第11話 アンジェリカにも前世の記憶があるのだろうか
ダンジョンの冷え冷えとした空気を裂くように、わたくしの《浄化の炎》がアンデッドを包み込んだ。
一瞬の輝きが暗闇を照らし、腐敗したアンデッドの姿は灰に還る。
隣でパトリック様が銀の剣を振るいながら静かに言った。
「見事なものですね、ヴィクトリア嬢。これほど迅速にアンデッドを浄化できるとは」
「ありがとうございます。ですが、これはパトリック様の助けがあってこそです。わたくし一人では、予想外のことが起きれば固まってしまいますもの」
これは謙遜ではなく本音だ。
パトリック様がわたくしの安全に目を光らせてくれているからこそ、安心して魔法に集中できるのだ。
「さきほどの宝箱の部屋のような?」
パトリック様が紫の瞳をいたずらを思いついたかのように細める。
「あっ、あれは……もう忘れてくださいませ」
さきほどの失態を思い出して、わたくしは両手で顔を隠す。
何事も、慣れてきた時に一番油断してしまうというが、わたくしがまさにそうだった。
《浄化の炎》を使えばアンデッドを瞬殺できるので、周りへの注意が散漫になってしまっていたのだ。
それで、珍しく小部屋に宝箱が置いてあるのを見つけて駆け寄ってしまった。
でもそこは、いわゆるモンスターハウスというもので、上から下からアンデッドがぼこぼこと湧いてくる恐ろしい部屋だった。
わたくしもパトリック様も、神殿の祝福を受けた布で作ったマントを着ていたから良かったものの、そうでなかったらわたくしたちを囲んでいるアンデッドたちが闇雲に動かす腕に当たって、すぐに死んでしまっただろう。
パニックを起こしたわたくしは、四方八方に《浄化の炎》を撃ちまくった。
けれどそれだけでは到底倒しきれず、パトリック様の剣でなんとか全部倒したのだ。
もうあんな経験はしたくない。
恥ずかしくて顔を隠していると、パトリック様がやんわりとわたくしの腕に触れた。
「だめですよ、ダンジョンで目を覆っては」
わたくしはハッとして、顔から手を離す。
すると正面にパトリック様の美しい顔があって固まってしまう。
パトリック様は、目を奪われてしまうような微笑みを浮かべた。
「うん。私もヴィクトリア嬢の美しい顔を見ていたいしね」
「……っ!」
真っ赤になったわたくしを見て声を上げて笑うパトリック様の胸を叩いて講義する。
(もうもうもう! そんな風に微笑まれたら、ときめいてしまうではないですかー!)
こんなふうに、わたくしとパトリック様は楽しくダンジョンを攻略している。
最近では《浄化の炎》の威力が強くなってきたので、四階にチャレンジしているところだ。
けれど……。
ふとした瞬間に、どうしても頭をよぎるのは、学園のアンジェリカたちのことだった。
あのピンク色のふわふわとした髪、たれ目がちな優しい顔立ち。そして、あの妙に人を惹きつける無邪気さ。
彼女はあれからも学園で順調にアラン殿下やトーマス、タイラーたちとの仲を深めていると噂で聞く。
そういえば、と、わたくしはクラスメイトから聞いた話を思い出した。
「アラン殿下、またアンジェリカ嬢と一緒にお食事をされていたそうですよ」
それを聞いたのは、パトリック様の招待で神殿に向かう直前のことだった。
アラン殿下は、最近アンジェリカと急接近しているらしい。
元々わたくしの顔が好みじゃないと公言していたし、きっとアンジェリカのように砂糖菓子のようにふわふわとした可愛い女の子が好みだったのだろう。
腹黒眼鏡枠のトーマスとも何やらイベントがあったらしい。
どうやら彼女の成績を気にかけ、特別に指導をしたのだという。
(そういえばそんなイベントがあったわね)
普段は効率主義を貫く彼が、あえて誰かのために時間を割くなんて、本来であればありえない。
それをアンジェリカにはするというのだから、アンジェリカの「ヒロイン力」が成せる技なのか、物語の強制力なのか……。
脳筋枠のタイラーもまた、アンジェリカと親密さを増していると聞いた。
学園での訓練中に、彼がアンジェリカを抱きかかえるように助けた場面を見た者がいるらしい。
「アンジェリカ嬢が馬から落ちそうになったところを、タイラー様が間一髪で支えたんですって!」
噂は誇張されるものだけれど、その光景を想像すると、わたくしの胸には妙なモヤモヤが広がる。
わたくしは杖を握りしめながら、初対面の時のアンジェリカの意味ありげな目を思い出す。
(やっぱりアンジェリカにも前世の記憶があって、逆ハーレムを狙っているのかしら)
もし本当に彼女がゲームの筋書きに忠実に動いていて逆ハーレムを目指しているのなら、その最終的な目的は隠しキャラクターであるパトリック様の攻略かもしれない。
だって彼は最も攻略が難しいキャラクターだったけど、それだけの苦労をしてもいいと思うほど魅力的な人だもの。
わたくしも今ではとても尊敬しているし……。
そんなパトリック様を、アンジェリカは攻略しようとしているのかしら。
でももう暗殺者はいないから、パトリックルートを開くための逆ハーレムは完成しないはず。
だから心配はないはず、なのだけど……。
「ヴィクトリア嬢、大丈夫ですか?」
パトリック様の声で我に返る。彼はわたくしの表情を見て、心配そうに尋ねてきた。
「……ええ、少し考え事をしていただけですわ。ご心配には及びません」
「そうですか。では、進みましょう。まだアンデッドが潜んでいるはずです」
彼の落ち着いた声に、再びわたくしは気を引き締める。
そうだ。今はアンデッドを討伐し、このダンジョンを無事に攻略することが最優先だ。
(アンジェリカのことは後で考えればいい。今は、わたくしの目の前にある課題に集中しないと)
そう自分に言い聞かせながら、わたくしはパトリック様とともに再び暗い通路へと足を踏み入れた。
けれど、心の奥の深いところでは、彼女がこの先どんな手を打ってくるのかが気になって仕方なかった。
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