第2話 女勇者vs女魔族
アレクを殺した女魔族が頭を下げていた。
“魔王”という人物に。
そんな筈がない、魔王テスタロッサは百年前に勇者ガーベラに討ち取られたはずだ。
後ろにその魔王が居ると思い、後ろの方を見てみるが誰も居ない。
眼前の魔族は他ではない、この俺に頭を垂れているのだ。
パーティを解雇にされて、神聖国に行くことになっているせいで色々と整理できていないというのに、次から次へと理解のできない展開ばかりが繰り広げられて、頭がパンクしそうだ。
(何が魔王様だよ……そんなの知らねぇよ!)
足の震えを我慢して立ち上がり、手を添えてくる魔族の手をはらって、廊下の方へと逃げる。
「うわぁあああ! 誰かっ! 誰か助けてくれぇえええ!!!」
男として情けない声で助けを呼び、何度も転びそうになりながらも廊下を駆ける。
殺されたアレクの無惨な姿が脳裏に過って、吐きそうになった。
アレクは勇者パーティで最強の弓兵だ、なのに殺されてしまったのだ。
「魔王様、どうして逃げるのですか? 私は、貴方様を迎えに来たのですよ?」
逃げている方向に何故か、あの魔族が立っていた。
いつのまに先回りされていた、俺はとっさに手に魔力を込める。
“
炎攻撃魔術を放つ。
魔族はそれを回避したり防いだりせず、真正面から受けた。
しかし、怯んだりするどころか何も無かったかのように無反応のまま立っていた。
(全く効いていない……!?)
魔族は困惑した顔で、こちらを凝視する。
俺は、力の差を前にして、その場で尻もちついてしまう。
魔力を最大に込めた攻撃魔術が通用しなかったこともそうだが、魔族から勇者と同じ匂いがしたのだ。
「もしや記憶を取り戻していない……? なるほど。であれば、この怯えようにも合点がいくね。可哀想に、貴方様の瞳に映るこの私は、ただの恐ろしい悪魔」
魔族が向けてきたのは敵意や殺意ではなく哀れみだった。
心の底から、俺に同情しているのだ。
「しかし、いずれ記憶を取り戻すと”元帥殿”が言っていたね。まぁ、魔王軍に連れて帰る方が、一番手っ取り早いだろうね。我らと時間を共にすれば記憶が蘇るはず。そうして、かつて残虐非道と謳われた我らが魔王テスタロッサ様として、完全復活を遂げるはず……」
魔族からは顎に手をやって、数秒考えた後に、納得した表情でこちらを見た。
「記憶を取り戻した後に処罰はなんなりと。逃げられないよう両足を折って連れていきますゆえ、少々我慢を……」
魔族は申し訳なさそうに俺の左足を掴んだ。
こいつ、本当に折るつもりだ。
抵抗しなければならないと本能が訴えかけ、右手に魔力をさらに込める。
そして放つ、至近距離にいた魔族に直撃。
しかし、やはり効かなかった。
服も特殊な素材なのか、ちっともダメージを受けているようには見えない。
「うあああああ! やめろ! やめてくれええええええ!!!」
叫ぶことしかできなかった。
勇者パーティの”無能魔術師”と蔑まれてきたんだ。
こんな化け物相手に、俺が勝つなんて――――
「聖なる剣よ輝け―――”
眩い光が、部屋を包み込む。
あまりの眩しさに目を閉じると共に、誰かに襟を引っ張られる。
「遅れてすまない……寝ていた」
「ガーベラ!」
勇者ガーベラは寝起きなのか、機嫌の悪そうな顔をしていた。
時間的にはもう深夜で、彼女が熟睡している時間だ。
いや、そんなことよりガーベラが助けに来てくれた。
役に立たないという理由で、神聖国に俺を送ろうとした彼女が。
魔族の方を見ると、右腕を失っていた。
さっきの一撃でガーベラに切り飛ばされたのだろう。
「貴様は……勇者ガーベラ、我ら魔王軍の宿敵……!」
魔族は忌々しそうにガーベラを睨みつけた。
禍々しいオーラが部屋中に飛び交う。
明らかに魔族の様子が変わったことに固唾を飲み込む。
瞬きをすると、魔族の姿が消えた。
一瞬にしてガーベラとの間合いを詰めていた。
見えなかったが、ガーベラは捉えていたのか、魔族の重々しい一撃を防御する。
魔族の右手が肩まで膨れ上がって、爪が鋭利な武器に変化していた。
あまりにも鋭く、受け止めたガーベラの背後の壁が崩れ落ちる。
「ガーベラ! 気を付けろ! そいつアレクを瞬殺しちまうほどを強いぞ!」
「……」
魔族を宿の外へと吹き飛ばしたガーベラに忠告する。
彼女はアレクの亡骸を一瞥するが、怒りや悲しむどころか、無反応だった。
「シオン、お前はそこから動くな。死ぬぞ」
「くっ……」
宿の外から、先程よりも大きく膨張していく負のエネルギーを感じ取り、ガーベラは木質の床を蹴破りながら、その源へと飛び込む。
「クソっ……俺に力さえあれば……」
勇者ガーベラと正体の分からない魔族の戦いを、壁に空いた穴から見届ける。
ガーベラは百年前に魔王を倒している。
あの魔族がどんなに強くたって、彼女に勝つなんて無理な話だ。
数分もすれば決着がつく……そう思っていた。
だが、何かがおかしい。
苦戦しているのは魔族の方ではなく、ガーベラの方だった。
(え……何で?)
魔族は切り飛ばされた方の腕をすでに再生させており、両手の鋭い爪でガーベラの聖剣と打ち合っている。
「汚れを駆逐せよ―――”
ガーベラは大地を割るほどの威力を誇る斬撃を飛ばす。
世界最強の魔獣ドラゴンを一撃で屠る、彼女の必殺技だ。
しかし魔族は回避するのではなく、斬撃を弾いてしまう。
「勇者ああああああ!! 死ねええええええええっ!」
魔族の爪が、ガーベラの腹部に突き刺さる。
刺さった箇所から、口から大量の血を吹き出し、ガーベラはその場に膝をついてしまう。
「ふ、はははは! やはりそうか! 百年前、魔王テスタロッサ様との戦いで力を使い果たしていたか! あの方と殺り合ったのだ! 貴様も無事では済まなかったはずだ! 全盛期だった頃よりも弱体化している!」
「ぐっ……」
魔族はそう言って、ガーベラの顔面を蹴った。
「ガーベラ! てめぇえええええ!」
建物から飛び降りて、ガーベラの元へと向かう。
役立たずであることも理解している、だけど彼女があんな目に遭っているのに逃げることができなかった。
「魔王様が勇者を慈しんでいる……この女狐めが。許せない、殺さないといけないね!」
魔族が歯を食いしばり、涙を流しながらガーベラの頭を踏みつけた。
「そいつから離れやがれぇえええええええ!!!」
拳に魔力を込めて、魔族を殴りつけた。
バシっと簡単に受け止められ、腕を曲げられてしまう。
ポキっと骨を折られる音が聞こえ、あまりの激痛で顔を歪めてしまう。
「ぐあっ……腕が……骨がぁ」
「記憶を取り戻したときに、どうぞ私を殺してください。だから、どうか今だけは大人しくしていてくださいね。勇者を屠るだけです。そうすれば、魔王様の邪魔者はいなくなります」
「っ……やめろ! 彼女に手を出すんじゃねぇ!!」
「指示には従えません。記憶のない、今の貴方様には」
「俺は! 魔王なんかじゃねぇえええええ!」
魔族にそう訴えかけるが、無視され、右足を折られてしまう。
みっともなく叫んでしまうが、それでも構わず左足も折られてしまう。
「生前の貴方様は、自身にある術式を施したのです。”
「嘘だ! 嘘だ!」
「魔王様に虚言を弄するぐらいなら、私は死を選択します」
魔族の言葉には、底しれない重みがあった。
盲目的な忠義が瞳の奥から感じ取れる。
そのせいか、不思議なことに信じてしまいそうな自分がいた。
「不運なことに、転生をした貴方様を回収するより先に、この女狐の手に渡ってしまった。”魔族”としてではなく、平和などという綺麗事を教義にした”人族”の手によって育てられてしまった! この女が憎い! 貴様のせいで! 貴様のせいで!」
魔族は何度も何度も、ガーベラの頭を踏みつける。
「冷徹、残忍! 慈悲など有りはしない悪そのもととして謳われた魔王テスタロッサ様に! 人の心などと、不用意な感情を芽生えさせやがって!」
(あれ……そういえば……この魔族……どこかで)
「魔官ケセド……」
聞いたことの名前を、無意識に口にしてしまう。
俺は一体、誰の名前を……?
「っっっっっっっっ!!!!!! 魔王様ぁぁあああ!!!! 私を思い出したのですねっっっ!!!」
魔族は、目元から滝のように涙を流して、ふたたび頭を下げた。
もしかして、ケセドって、こいつの名前なのか?
(なんで……俺がこいつの名前を? もしかして……)
断片的だが、知らない記憶が脳裏を過る。
黒衣を纏って、角を生やした銀髪の恐ろしい顔をした男が、鋭い目つきでこちらを見据えていた。
誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ、誰だ。
男は、人を殺していた。
数え切れないぐらいの人を殺している。
女子供関係なく、道端の石っころのように無関心に、命を奪っていた。
―――やめろぉ! 殺さないでくれぇ!
―――ママ! パパ! 助けて!
―――悪魔! 悪魔めぇ!
泣こうか喚こうか、無関係の人々を蹂躙していく。
あまりの地獄絵図に、吐いてしまう。
「そおそお、その調子ですよ……どんどん思い出してくださいねぇ」
耳元で魔族ケセドが囁いてくる。
何なんだこの光景は、これじゃまるで俺が、俺がやってきた事のようじゃないか。
嘘だ。
俺は信じない、俺がこんなことをする筈がない。
だけど、だったら……この記憶は誰のモノなんだ?
幻とはとても言えない、現実的すぎる映像を想像できるものなのか?
「それは全部……貴方様がやったことなんですよ?」
そうか……これは全部、俺がやったことなのか。
ガーベラが無能な俺を勇者パーティに置いた理由、それは俺が魔王の生まれ変わりであることを思い出したら”排除”する為。
今に至るまで彼女がずっと側にいてくれたのは、俺が危険な存在だから。
両親が死んだっていう話しも全部、全部、嘘だったんだ。
神聖国の教皇に預けることになったのは魔族の手に渡らないように、そこで俺を始末するため。
「勇者は魔王様を騙してきたのです。人族という存在は醜い、生前の貴方様はいつもそう仰っていました。貴方様は、魔族の誰よりも人族を殲滅したがっていた。さあ、私と共に……魔王軍へと帰りましょう」
そう言って魔族ケセドは手を差し伸べてきた。
真実を知った俺は、考えるよりも先に、彼女に手を伸ばそうとしていた。
ガーベラは俺を愛していなかった。
俺は常に周りの連中に無能だって馬鹿にされて、傷付いていることを隠したくて余裕そうに振る舞って、だけどもう限界だ。
俺は……俺は……
「違う、シオン……私はお前をいつだって想っていた。我が子のように愛して、守りたかった」
視界の隅に、満身創痍の勇者ガーベラの姿が映って、伸ばしていた手を止める。
倒れようと、踏みつけられようと、彼女は聖剣を離さず握っていた。
「魔王軍の幹部”魔官ケセド”……そこにいるのは貴様の知る魔王ではない。私の仲間であり、私の子……シオン・マグレディンだ! 二度と間違えるなよ! このクソアマが!」
いつも冷静で合理的なガーベラが、荒々しく叫んだ。
聖剣を構え直して、決意のこもった瞳を魔官ケセドに向けた。
大気が震え、周囲の魔力がガーベラに集結していく。
彼女に集まる魔力が大きく膨れ上がっていき、聖剣から解き放たれる。
「勇者ぁああああああああああ!!!!!」
魔族ケセドも全身全霊をもって、勇者ガーベラを迎え撃った。
二つの埒外なエネルギーが交差する―――
「私の勝ちだ、勇者ガーベラ」
魔族ケセドが、そう宣言する。
するとガーベラは聖剣を落として、その場に倒れた。
胸を切り裂かれ、致命傷だった。
ただでさえ腹を貫かれているのに、あれでは本当に死んでしまう。
「邪魔者も排除したことだし、さあ行きましょう。魔王様」
魔族ケセドは、俺に手を差し伸べる。
だけど、その手を俺は取らなかった。
絶望した顔で、ガーベラを見るだけ。
動くことができなかった。
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