第14話 アランの言いがかり

 翌日、予感は見事に的中した。

 アラン殿下が憤然とした表情でわたくしのもとに詰め寄ってきたのだ。


「ヴィクトリア! 昨日、アンジェリカに何を言ったんだ?」

「殿下、それは――」


 わたくしが説明を始める前に、アラン殿下は苛立ちを隠さず言い放った。


「アンジェリカはまだ貴族になって間もないんだ。わからないことがあっても仕方ないだろう!」


 その言い方に、わたくしは思わずムッとした。


「平民だって婚約者のいる方に親密にはしません。ましてや貴族であれば尚更のことです」


 わたくしが反論すると、彼はさらに声を荒げた。


「親密じゃない。彼女はただ、貴族の生活を学んでいるだけだ!」


 その言葉を聞きながら、わたくしの胸には冷たい怒りが湧き上がった。


(学んでいるだけ、ですって?)


 影からの報告で、アラン殿下が婚約者に渡すはずの予算を流用し、アンジェリカに贈り物をしていることはすでに知っている。


 ドレスや宝飾品――それが「学ぶため」のものだというのなら、一体どんな教育方法なのか説明してほしいものだ。


 婚約解消を願って父に頼んでも、王妃が首を縦に振らない限り、それは叶わない。

 わたくしの状況は八方ふさがりだ。


 けれど、どうにかしなくては冤罪で追放まっしぐらだ。


「知っているぞ。お前のほうこそ、俺の異母兄と逢引きをしているそうじゃないか」

「なっ、……誤解ですわ!」


「ふん。ダンジョンの中で、二人きりだろ。何をしているか分かったものか」


 確かに「セレナの深淵」の二階まではスライムしか魔物はいない。でも、当然そこまでは王家の影も公爵家の影もこっそりついてきている。


 三階から下はアンデッドが出てくるが、四階まではそこまで強い魔物は出てこないので、影たちも協力しながらわたくしたちを見守っているはずだ。


 だから、アラン殿下の言いがかりにも、いざとなったら反論できる。


「ダンジョンの中で気を抜けば死んでしまうというのに、そんなことをしているわけがないでしょう」

「口ではなんとでも言えるだろう」


 影たちの証言はあるが、それは奥の手だ。

 ここで明らかにするのはもったいない。


「そこまでおっしゃるなら証拠を見せてください。ないのであれば、これ以上話すことなどありませんわ」

「はっ、逃げるのか」


 馬鹿にしたように笑われて、わたくしは心底軽蔑した目をアラン殿下に向ける。


「そんなにわたくしがお嫌いなら、早く婚約を解消して頂けませんか? 父から何度もお願いしているはずです」


 アラン殿下はさらに鼻で笑う。


「父からは何も聞いていないぞ。まったく……そんな嘘までついて俺に愛されたいと思っても無駄なのに」


 ダメだわ……。全然言葉が通じない。

 わたくしのこの態度のどこが、アラン殿下に好意を持っていると思えるんだろう。


 ここまで話が理解できないのは、もしかして、脳の病気とか?

 ……あり得ない話ではないわね。前世でも若年性の認知症という病気があったはずだわ。


「とにかく、わたくしはアンジェリカさんに貴族の令嬢として当たり前の常識を教えただけです。アラン殿下がご不快なら、もう二度と近寄りませんわ」


 わたくしが断言すると、アラン殿下は再び「ふんっ」と鼻息荒く去っていった。


 ちょっと話しただけなのに本当に疲れるわ……。

 でもこれでロレーヌとカレンにも、わたくしがアンジェリカに関わらない理由を示せるわね。






 宣言通り、わたくしはそれ以降、一切アンジェリカに関わらなかった。


 ロレーヌとカレンは何度か自分たちの婚約者に苦言を呈したそうだが、まったく取り合わないどころか、アンジェリカをいじめていると非難されたので、わたくしと同じように距離をおくことにしたようだ。


 わたくしはそれとなくロレーヌに性格が合いそうな男子生徒を紹介した。


 領地が絹織物の産地ということで服装には人一倍気を遣うおしゃれなロレーヌには、宰相の息子ということで知性をひけらかすトーマスよりも、大きな商会を持っている伯爵家子息のほうが絶対に合っている。


 確かに伯爵子息はトーマスほどの美形ではなかったけど、いつも「着飾ることにしか興味がない馬鹿な女」扱いするトーマスよりも、「なんて美しい」と会うたびに絶賛してくれる人のほうがいいに決まっているものね。


 もちろんまだロレーヌはトーマスと婚約してるから節度のあるお付き合いの範疇だけど、ロレーヌもまんざらではない様子。


 自画自賛してしまうけれど、わたくし、とっても良い仕事をしたわ~。


 カレンだって、辺境伯の溺愛する一人娘なんだから、領地に戻ればよりどりみどりよ。


 攻略対象のタイラーほどの美丈夫はいないかもしれないけど、辺境伯のお眼鏡にかなう人の中から選べばいいんだものね。


 婚約者が離れていっているのにも気づかず、アラン殿下たちとアンジェリカは、どんどん親密になっていった。


 影によると、アンジェリカは順調にイベントをこなしていっているらしい。


 そういえば「聖女」と呼ばれるようになるイベントが発生するのは、今くらいの時期だったと思い出したのは、下町の教会でアンジェリカが瀕死の子供を全回復させたという噂が学園中を駆け巡ってからだった。

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