけど、現実にはレイの影すら見当たらない。


 もしかして、誰かに邪魔されてるとか。


 最初に頭をよぎったのは、悪役令嬢ポジションであるヴィクトリアの存在だ。

 ヴィクトリアが何か仕掛けてる……とか?


 でも、よく考えたらそれは違う気がする。


 彼女がもし前世の記憶を持っているのなら、わざわざゲームの断罪イベントが待っている婚約者のアランとの関係を改善しようとするはずだし、婚約破棄を望むような態度にはならないはず。


 ゲーム内でも特に仲が良い設定じゃなかったし、むしろ関係が冷え切っている今の状況を見る限り、彼女が前世の記憶を持っている可能性は低い。


 だったら……タイラーの婚約者であるカレンとか?


 最近タイラーと距離を置いている気がするんだよね。

 もしかして彼女も前世の記憶を持っていて、私の逆ハーレム計画を阻もうとしてるのかなぁ。


 でも、それにしては特に行動を起こしてくるわけでもないし。


 ただ距離を置いているだけなら、単にタイラーとの関係が冷えただけかもしれないよね……。


 うーん。分かんないなぁ。


 まあ、レイのことは一旦置いておこう。分かっているイベントを発生させる方が先決だ。


 乙女ゲームのシナリオは、「学園生活+日常イベント」から「聖女覚醒イベント」を経て、ようやく闇ルートの選択肢が出てくるようになっている。


 この聖女覚醒イベントをクリアしておかないと、そもそもパトリックとの接点すら生まれない。


 ゲーム内では私が「聖女」と呼ばれるようになるきっかけは、下町の教会で馬車に轢かれた子供を光魔法で救うという出来事だ。

 これを成功させれば、周囲から一気に注目を集め、逆ハーレムの下地が整う。


 ただの光魔法が使える元孤児の男爵令嬢じゃなくて、どんな怪我でも治せる「伝説の聖女」なら、王太子のアランと結婚して王太子妃になるのも、可能だ。


 アランじゃなくてパトリックを選んだ場合でも、攻略できれば王太子妃になれる。

 その場合は、私に振られたアランが病気になっちゃって、パトリックが王太子になる。


 パトリックルートは面倒だけど、やっぱりアランで妥協しないで攻めるべきだよね。


「よし、やるしかない!」


 そう決意したその時、運命的なタイミングでアラン殿下から声がかかった。


「慈善活動の一環として、下町の教会に寄付をしに行く。アンジェリカも同行しないか?」


 トーマスとタイラーも同行するという話を聞いて、私は即座に頷いた。


「もちろんです、アラン殿下!」


 心の中では大きなガッツポーズ。

 これは来た! 確実にイベント発生するわ!


 馬車に轢かれた子供を救うあのイベント――これを成功させれば、いよいよ「聖女」としての道が拓ける。


 推しキャラ・パトリックとの接点も、もう目の前だ。


 胸を弾ませながら、私はアラン殿下たちとの出発を心待ちにした。


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