第5話 アンジェリカと攻略対象
しかし、わたくしが動く前に、アラン殿下が早くもアンジェリカと接触しはじめた。
学園の廊下を歩いていると、遠目にアラン殿下がアンジェリカと何やら話している場面が目に入る。
殿下はわざとらしく手を伸ばして、書類を拾ってやったり、アンジェリカの顔を覗き込んだりと、とても親密そうな雰囲気だ。
少し距離のある立ち位置から察すると、まだ互いの印象を探り合っている段階のようね。
とはいえ、ゲーム原作の「俺様枠」アラン殿下であれば、なかなか自分になびかないヒロインに、どんどんハマっていくのだけれど。
ああ、なるほど。だからアンジェリカはアラン殿下からほど良い距離を保っているのか。
「ヴィクトリア様、こんなところで立ち聞きとはいけませんね」
突然背後から声をかけてきたのは、取り巻きの一人、トーマスだ。
それにしても、相変わらず嫌味な男。
「いえ、わたくしはアンジェリカさんが持っている書類は急ぎではないのかしら、と思っただけですわ」
確かアランルートでそんなイベントがあったはず。
先生に頼まれて書類を持っていく途中でアランとぶつかって、拾ってもらう時に指先が触れ合ってドキッとするとか、そういうイベントだった。
ゲームをプレイしている時には気がつかなかったけれど、急いでいるはずなのにあんな風にのんびり会話をしていていいのかしら。
トーマスが怪訝そうな顔をしているのを尻目に、わたくしは微笑んでごまかす。
何を言っても嫌味で返ってくるのだから、まともに答える義理はない。
そのまま立ち去ろうとしたのだけれど、タイミングの悪いことに、アンジェリカとの会話を終えたアラン殿下がこちらに来てしまった。
トーマスの嫌味だけでもうんざりなのに、アラン殿下も加わるなんて最悪だわ。
「ヴィクトリア、こんなところで突っ立って何をしている。……ああ、いや、別に興味はないけどな」
興味がないのなら、声なんてかけてこなくてよろしいのですが。
そう言いたいのをぐっとこらえる。
「たまたま通りがかったところに、トーマス様に声をかけられただけですのよ」
わたくしがそう言うと、アラン殿下は「そうなのか?」とトーマスに尋ねる。
トーマスは銀縁メガネを押し上げながら、わたくしを馬鹿にしたように見下ろす。
「いえ。アラン殿下とアンジェリカさんが仲良くお話なさっているのを羨ましそうに見ておりました」
「はっ、嫉妬か」
そんなものするわけがないだろうと言いたい。
声を大にして言いたい。
ここまで嫌われていて、どうしてわたくしがこの男を愛しているなどという世迷言を信じられるのか、頭の中を切り開いて見てみたいくらいだ。
「わたくしと殿下は政略による婚約。ですからそのような感情はお互いにないのではないでしょうか」
おほほほほ、と笑いながら言うと、アラン殿下は「ふん」とつまらなそうにして、トーマスと一緒に立ち去っていった。
その後ろ姿を見るわたくしは、内心でため息が止まらなかった。
(アラン殿下があの子に興味を持ち始めるのは、予定通りと言えば予定通り。問題は、わたくしがどう立ち回るか……)
ここまではアランルートの通りだけれど、あのゲームにはハーレムルートもあったはず。
ただハーレムルートに行くにはすべての攻略対象の好感度を上げなくてはいけないが、実は攻略対象のうちの一人は牢屋に入っているので既に攻略できなくなっているので実現は不可能だ。
攻略対象の一人は暗殺者で、実はアンジェリカと同じ孤児院にいた幼馴染だ。
暗殺者のほうは十歳の時に暗殺ギルドに引き取られて暗殺者となり、その世界では有名になっている。
彼が子供の頃、木彫りの人形をアンジェリカにあげて、アンジェリカはそれを大切に持っていた。
ところが、街の噴水の前で取り出して見ていた時に、ヴィクトリアに「こんな汚いものを持っているなんて」と言って取り上げられ、噴水に投げ込まれてしまう。
養父からもらったドレスを汚せないアンジェリカは噴水の中に入って人形を拾うこともできずに、どうしようと泣いているところへ、通りかかった暗殺者が気まぐれで人形を拾い、感動の再会をする、という話だった。
公爵家の娘であるわたくしが一人で街に行くことはあり得ないのだけれど、なぜかゲームでは一人でふらふら街に行ってアンジェリカに嫌がらせをするのよね。
そんな嫌がらせをしなければイベントは起こらないはずだけど、どうせなら暗殺者ギルドを潰してしまえばいいのでは、と思ったわたくしは、さり気なくお父様に暗殺者ギルドの隠れ家の場所を教えた。
そこで暗殺者の彼も捕まり、今は牢屋に入っている。
罪状によっては死罪になるだろうけれど、いくらイケメンでも犯罪者を野放しにはしておけないので仕方がない。
そしてハーレムルートがなくなるということは、ハーレムルートの後で現れる隠しキャラも攻略できなくなるということだ。
そう。「ローズ・オブ・セレナーデ」で一番人気の攻略対象、隠しキャラ第一王子のパトリック・ペンドルトンを。
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