魔王亡き世界で勇者パーティを追放された無能と呼ばれた魔術師、実は転生した冷徹非情な魔王様でした。

灰色の鼠

プロローグ 追放と覚醒

プロローグ


 俺は、シオン・マグレディンという名で生を受けた。


 髪は黒く、目も黒い。

 平均的な顔立ちで、どこにでも居そうな一般的な容姿をしていた。


 赤ん坊だった頃に、両親は死んだ。

 戦争で滅びたらしい、どんな戦争かは知らないけど、唯一生き延びたのが俺だけらしい。


 そんな俺を『ガーベラ』というエルフの女性が育てくれた。


 雪のように白い肌と、黄金のロングヘアー。

 容姿端という言葉に相応しい、美しい姿をした女性である。


 俺にとってガーベラは、母親のような存在だった。


 緑の海が広がる、広大な平原。

 小高い丘に建っている庭付きの家に、十二年も彼女と一緒に住んでいた。


 ガーベラは俺に読み書き、生きるための知識、剣術や魔術を教えてくれた。


 俺はガーベラが大好きだった。

 大人になったら、彼女のような人になりたいと思った。


 百年前、魔王を倒した”勇者”である彼女のように———






 百年前、”女勇者ガーベラ”は伝説の聖剣で”魔王テスタロッサ”を討ち取った。


 魔王とは世界を支配しようと目論む魔王軍の親玉。


 人類が滅亡する一歩手前で、ガーベラが死に物狂いで奴に喰らい付いたことで勝利したらしい。


 しかし、人類は本当の平和を取り戻せていない。


 たとえ魔王を討とうと、その残党、下僕や配下”魔王軍”は変わらず機能する。


 王を失って尚も、人類を滅ぼそうと魔王軍は各国、息を潜めて暗躍しているのだ。


 勇者ガーベラは百年経った今でも魔王軍の残党狩りをするために世界各国を旅している。


 彼女とは生活を共にしていたが数ヶ月、長ければ半年以上も家を空ける時があった。


 その間、知らない国の知らない人達に預けられ、誰もいない部屋に閉じ込められることがあり、俺はそれが嫌だった。


 彼女と居られない時間は、俺の人生にとって空虚なものだった。


 だけど、ガーベラは勇者だから忙しい。


 人を助けるのが彼女の役目で、それを尊重しなければならない。


 だから、彼女と一緒の時間をできるだけ長く過ごせるよう、魔王軍が全滅することを何度も祈った。





 十三歳に成長した俺は、勇者ガーベラと一緒に旅ができる年齢になった。


 別にこっちが頼んだわけではないのだが、正式にガーベラ率いる”勇者パーティ”に加入することになった。


 勇者パーティは、やはり規格外だ。


 俺にとっての初級魔術を上級魔術にして発動するし、発動する際に必須の詠唱を端折るし、身体能力も化け物級。


 ガーベラの本気パンチは海を割るほどの威力である。


 他のパーティメンバーもそうだ。


 弓兵のアレク。

 金髪の優男で、弓の腕は俺の知る限りはダントツでナンバーワン。


 聖者のマナ。

 茶髪で胸がデカい、腕を切断しようと高等の呪いや状態異常にかかっても全部治してくれる。


 戦士のギルバート。

 筋肉隆々の豪快な男、ガーベラよりじゃないが世界最強の魔獣ドラゴンの首を素手で折るほどの怪力の持ち主。


 全員が、俺とは比べ物にならないほど強くて、勇者パーティに相応しい。

 なのに俺は、何も持っていなかった。


 魔術師なのに、そこらの魔物にも苦戦するほど弱い。


 魔術を発動するまで長ったらしい詠唱を行わなければならないし、発動したとしても弱すぎて魔物に弾かれたり効かなかったりことが多々あった。


 剣術も同じくらい、いやもっと酷かった。

 剣を振る動作があまりにも不器用で遅く、ガーベラに呆れられた記憶はまだ新しい。


 そのせいで立ち寄る町の冒険者や兵士に笑われ、馬鹿にされることが

 当たり前になった。よくあった。


 何で、勇者パーティにあんな奴がいるのか。

 異分子を見るような目で見下され、陰口を叩かれまくってきた。


 あんな奴、勇者パーティに相応しくない。

 弱いくせに何でガーベラの隣に立てるのか。


 名前も知らない連中からの評価なんて、どうでもいい。

 どれだけ蔑まれようと、我慢することができた。


 だけど、パーティメンバーからの嫌がらせだけは耐えることは出来なかった。

 アレク、マナ、ギルバートの三人は、俺がパーティに居ることを良く思っていない。


 三人からの悪口、暴力は日常茶飯事だった。

 ガーベラが注意してくれることがあったが、彼女の目が届かない所で殴られることもあった。


 問題事にしたくない俺は、暴力を振るわれたことをガーベラに言わなかった。





 夜遅くまで走り込みをして体力をつけたり、筋力がつくようにハードなトレーニングをしたり、魔術を鍛えたり、強くなる為のことは全部してきたつもりだ。


 しかし、どんなに頑張っても、仲間たちに追いつくほどの実力を手にすることができなかった。


 凡人が才能を持った勇者パーティと肩を並ぼうなんて、初めから無理なのだ。


 なのにガーベラは、今まで一度もパーティを辞めろと言ってこなかった。

 役に立たない無能なのに、彼女だけは優しくしてくれた。


 失望しているのではないか。

 いつか俺を追い出すのではないのか、ずっと怖かった。


 だけどガーベラは俺を見捨てようとはしなかった。

 嬉しい、と同時に彼女に対する罪悪感が増していった。


 果たして自分は、勇者パーティに居ていい存在なのだろうか?


 俺がいることで、ガーベラの評価を下げてしまうのではないか? という懸念があった。


 役に立ちたいのに、立てない。

 強くなりたいのに、弱いまま。

 賢くなりたいのに、馬鹿なまま。


 俺には、何も無い。

 無価値な人間だ。


 周りの人間に嫌われて、仲間からは暴力を受けて。

 生きるのが辛かった。


 それでも、勇者ガーベラは俺を見捨てなかった。

 ずっと側にいてくれた。


 そう思っていたのに。



「———シオン、お前を勇者パーティから追放する」


 十七歳になった俺はら勇者ガーベラに部屋に呼び出されて、凍てつくような冷たい声でそう言い渡された。

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