第6話 パトリック・ペンドルトン
パトリック・ペンドルトン。
第一王子でありながら、王太子の地位にあるのは弟であるアラン殿下だ。
その背景には、王国の複雑な事情が絡んでいる。
パトリックの母である側妃は、かつて王国の存亡を賭けた戦争で多大な功績を挙げた、伝説的な英雄の娘だ。
父親が国王への忠誠を誓い、その身を挺して王国を守った功績から、彼女自身も「英雄の血を受け継ぐ娘」として国民や軍部から強い支持を受けていた。
その美貌と品格もあいまって、王宮内では正妃に匹敵する影響力を持つと言われている。
一方、正妃は伝統的な名門貴族の家系から輿入れした女性だ。
格式と伝統を重んじるその姿勢は古くからの貴族たちに支持されているが、側妃の存在によってその影響力が揺らぎつつある。
こうした背景から、王宮内では正妃派と側妃派の間に暗黙の対立が存在しており、その余波は子どもたちにも及んでいた。
パトリックは、正妃派の一部から「王太子アラン殿下を脅かしかねない存在」として警戒されている。
それもそのはず、彼は王国一の才覚を持つと言われるほど優秀であり、学業・武術・魔法のどれを取っても非の打ちどころがない。
しかし、側妃は幼い頃から彼に「アランを脅かしてはならない」と厳しく言い聞かせてきた。
そのため、彼は自らの優秀さを隠して控えめに振る舞いながらも、常に誰からも好かれる穏やかな態度を保っている。
そんな彼は現在、王立学園を卒業し、隣接する神殿の聖騎士となっている。
白を基調とした聖騎士の衣装には、神殿騎士団の紋章が刺繍され、その姿は絵画の中から抜け出してきたような美しさだ。
彼の黒髪と紫の瞳は母親である側妃にそっくりで、見る者にどこか神秘的な印象を与える。
パトリックとは、わたくしも一度ならず顔を合わせたことがある。
王妃教育の一環として、わたくしが王宮で学びを受けていた際、彼と幾度か言葉を交わしたことがあった。
けれど、それ以上の親しさはなかった。
彼は常に控えめで、必要最低限の言葉しか発さなかったからだ。
少し気難しいようにも見えたが、それはきっと彼自身が抱える複雑な立場に由来するものだったのだろう。
しかし、今、彼の存在がわたくしにとって気になるのは、単に王族の一人としてではなく……。
ゲーム「ローズ・オブ・セレナーデ」において、彼が最も優れた隠しキャラクターであるからだ。
ゲームの筋書きでは、他の攻略対象がすべてハーレムルートを辿った場合にのみ、彼のルートが開かれる。
でも、彼は決してヒロインのハーレムには加わらない。
パトリックを攻略するのであれば、ハーレム要員をすべて遠ざけないといけないのだ。
そこまですれば必ず攻略できるかというと、そうではなく、普通に失敗してしまう。
つまりパトリックルートは、すべての攻略対象を振ったうえで、新たに攻略していかなければならない、最難関の攻略対象になる。
しかも振った攻略対象に恨まれたりストーカーされたりと、身の危険を感じながら攻略していかなければならないという、ネットで攻略方法が出るまでは攻略できずに阿鼻叫喚の嵐だった。
そこまで厳しいルートを攻略しなければならないパトリックルートは、攻略対象である暗殺者が投獄されてハーレムルートがつぶれたことによって、攻略不可となっている。
それゆえ、わたくしにとっては「攻略される」心配がない唯一の存在でもある。
(もしも……パトリック様が味方になってくだされば)
その可能性を考えると、胸の奥にわずかな希望が灯る。
彼は光魔法の素養も持ち、聖性に関連する術式に詳しいはずだ。
それが《浄化の炎》の研究に役立つかもしれない。
とはいえ、どう切り出せばいいのだろう。わたくしが彼の元を訪ねたところで、果たしてまともに取り合ってもらえるのだろうか。
そんな悩みを抱えていたある日のことだった。
一通の手紙が、わたくしの手元に届いた。
その封筒は上質な羊皮紙でできており、封蝋には神殿の紋章が押されている。
中を開くと、そこには整った筆跡でこう綴られていた。
「拝啓 ヴィクトリア・コーエン公爵令嬢
私も光魔法について学んでいますが、まだまだ未熟です。
ヴィクトリア様の《浄化》の魔法をの術式に大変興味があるので、もしよろしければ、今度お話を聞かせていただけないでしょうか。
ご都合の良い時に、神殿へお越しいただければ幸いです」
パトリック・ペンドルトンの署名が添えられたその手紙を、わたくしは何度も読み返した。
(パトリック様から……わたくしに?)
驚きと期待が入り混じり、胸が高鳴る。このタイミングで彼から接触を図ってくるとは予想外だった。光魔法、そして《浄化》の術式――まさにわたくしが研究を重ねている分野に興味を持っているとは。
わたくしは早速返信を書き、指定された日時に神殿を訪ねる旨を伝えた。
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