第9話 初ダンジョン

 わたくしは早速次の休日に、ダンジョンへ向かうことにした。


 ここは王都の北に位置する「セレナの深淵」と呼ばれるダンジョンで、神殿騎士たちが鍛錬の場としても利用する場所だ。


 ダンジョンの入口に立つと、ひんやりとした空気が肌を撫で、わたくしは思わず身震いした。


 隣に立つパトリック様が、心配するように声をかけてくれる。


「寒さが気になりますか? このダンジョンは内部が冷えているのですが、少し歩けば体が慣れてくるはずです」

「ええ、大丈夫ですわ。初めてのダンジョンで緊張しているみたいです。ご心配、ありがとうございます」


 わたくしは笑みを浮かべながら返事をした。


「必ずお守りいたしますので、ご安心ください」


 胸に手を当てて宣言するパトリック様に、ドキッとする。

 美貌の騎士に守りますと言われて、ときめかない女性はいないと思うのよ……。


 わたくしは誤魔化すように、羽織ったローブの前を合わせた。


 これは聖騎士の制服と同じ、神殿で祝福を受けた布でできている特製のものだ。


 アンデッドの攻撃による衝撃を和らげるので、このダンジョンに来る冒険者や神殿騎士の必須アイテムだ。


「さあ、行きましょう」


 パトリック様の先導で、丘の中腹にぽっかり開いた穴からダンジョンに入る。


 ダンジョンの中は薄暗く、足元に敷かれた石畳が湿っていた。

 苔むした壁からは冷たい雫が落ち、微かに金属のような匂いが漂っている。

 遠くで水が滴る音が響き、静けさの中に不気味さを感じさせていた。


「ここから先は慎重に進みましょう。アンデッドが出現するのは三階からですが、用心するに越したことはありません」


 パトリック様はそう言うと、手にした銀の剣を軽く構えた。その姿には隙がなく、まるで彼の身体と一体化しているかのように見える。


 このダンジョンの一階と二階には、スライムくらいしか魔物がいない。

 それでもわたくしにとっては初めてのダンジョンということで、慎重に進んでくれた。


 ゆっくりと進むうちに、やがて三階に到達した。ここからが本番だ。


 パトリック様が立ち止まり、こちらを振り返る。紫の瞳がわずかに光を帯び、暗闇の中でも凛とした輝きを放っていた。


「ここからは私が前を進みます。ヴィクトリア嬢は後方で《浄化の炎》の準備をしてください。アンデッドが現れたら、私が対応しますので、その隙に魔法を放ってください」


 その言葉に、わたくしは小さく頷いた。


「分かりました。パトリック様がいらっしゃるので、安心して魔法に集中できます」


 彼の頼もしい背中に目をやりながら、わたくしは杖を握りしめ、魔力を練り上げ始めた。


 しばらく進むと、突然、低いうなり声が廊下に響いた。

 薄暗い通路の奥から、ぼんやりと光る赤い目が二つ現れる。


 それは腐敗した体を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ向かってきた。

 アンデッドだ。


「来ます!」


 パトリック様が剣を構え、前へと進み出る。


 彼の剣が一閃し、アンデッドの動きを封じるように足元を狙った。

 するとアンデッドは、バランスを崩して床に転がる。


「ヴィクトリア嬢、今です」

「はぁっ!」


 わたくしは杖を振り上げ、火魔法を放った。


 鮮やかな朱色の炎が現れ、瞬く間に白い輝きを帯びて浄化の力を宿した。

 これがわたくしの開発した《浄化の炎》だ。


 白をまとった朱色の炎は一直線にアンデッドに向かい、直撃した。

 すると断末魔の悲鳴を上げる間もなく、アンデッドの姿が一瞬で燃え尽きた。


 わたくしも《浄化の炎》にこれほどの威力があるとは思わなかったから、この結果に放心してしまう。


「……素晴らしい力ですね。これほどまでに迅速にアンデッドを消し去るとは」


 パトリック様が感心したように呟く。

 その声にハッと我にかえったわたくしは、頬が熱くなるのを感じた。


「ありがとうございます。ですが、これもパトリック様のおかげです。わたくし一人では、こううまくはいかなかったでしょう」


 わたくしが笑みを浮かべてそう返すと、彼も柔らかく微笑みを返した。


「もう少し検証を重ねさせて頂いても?」


 パトリック様が遠慮がちに聞いてくるのに、わたくしは頷く。

 さすがに一体だけ倒しただけでは検証にならない。


「もちろんですわ。わたくしのほうこそ、よろしくお願いします」


 その後もアンデッドが何体か現れたが、わたくしたちは見事な連携で全てを討伐していった。


 弱いアンデッドであれば、《浄化の炎》で一瞬で燃え尽きる。


 パトリック様の剣技も冴えわたり、彼が敵の動きを封じ、わたくしが仕留めた。


 次第に息が合い、二人の連携は、まるで長年の相棒のもののように感じられるほどだった。


 そうして倒しているうちに奥へと行ってしまったせいか、アンデッドに囲まれそうになってしまった時があった。


 でもパトリック様が咄嗟にわたくしの腕を掴み、後方へ引き寄せ、見事な剣技でアンデッドたちを倒した。


「ヴィクトリア嬢、怪我はありませんか」


 振り返るパトリック様にわたくしは胸が高鳴るのを感じた。


(こんな風に守られるのは初めて……)


 三階のフロアにいた全てのアンデッドを討伐する頃には、わたくしたちは無言のうちに笑みを交わしていた。


 なんというか……戦友になったかのような空気感がある。


「今日は本当にありがとうございました、パトリック様。この《浄化の炎》が実際にアンデッドに効果的だとわかり、とても嬉しく思います」


 わたくしが深く頭を下げると、彼は静かに微笑んだ。


「いえ、こちらこそ。ヴィクトリア嬢の力を拝見できて参考になりました。これからも、その力が多くの人を助けることになるでしょう」


 彼の言葉に、わたくしの胸はじんと熱くなった。


 きっとこの先、わたくしが冤罪で断罪されることがあったとしても、きっとパトリック様はわたくしを信じてくれる。


 不思議とそんな確信があった。


 ダンジョンから出ると、冷たい風が頬を撫でた。

 その風が、今日の成果と彼との連携の喜びをさらに感じさせてくれるようだった。


 わたくしは心の中で静かに決意を新たにした。


 この力を使って、どんな未来が訪れようとも、決して諦めずに戦い続ける、と。

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