第7話 神殿騎士

 手紙の誘いに応じ、わたくしは神殿を訪れることにした。


 朝の澄んだ空気に包まれた王立学園の隣、純白の石造りで荘厳な雰囲気を放つ神殿が目の前にそびえている。


 高くそびえる塔の先端には神殿騎士団の紋章が掲げられ、青空の中で神聖な輝きを放っていた。


 その威容に圧倒されつつも、わたくしはゆっくりと正面の大扉へと歩を進めた。


 扉の前に立つと、神官が恭しく開けてくれる。

 途端に漂ってきたのは、冷ややかで清潔な空気。


 内部に足を踏み入れた瞬間、外界とは異なる静寂と荘厳さが肌を刺すようだった。

 静けさを破るのは、遠くから聞こえてくる祈りの声と、柔らかな靴音だけ。


 壁を飾るステンドグラスには神々の物語が色鮮やかに描かれており、差し込む光が床に幻想的な模様を刻む。


 まるで別世界に迷い込んだような錯覚を覚えながら、わたくしは神官の後について奥へと進んだ。


 案内されたのは控室で、扉が開かれた先に現れたのは、白を基調とした聖騎士の衣装を纏った一人の青年だった。


 その姿を目にした瞬間、わたくしは思わず息を呑んだ。


「ヴィクトリア・コーエン公爵令嬢、よくお越しくださいました」


 彼は穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に礼を取った。その動作には無駄がなく、洗練された優雅さが漂っている。


 黒髪に紫の瞳。


 その神秘的な美貌は側妃の面影を色濃く受け継いでおり、まさに絶世と呼ぶにふさわしい。


 アランも美しい方だが、パトリックは次元が違う。彼の佇まいには、何か神聖さすら感じさせるものがあった。


(さすがは最難関の攻略キャラね……。これまで遠目に見ていただけだから気づかなかったけれど、聖騎士としての立場を得て、その美しさにさらに磨きがかかったのかしら)


 わたくしは胸の中で密かに感嘆しながら、表情には出さぬよう努めた。彼を前にしておーほっほ、と笑うのはあまりにも無粋だ。


「こちらこそ、お招きいただき光栄ですわ」


 深々とお辞儀をしながら、できる限り礼儀正しく振る舞う。


「私も《浄化》の術式には関心がありまして……ぜひ、ヴィクトリア嬢の研究についてお話を伺いたいと思い、お手紙を差し上げた次第です」


 彼の柔らかな声が部屋に響く。控えめながらも芯のある響きに、わたくしは胸の高鳴りを抑えられなかった。


(この方が……わたくしに関心を示してくださるなんて)


 彼の言葉一つ一つが、ゲームの中で知っていたパトリックとは異なる現実感を伴って響いてくる。


 彼の協力を得られる可能性があるという事実は、わたくしにとって希望の光だった。


 胸の中で静かに計算を巡らせる。


 もしパトリックがわたくしの味方になってくだされば、断罪の危機に直面したとしても、彼の発言力で無罪を証明してもらえる可能性がある。


 それだけでなく、仮にゲームの強制力によって追放されたとしても、神殿で匿ってもらうことだってできるかもしれない。


 ゲームには「追放された悪役令嬢が最果ての修道院に送り込まれる」というバッドエンドがあった。


 その修道院はあまりの寒さと過酷な環境で知られ、一年も経たずに体を壊して亡くなるという噂が絶えない。


 だが、もしパトリック様が引き取ってくださるなら、そんな未来を回避できるのでは……。そんな淡い期待が胸に浮かぶ。


(いや、それどころか、この方と友好的な関係を築いておけば、もしかして……王都の神殿で安全に暮らす道が開かれるかもしれないわね)


 そんな打算も交えつつ、わたくしは心の中で密かに決意を新たにした。


「もちろんですわ」


 わたくしは柔らかく微笑みながら答えた。その声に自信を込めつつも、内心ではわずかな緊張が走っていた。


 浄化の術式――それは本来、聖女にしか使えないとされていた力だ。


 光魔法を持たないわたくしがそれを扱えるようになった事実は、王国中に衝撃を与えるかもしれない。


 もしわたくしがコーエン公爵家の娘でなければ、神殿に捕らえられて研究対象にされていた可能性すらある。


(あら……ということは、追放されて神殿に来た場合、わたくし、実験材料にされるリスクがあったのでは……?)


 そんな恐ろしい考えが頭をよぎるが、すぐにパトリック様の穏やかな笑顔を思い出し、気を取り直した。


(でも、この方と友好的な関係を築いていれば、そんなことにはならないはず。ええ、きっとそうよ)


 部屋には静寂が広がり、ステンドグラスから差し込む光がパトリック様の黒髪を柔らかく照らしている。その神秘的な姿に、わたくしは改めて思う。


(この方の協力を得られるなら、わたくしの未来にも光が差し込むかもしれないわ)


 わたくしは心の中で決意を新たにし、研究の話を進めるため、微笑みを浮かべて再び彼と向き合ったのだった。


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