第13話 忠告
わたくしは、アンジェリカに冤罪を仕掛けられる未来を避けるため、そしてゲームの筋書きどおりの破滅を回避するために、公爵家の影や自身の努力を駆使して備えを固めた。
けれども、事態はそう簡単にはいかない。
学園では、アラン殿下とアンジェリカの仲がますます接近しているという噂が日々耳に入った。
「この前もアンジェリカ嬢がアラン殿下と一緒に中庭を散歩していたとか」
「殿下がダンスの授業に使うようにと、特別にドレスを仕立てて贈られたそうですよ」
「トーマス様は髪飾りと靴を贈られたとか」
「あら、靴はタイラー様が贈られたのではなくて?」
「そういえばDクラスにいる商会の息子がネックレスを贈ったという噂も聞きましたわ」
「……あの方、殿方にどれだけ物を贈られているのかしら」
周囲の貴族令嬢たちは、アンジェリカに対する不満を日に日に募らせている。
その中でも特に目立つのは、トーマスの婚約者であるロレーヌと、タイラーの婚約者であるカレンだ。
「ヴィクトリア様、どうかしていただけませんか!」
ある日の昼休み、二人がわたくしの元を訪ねてきた。
顔には怒りがにじみ出ていて、その緊迫感にわたくしは思わず立ち上がった。
ロレーヌは金色の巻き毛を揺らしながら声を荒げた。
「アンジェリカ嬢、最近はトーマス様と頻繁に話をしているんです。何度も『婚約者がいるのだから遠慮するように』と遠回しに言ったのに、まるで聞く耳を持ちません」
隣のカレンも苛立った様子で続ける。
「タイラーもそうです! 訓練の合間にわざわざアンジェリカ嬢とお茶をするなんて、ありえません。私たち婚約者の立場をどう思っているのかしら!」
わたくしは困惑しながら、二人の話を聞いていた。
彼女たちの怒りはもっともだ。
貴族社会では婚約者同士の関係は非常に重んじられる。たとえ無邪気な振る舞いであっても、それが婚約者以外の異性に向けられれば問題視されるのは当然のことだ。
「でも、わたくしが出るのは少し……」
そう答えようとしたとき、ロレーヌがわたくしの手を掴んだ。
「ヴィクトリア様しかいらっしゃらないのです。王太子の婚約者であるあなたが言えば、アンジェリカ嬢も少しは自重するはずです」
(……面倒なことになったわ)
うかつに動けば、アンジェリカが逆上し、冤罪を仕掛けてくる危険性がある。それはわたくしが最も避けたい事態だ。
けれどこのまま放っておくことはできない。
ロレーヌの言う通り、わたくしが率先して注意しなければ、コーエン公爵家が侮られたままということになってしまう。
軽く注意する程度なら問題ないだろう。そう判断して、わたくしは頷いた。
「わかりました。あくまで注意するだけですけれど、それでよろしいですね?」
二人が頷いたので、わたくしはさっそくアンジェリカと接触する機会をうかがった。
だが彼女は常にアラン殿下やトーマス、タイラーたちと一緒にいるので、なかなか話しかけるタイミングがない。
やっとアラン殿下が公務で不在の時に、学園の食堂にいるアンジェリカの姿を見つけた。
彼女は珍しく一人で席についており、ちょうど食事が終わったところだった。
「アンジェリカ嬢、少しよろしいかしら?」
声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。
その表情は無邪気そのもので、周囲の注目を集めていることに気づいていない様子だった。
「はい、なんでしょうか。ヴィクトリア様」
「あなたがまだ貴族社会に慣れていないのは分かりますが、もう少し、同性のお友達を作ってはどうかしらと思ってお声かけいたしましたの」
「……それって、どういう意味ですか?」
立ち上がったアンジェリカが、桃色の目でじっとわたくしを見つめる。
これは、婉曲な言い回しでは分かってもらえなさそうだ。
わたくしはため息をつきながら、はっきりと言い直した。
「いつも一緒にいるアラン殿下たちには、わたくしを含め、婚約者がいます。誤解をされないように、適切な距離を保っていたほうが、よろしいのではないかしら」
わたくしは静かに、けれど毅然とした態度で告げた。
いくら元は平民といっても、今は貴族なのだからそれなりのふるまいをするのが当然だろう。
けれどアンジェリカは、驚いたように目を見開き、突然、涙を浮かべた。
「……私はただ、皆さんに色々と教えてもらってるだけなのに。そんなひどい誤解しないでください!」
そう叫ぶと、彼女はその場から走り去ってしまった。
(え……? 今の、泣く必要があった?)
あっけに取られていると、少し離れた場所にいた、ロレーヌとカレンが怒りを露わにして近づいてきた。
「なんて失礼な人なの!」
「婚約者に馴れ馴れしくするなと言うのは、ヴィクトリア様の当然の権利ですわ!」
「それなのに、何なのかしら、あの方」
二人が口々に怒りをぶつける中、わたくしはため息をついた。
(本当に……やりにくいわね。あんな風に悲劇のヒロインぶられてしまうと、こちらが正論を言っても悪者のように見られてしまう)
そんな懸念どおり、わたくしたちの会話を聞いていなかった生徒たちの中には、アンジェリカの涙に同情する声も聞こえ始めた。
わたくしの胸には嫌な予感が広がった。
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