第16話 アンジェリカの逆ハーレム計画進行中その2
薄汚れた建物が並ぶ下町を馬車で抜けると、あまり大きくはないけど古い歴史を持つ教会が見えてくる。
石造りの壁には何かの紋章が彫られていて、雨風にさらされた痕跡が目立つ。
うっわぁ。ボッローい。
「殿下、よくいらっしゃいました。タイラー様、トーマス様も……」
神父さんが感激した面持ちで迎えてくれる。
前世では偉い人にこんなふうに出迎えられるなんてなかったから、ちょっとした優越感だ。
「ああ、今日は寄付と、子供たちの見舞いをしに来たんだ」
アランが低い声で応じる。
王太子としての責任感を見せる姿は、さすがに様になっている。
普段はちょっとツンツンしてるけど、こういう場面では頼もしさが際立つんだよね。
神父さんに案内されて、奥の部屋で日用品や食料品を渡す。
いかにも乙女ゲーム的な慈善活動イベントだ。
でも、ここで大事なのは、馬車に轢かれた子供、が登場するタイミング。
来るなら今でしょう!
私は内心そわそわしながら、トーマスやタイラーが子供と遊んだり、書類にサインをしているのを眺めていた。
そして、とうとうその瞬間がやってきた。
教会の外から騒がしい声が響き渡り、誰かが悲鳴を上げている。
「大変だ! 子供が馬車に轢かれた!」
「い、今すぐ神父様を……!」
「治癒担当の神父様は、今巡回中だ」
「えっ、それじゃあ……」
私は思わず反射的に駆け出した。
きた! イベントだ!
教会の入口に飛び出すと、そこには血だらけの状態で倒れこんでいる小さな男の子がいた。
周囲の人々が慌てふためいているのを見ると、どうやら荷物を積んだ馬車がブレーキをかけきれず、子供を巻き込んでしまったらしい。
アランたちも遅れて出てくる。
アランが「医者を呼べ!」と声を張り上げるのを聞きながら、私は子供に駆け寄った。
「嘘っ……ひどい怪我……」
腕や脚が変な方向に曲がっているし、胸を強く打ちつけたのか呼吸がほとんどできていないみたいだ。
見るからに瀕死の状態。
初めて見る大怪我に、私は棒立ちになった。
むせかえる血の匂いに、吐きそうになる。
でも、これは私のイベントなんだから、しっかりしないと。
……大丈夫。光魔法を使えば、きっと助かる。
ゲームのシナリオでは、ヒロインである私が光魔法を使うことで子供を救って、そこから一気に国民に「聖女」と崇められる流れになっていた。
だから今回も同じはず。
「私がやります! どいてください!」
怪我した子供を地面から抱き起こし、必死に魔力をこめる。
「はぁっ……!」
瞳を閉じて、頭の中で光魔法の詠唱を思い浮かべる。
青白い光が周囲を包み込み、子供の身体を癒やしていく。
肉の裂けたところに光が満ち、徐々に傷が再生されていく感触がある――はずなのに。
なんで……回復しきれてない……?
以前はもっと簡単に魔法がかかったのに、今はどれだけ魔力を注いでも手ごたえがない。
徐々に子供の呼吸が弱まっていくのが分かる。
心臓の鼓動も薄くなっていくような気がする。
「なんで……? ……ダメ……助からない? そんな、嘘でしょ……? もっと、魔法を、魔力を……」
混乱したまま光を注ぎ続けるけど、子供の身体がガクっと倒れた。
血の気が一気に引いて、私の手の中から命が消えていく。
「嘘っ、こんなの……イベントでは助かるはず……! もっと魔法を使えばいいの?」
焦りながら、私はさらに大きく魔力を注入する。
頭の中が真っ白になるほど集中し、光魔法の限界を試すかのように何度も詠唱を繰り返す。
すると、子供の身体がピクリと動いた。
「マジか……」
傍らにいたタイラーが、その光景を見て目を丸くしている。
「すごい……まさに奇跡だ……!」
トーマスでさえ驚きを隠せない表情だ。
「あんなにひどい傷だったのに……死んだはずの子供が生き返るなんて……」
周囲が騒ぎ出し、アランが子供を抱きかかえる。
子供はきょとんとした表情を浮かべていた。
顔色が少し悪いけど、さっきまで息をしていなかったなんて信じられないくらい落ち着いている。
やっぱりイベント通りになった!
私は胸をなでおろして、安堵の息をついた。
血まみれで死にかけていた子供が息を吹き返したんだから、周囲が「奇跡だ!」と騒ぐのは当然だ。
これで私は一気に「聖女」と呼ばれるようになるだろう。ゲームのシナリオでも、ここがヒロインの大きな転機。
でも、ほんの一瞬、子供の瞳が妙に虚ろだったような……気のせいかな。
うん。気のせいだよね。
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