第10話 アンジェリカの逆ハーレム計画

 私の名前はアンジェリカ。


 今はアンジェリカ・バードレイという名前になっていて、乙女ゲーム「ローズ・オブ・セレナーデ」のヒロインだ。


 私は孤児院で育った。狭くて薄暗い部屋。ぼろぼろの毛布。暖かい食事もたまにしかない。

 でも慣れてしまえば、それが「普通」だった。


 ある日、外で遊んでいると、同じ孤児院の男の子――レイが私に向かって木片を投げつけてきた。


「おい、アンジェリカ、これでも食らえ!」


 振り返った瞬間、木片が額に命中し、私はその場でひっくり返った。


 目が覚めた時、世界が変わって見えた。いや、正確には、自分の中に新しい視点が生まれたのだ。


「……え?」


 目を開けると、すぐそばでレイが心配そうに私を覗き込んでいた。

 彼は年相応の幼さを残しつつも、鋭い目つきが印象的な黒髪黒目の男の子。


 どこかで見た事がある……。

 どこだっけ。


「ごめん! 怪我させるつもりじゃなかったんだ。……大丈夫か?」


 彼が私の額に触れようとするが、私はそっと身を引いた。


「……平気。ありがとう」


 言葉を返しながら、頭の中で次々と記憶が蘇る。

 それは私のものではない――いわゆる前世の、日本での記憶。


 確か推し活でお金がなくて、電気もガスも止められちゃって、クーラーのない部屋で倒れちゃって……。


 その後の記憶はない。

 きっとこの世界に転生したんだと思う。


 だって……目の前にあるのは、大好きな「ローズ・オブ・セレナーデ」の攻略対象、暗殺者のレイの子供の頃の顔だもん。


 このゲームが大好きで、ファンブックもグッズも全部揃えた。声優のイベントにも全部行ったし、WEBのイベントでは投げ銭しまくった。


 そのせいで光熱費が払えなくて止められちゃったんだけど、バイト代が入ったら払うつもりだったのに。


 真夏なのにクーラーが使えなかったから、きっと熱中症で死んじゃったんだ。


 でもでもでも!

 きっと神様が、そんな私を可哀想に思って、「ローズ・オブ・セレナーデ」の世界に転生させてくれたんだ!


 嬉しい!


 私は目の前のレイを見つめた。


 レイはゲームの中では「闇のルート」を担うキャラクターだ。暗殺ギルドに所属する凄腕の暗殺者で、ヒロインに出会って彼女を守る存在になる。


 今はまだただの幼い男の子だけど、この顔は絶対にレイだ。


「アンジェリカ、その……本当に悪かった。これ、お詫びに作ったんだ」


 レイは恥ずかしそうに木片を差し出した。それには、粗削りながら小さな人形が彫られていた。


 これ……再会の時に必要なイベントアイテムだ……。


「これ、私に?」

「うん……下手だけど……怒ってるなら、もう一個作るから」


 素朴で粗削りだけど、なんだか温かさを感じるその人形を受け取りながら、私の胸はじんと熱くなった。


「ありがとう。すごく嬉しいよ」


 私が笑顔を見せると、レイも少し照れたように笑った。

 やっぱり攻略対象だから、子供の頃も可愛いな。


 前世の記憶を思い出すまでは乱暴なレイのことが苦手だったけど、これなら明日から仲良くしてあげてもいいかも。


 そう思っていたのに、翌日、レイは突然孤児院から引き取られていった。


「えっ、レイが?」


 院長先生から話を聞いたとき、私は驚きを隠せなかった。


「なんでそんな急に?」

「お前たちには関係のないことだ。レイには新しい家族ができたんだ」


 新しい家……。それがどんなものか、私にはわかっていた。

 ゲームの筋書きどおりなら、彼は暗殺ギルドに連れて行かれてしまったんだ。


 だけど、私がどうこうできる問題じゃないから仕方がないよね……。


「また、会えるよね……」


 私は木片の人形を握りしめながらそう呟いた。


 少し悲しいけれど、ゲームの通りに進むなら、彼とは再び出会えるはず。

 それを思えば、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。


 その後、私の生活も大きく変わった。


 ゲームのヒロインである私には「光魔法」が発現するイベントが待っていたのだ。


 孤児院で、はしごから落ちて怪我をしていた子供に光魔法を使って、その傷を治した。


 ゲームではもっとひどい怪我だったんだけど、それだと私がちゃんと治せるか分からなかったから、切り傷くらいになるように、あんまり高くないはしごを用意したんだよね。


 ちゃんと光魔法が発動してホッとしたけど、これなら死にそうな怪我を治したほうがインパクトが大きかったかも、なんて後で後悔した。


 ともあれ、たまたま養子を探していたバードレイ男爵夫妻の目に留まって、無事に引き取られることになった。


 良かった。


 あそこにずっといたら、顔のいい女の子はみんな娼館に売られちゃうから、光魔法を発現しなかったら危ないところだった。


 ヒロインだけあって、私は凄く可愛いからね。


 男爵家の養女としての新生活は、それまでの孤児生活とは比べものにならないほど快適だった。


 食事は美味しいし、綺麗なドレスも着れる。

 そして何より、ヒロインとしての未来が待っている。


 でもこれでゲームの通りに進むことが分かった。


 お目当ては隠しキャラのパトリック様だから、まずは逆ハーレムを目指してがんばらなくちゃ。


 待っててね、私のパトリック様!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る