第4話 ヒロインの登場
やはり、と言うべきか。
彼女は二年生から学園に途中入学をしていた。
アンジェリカ・バードレイ。ふわふわのピンク色の髪に桃色のたれ目がちな美少女。年齢はわたくしと同じ、十七歳。
だが、彼女の出自は他の生徒たちと大きく異なっている。
――孤児。
わたくしの耳に届いた噂によれば、彼女はごく最近まで孤児院で育ち、光魔法を発現したことでバードレイ男爵家に引き取られたという。
そして貴族の養女としてこの学園に編入された。
すべてゲームと同じ経歴だ。
ただゲームと違うことがあった。
本来であればAクラスになるところが、Cクラスに編入したのだ。
元々孤児だったのだから、貴族の教育を受けていないのは当然のこと。
光魔法という特別な才能はあっても、基礎学力が足りないのでCクラスに入ったのだろう。
ゲームとは違う状況に、わたくしはホッとした。
ただCクラスにはアラン殿下の取り巻きの一人、タイラー・ドーズがいる。実技科目で高い成績を残しているものの、学科試験が苦手でBクラスに届かなかった彼だ。
タイラーとアンジェリカが同じクラスになれば、自然と親しくなる可能性がある。
普通、Cクラスの生徒がAクラスに来ることはないが、アラン殿下の側近であるタイラーは休みごとに顔を出しているので、もしかしたらアンジェリカが彼と一緒に現れるのではないだろうか。
その不安は的中した。
学年上位の成績を収めた者だけが入れるAクラスは、他のクラスに比べて静かで落ち着いている。
そこへ、突然ドアが開かれた。
「おはようございます!」
元気の良い声が教室に響く。
顔を上げると、タイラー・ドーズが勢いよく教室に入ってくるところだった。
彼はアラン殿下に呼ばれてここに来たのだろう――それ自体は珍しいことではない。
しかし、その後ろに控えていたのは、見慣れない少女。
「アンジェリカ?」
誰かが驚いた声を上げる。そう、そこにいたのは紛れもなくアンジェリカ・バードレイだった。
ふと、わたくしの隣に座るクラスメイトが小声で囁いた。
「彼女があの噂の……光魔法の使い手なのね。確か、Cクラスに配属されたとか?」
「ええ、そうらしいですわね」
わたくしは曖昧に答えながら、アンジェリカを観察する。
柔らかなピンクの髪が陽光を受けて淡く輝き、桃色の瞳が小鹿のように潤んでいる。たれ目がちで優しげな表情は、見る者の保護欲をそそるに違いない。
彼女は小柄な体をきょろきょろと動かしながら教室内を見渡し、やがてアラン殿下とトーマス・ウェリントンのいるほうへ歩み寄った。
ふわふわとしたピンク色の髪が揺れ、クラスメイトたちの視線を釘付けにする。
「はじめまして! 私はアンジェリカ・バードレイです。元々は孤児院で暮らしていましたが、光魔法が使えることがわかり、男爵家の養女になりました。至らない点も多いかと思いますが、よろしくお願いします」
教室がざわめく。
柔らかな声で語られた自己紹介に、男子生徒たちは感嘆の息を漏らし、女子生徒たちは複雑な表情を浮かべる。
殿下とトーマスは一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに表情を崩し、軽く頷いた。
「タイラーに連れられてきたのか?」
アラン殿下の問いに、タイラーが得意げに胸を張る。
「はい。この子、俺と同じCクラスなんだけど、よくできた子なんだ。殿下に紹介したいって思ってさ」
殿下は「ふん」と鼻を鳴らしながらも、アンジェリカに向ける視線にはどこか興味があるように見える。
トーマスもまた、鋭い視線を彼女に向けながら微かに微笑んだ。
一方で、教室内の空気はどこか微妙なものになり始めていた。
特にタイラーの婚約者であるカレンが、露骨に眉をしかめている。もともと気が強い彼女だが、今の彼女の表情は怒りを押し殺しているように見えた。
そんな中、アンジェリカがふとわたくしのほうを向いた。
その視線が交わった瞬間、わたくしは思わず息を飲む。
彼女の桃色の瞳が、一瞬だけ鋭い光を宿し、わたくしを見定めるようにこちらをじっと見ていたのだ。
その眼差しに、わたくしの心に疑念が広がる。
(まさか……アンジェリカも転生者なのでは?)
もし彼女が前世の記憶を持つ転生者だとしたら、ゲームの筋書きを知っているはずだ。そして、ゲームの中で「悪役令嬢」として描かれるわたくしに対し、何らかの意図を持って行動を起こしてくる可能性が高い。
例えば、わたくしを意図的に破滅に追い込むような……。
胸がざわざわと騒ぎ出し、嫌な汗が背中にじっとりと滲む。
これまでは前世の知識を頼りにして破滅回避に猛進してきたけれど、彼女がゲーム通りの動きをしようとするなら、わたくしの知識が役に立たなくなるかもしれない。。
(わたくしが悪役令嬢にならないよう、今のうちから動いておかないと……)
焦燥感が押し寄せてくる。
窓から射し込む朝日の暖かさも、教室内の生徒たちの楽しげな声も、今のわたくしには何も届かない。
彼女の微笑みの裏に何が隠されているのか……その答えを知るには、まだ時間がかかりそうだった。
わたくしには、これまでにない危険なシナリオが動き出した予感がしてならなかった。
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