第1話 勇者パーティからの追放と、お迎え



「―――悪いがシオン。お前を勇者パーティから追放、というより解雇する。荷物をまとめておけ」


 リグレル王国、辺境の町。

 各国に身を潜めている魔王軍の残党狩りで疲れ切った俺達は、小さな町の豪華な宿屋で休息をとっていた。


 部屋で、日課の腕立て伏せをしていた時のこと、部屋をノックされて、勇者ガーベラの部屋に呼び出された。


 後日の予定を話し合うのかと思って部屋に入ると、彼女からクビを


「……へ? 解雇? 急に何を言い出すんだよ?」


 勇者ガーベラはエルフで寿命が長い、百年以上は生きているらしい。

 俺が子供ガキだった頃から育ててくれた親みたいな人物だ、いつの間にか身長を追い越してしまったが。


 今年十七歳になって分かったことなのだが、ガーベラって長生きしている割には小さいよな。

 ロリ体型のエルフだ。


「真面目に聞け。お前を解雇する理由が無いとでも? 勘違いも甚だしいな……」


 真剣に取り合わない俺にガーベラは一瞬だけ視線を向け、ため息を吐く。


 ちょっとだけ圧を飛ばされたので、黙って耳を傾けることにした。

 冷や汗をかいてしまう。


「まずは、そうだな。戦力的に論外、そこらの魔物を倒すほどの能力を持っていない。かといって後方支援系の立ち回りや魔術も持っていない。頭も悪ければ、口も悪いしマイペース。私の手にあるこの魔術道具を見てみろ」


 ガーベラは、透明な球体を手に持ってみせてきた。

 球体に魔力を込めると、カチッと音を立てて光る。


 洞窟や森とかの暗い場所で探索する時に使う魔術道具なのだが、それがどうかしたのだろうか?


「シオン、お前はこの”魔術道具”よりも役に立たない」


(カチン)


 たかが光る魔術道具よりも下に見られていることを知り、額に青筋を浮かべる。

 反論できない事実だけどムカつく。


「お前にできることと言えば、他者に自身の魔力を分け与えること、暗闇の中を活動できる目の良さだけか……ま、私たちはこの魔術道具で事足りるのだがな」


 やれやれと首を振って、見下してくるガーベラ。

 いちいち手に持っている魔術道具と比べられると、頭にくるんだが。


 堪えきれずガーベラに詰め寄って、肩を掴んで引き寄せた。

 周りの仲間達はそれでも何も言わないし、何もしなかった。


「一体何のつもりだよ? 確かに、俺は足手まといで大した能力も無ぇ……けど、これでも俺は……」


 ―――お前の役に立ちたいって、気持ちは本物だ!


 そう言おうとしたが、言葉にできなかった。

 口をパクパクとさせて、何も言えなかった。


「見苦しいぞシオン。足手まといであることを自覚しているのなら尚更、我々の迷惑になる前に解雇を受け入れて、さっさと荷物を纏めろ。我々は忙しい……」


 ガーベラは肩に置かれた俺の手をはらって、背中を向けた。

 この勇者、ここまで冷たい奴だったとは。


 解雇をするにしても、少しぐらい前から言うもんだろ。

 当日に言い渡さなくたって、いいじゃんか。


 憤りが胸の底から込み上がってきたが、それよりも悲しみが勝った。

 それ以上何かを言い返すことができず、俺は逃げるようにして部屋から出た。


(じゃあ、何で俺をパーティに誘ったんだよ……?)




 ———無能魔術のシオンじゃねぇか、何で役立たずのアイツが勇者パーティにいるんだよ?


 ———ガキの頃から勇者に育てられたらしいし、贔屓してるんだろ。いいなぁ、あんな綺麗な勇者と一緒に旅できて。


 ———無能のくせに生意気だよな。








「やっ、暗い顔をしてどうしたの? 失恋でもしたかい?」


 荷物をまとめ終えた俺は、部屋から出ると。

 弓兵のアレクが部屋の外で待っていた。


「アンタも同じ部屋にいて聞いていただろ……?なんだよ、追放されちまった男を笑いにでも来たのかよ?」


 目を合わせないようにアレクの横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれる。


「何処に行こうとしているのかなぁ〜?」

「何処だっていいだろ。もう仲間でも何でもないから、アンタの知ったことじゃないだろ」


 いいから俺をほっといてくれよ。

 アレクだって、俺がクビにされて嬉しいんだろ。


 頼むからこのまま行かせてくれ……


「あのさ、いつから俺に対して、そんな口を聞けるようになったのかぁ〜」


 両肩を掴まれて、アレクに腹部を膝蹴りされる。

 あまりの激痛でその場にうずくまって、嘔吐してしまう。


 アレクが困ったように笑い、懐から封筒のような物を取り出した。


「確かに君はクビだよ、相応しい処遇だ。けど残念なことに、このまま追い出すって意味じゃないんだよな〜」


 ガーベラが見ていないからって容赦なさすぎるだろ。

 しかも、俺はもうお前らの正式な仲間ではない他人だ。


「じゃあ、どういう意味なんだよ……?」


 腹の痛みに耐えて、よろけながら立ち上がる。

 そのままアレクを睨みつけて、質問をする。


 アレクは封筒を、俺の胸の内ポケットに入れた。


「君の身柄は、これから神聖国の”教皇様”に預かってもらう手筈になっている。次の日に、教団たちが君を迎えにくるから、その間は大人しく部屋で待機してくれたら助かるよ」

「……は?」


 思わず、変な声を出してしまう。

 神聖国といえば世界最大の宗教が発祥の地になっている、身分の高い連中のみが暮らすことを許された国だ。


 しかも、一番えらい教皇に預かってもらうって……ますます意味が分からない。


「ちょっと、待て。ガーベラが薄情な奴じゃねぇのは分かったけど、いくらなんでもその後の話しが飛躍しすぎだって! 俺が神聖国? 教皇に預かられる? 何で!?」


 アレクの話を信じることができなかった。

 どういう経緯で、そういう事になったのか。


「……うっせぇな。静かにしろよ」


 そう言ってアレクに頬を平手打ちされる。


 穏やかな顔をしているが当たり前のように暴力を振るってくるアレクの腹黒さに吐き気を催す。

 それでも勇者パーティのメンバーかよ。


「勘違いしているようだから教えてやるよ……」


 アレクは下卑た顔でニヤついて、襟を掴んで俺を引き寄せた。


「お前がガキの頃からガーベラに育てられたのも、勇者パーティに加入できたのも、これから神聖国のお偉いさんに預けられるもの、お前が特別だからじゃねぇんだよ!」


 襟を掴む手が強くなり、首が締め付けられて息が苦しい。

 それでもアレクは手を緩めず、怒りに染まった剣幕で顔を近づけてきた。


「シオン、お前だって違和感を感じていたはずだ。自分みたいな雑魚が、勇者パーティの一員になれるはずがない、何でガーベラはそこまで自分にこだわるのか?」


 我が子のように育てたからと言って、魔王軍との戦い危険と隣合わせの勇者パーティに加入させるのか? 

 ガーベラは一体、俺の何に期待していたのだろうか?


 ますます解らなかった。


「言っておくけど、ガーベラはお前を必要としていたから加入させたんじゃない。仕方なく、連れて行くしかなかったんだよ」

「仕方なく……だって……?」


 それもそうだ。

 弱い俺をパーティを入れたのには相応の理由が必要だ。

 安全な国に置くのではなく、一緒に連れて行った。


「彼女はお前を愛していたから傍らに置いたんじゃねぇよ!」


 アレクの拳が頬にめり込んで、その衝撃で倒れる。

 鼻から血を垂らす俺の顔面に、アレクはさらに蹴りを入れた。


「贔屓していたわけでも、優遇していたわけでもない! お前みたいな雑魚の面倒を見ていたのにも理由があったんだよ!」


 バキっと嫌な音がしたかと思いきや、歯が折れてしまう。

 殴られ続けているせいで、意識が遠のいていく。


「なぁシオン! お前を見ているだけでもイライラして殺しちまいたくなる!」

「何で……」

「他の二人もそうだ! マナもギルバートもお前を恨んでいる! お前のせいで……! お前は、ガーベラの気まぐれで救われているだけで、本当は生きてていい存在じゃねぇんだよ! なぁ!?」


 何故、こいつはここまで俺を恨むのか。

 何故、俺がこんな目に遭わなきゃならないのか。


 言っていることが理解できない。

 理解したくないと、本能が訴えていた。


「シオン! お前なぁ―――――」


 真実を告げようとしたが、アレクの声が途切れた。

 頬に何かが飛び散って、目を瞑ってしまう。






「……あ……れ……?」


 その、たったの一瞬で、アレクは左半身を喪った。

 比喩とかではなく、本当に体の左側を失くしたのだ。


 アレクは膝から崩れ落ちて、床の上で痙攣して、悲痛な声を漏らして、そのまま絶命した。


 死んだのだ。

 アレクが。


「あ……えっ……は? ……は?」


 あまりにも突然のことで脳の処理が追いつかず、悲しみやショックが湧いてくるより先に、疑問と混乱が渦巻く。


「あ、あ、あ、アレク……アレク!!!」


 憎いはずの仲間の名前を叫びながら、傍らに近づこうとしたが、その間を割って入ってくる者がいた。


 見上げると、そこには女性が立っていた。

 “人族”ではなかった、額にはの角が生えている。

 目は眼球は黒く、瞳孔が赤く、恐ろしい姿をしていた。


「ま、魔族……!」


 魔王軍の残党とは何度も戦ってきたからこそ、彼女の特徴には見覚えがあった。

 魔族だ、人類を滅ぼさんと暗躍している人族の脅威である。


 しかし、ただの魔族ではない。

 弓兵アレクの”感知魔術”は半径五百メートルの生物を判別し、情報を得ることができる。


 この魔族の女は感知魔術を掻い潜って、気配を消してアレクを殺したのだ。

 只者ではないのは明らかだった。


 魔族は、こちらを見下ろしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 怖くなって逃げようとしたが足がガクガクと震えて、思い通りに動かない。


(殺されるっ……殺されるっ!)


 半泣きで、両手で顔を守る。

 どうせ殺されるのに、意味のない行為だと分かっているが、せずにはいられなかった。





 しかし、数秒立っても殺されない。

 それどころか、片方の手に魔族は、自身の手を添えていた。


 まるで主君を拝謁する家臣のように、敬愛の眼差しをこちらに向けていた。




「お迎えに参りました――――魔王様」








 ――――


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