朱月下相剋
私の頬にアスファルトのざらついた硬い感触が伝わってくる。
私が目を覚ますと、アスファルトの地面が視界の右半分に広がっている。私はアスファルトの上で寝ころんでいることに気が付く。私は状況を理解しきらないまま、立ち上がった。
なぜ、こんなところで寝ているのだろうかと寝ぼけた頭で思い起こしてみる。すると、夜の散歩の途中で、私の分身に襲われて……。
私は思わず、口の中を下で舐め回す。少しだけ血の味が残っている。私はあの時を思い出して、なんだか恥ずかしい気持ちになった。私はいつも無意識にしている口の中の唾液を飲み込むことを躊躇ってしまう。
そして、よく見てみると、自分の服装がさっきまでの服ではなく、制服になっていることに気が付いた。さらに、マスクも消えている。私は制服のスカートポケットを確認するが、スマホもマンションの鍵も無くなっていることに気が付いた。
そして、時差的に押さえつけられるような空気の感覚が無くなっていることに気が付いた。いつも通りの体の軽さで、五感も正常に戻っている。だが、視界に違和感がある。視界が歪んでいると言う訳じゃない。
なぜだか全体的に視界が赤い。
私は周りを見渡すと、空が赤くなっている。そして、赤い空を見上げてみると、月が毒々しい程に赤くなっていた。その月は、夕日の様なオレンジの混ざった赤色ではなく、月の血が空に染み出ているような気味の悪い景色だ。
夜空は黒さと月の赤が混じって、とても不気味な雰囲気を醸し出している。思わず、口に溜めていた唾液をごくりと飲み干した。唾液を飲み込んだ後に、唾液に血が混ざっていることに気が付き、余計に嫌な気持ちになる。
風景は私の家の近くであることは間違いないが、現実世界ではないと感覚的に分かる。そして、頬をつねるが、夢ではないことも確認した。地獄と言われれば信じてしまうくらいの特殊な空間だ。私の中で、得体の知れない恐怖が大きくなっていく。
私は恐怖を感じながらも、止まっていてはいけないと感じて、周りの様子を偵察してみることにした。私は恐る恐る私のマンションの方向に足を進ませる。マンションの玄関の前に着いたが、オートロックの鍵がかかっていることを確認した。
私は鍵を持っていないので、中に入れないと分かった。ハンマーやバットがあれば、玄関のガラスを叩き割ることが出来そうだが、流石に現実世界でないと分かっていても、そんなことはやらない倫理観は持っている。
私はマンションに入ることは諦めて、他の方法を探すことにした。
と言っても、人はいるのだろうか?
なんだか、この赤い月の世界では、まるで自分しかいないような孤独感がある。私をそう思ってしまう程、この赤色の切迫感と風も吹かない異様な静かさが孤独を私に感じさせた。
私はマンションの前から離れて、当てもなく歩き出した。結果的に、良い散歩になったが、眠気はない。しかし、酷く落ち着いている。先ほどまであった恐怖心や孤独感は、不思議と薄くなっている。世界だけでなく、自分もおかしくなっているようだ。
頭で状況を整理すれば、パニックになってもおかしくないのにもかかわらずなのに、心は静まっている。心が分離して、遥か遠くにあるような不思議な感覚だ。まだ状況を飲み込めていないのかも知れない。
それとも、さっき飲み込んだ血のせいだったりして……。
そんなことを考えながら、かなりの距離を歩いていたようで、近くのコンビニエンスストアについていた。そのコンビニは24時間営業であるはずなのに、電気は点いていない。
真っ暗なコンビニはレアだ。
私はその真っ暗なコンビニを覗いてみると、微かに何かが動いている気配があった。目を凝らしても、真っ暗なので、その気配の正体が何か分からなかった。ただ、その気配が人の様であると見える。その人影はこちらに気が付いてないようだ。
コンビニの人影は店の一番奥の商品棚の所から頭を出してうろついている。私は人影が危険である可能性も忘れて、そのコンビニに近づいていた。近づいてみると、コンビニの自動ドアは壊れている。壊れた自動ドアは人が十分入ることのできる隙間を残して、ガタガタと開閉していた。私はその壊れた自動ドアの空いた隙間に恐る恐る入っていった。
「誰かいますか~?」
私はコンビニの中に響き渡るように、声を出した。すると、店内の奥にいた人影が動きを止める。しばらくその人影は立ち止めた後、人影は商品棚に体を隠した。私は壊れた自動ドアを通り過ぎて、コンビニの中へと入っていった。
「そこにいますよね?」
私は自信なさげに話しかけた。人影は動かない。私は多少怖い気持ちはあったが、その人影に近づいていく。私は人影が隠れている商品棚の筋の所まで歩き、人影を覗いた。
すると、その人影は即座にこちらに近づいてきた。そのまま、人影は私に突進してきた。私と人影の体が当たると、私はバランスを崩して、後ろに倒れた。私は尻もちをついて、床にうつ伏せで倒れこんだ。頭はぶつけなかったが、背中が痛かった。
私が目をつむって、背中の痛みを感じていると、腹回りに重みを感じた。私が目を開けると、誰かが私の腹に股を開いて、乗せていた。私は視線を上げて、顔を確認する。顔は赤い月光に照らされて、良く見えた。
私の顔だった。
また、私の分身だ。
驚きは一度目の半分以下にまで下がっていた。私の分身は、私と同じ制服を着ている。だが、私の制服と違う所は、白い制服が所々、赤く染まっている所だ。赤い月明かりと重なって目立ってはいないが、白い制服に毒々しい赤が飛沫の様になっている。
私はヤバいと感じた所で、もう1人の私はスカートをたくし上げ、太ももに結びつけてある拳銃を手に取った。そして、太ももから拳銃を抜き取ったかと思うと、目にもとまらぬ速さで、私の身圏に銃口を押し当てた。
「武器を出して!」
銃を持った私がそう言った。銃の分身は銃を私のおでこに強く押し当てたので、私は銃口が当てられているおでこがぞわぞわする感覚に襲われた。私は殺されないためにも、銃を持った私の要望どおり、武器を取り出したかったが、私は何も持っていなかった。
「はやく!」
銃を持ちながら、銃の分身は私をせかした。
「持ってない!……私、何も持ってない……。」
私は絞り出すようにそう言った。銃を持った私はそれを聞いて、不思議そうに私を見つめた。
「……なら、お前の特技は何なの?」
突然、自己紹介みたいなことを聞いてきた。この状況は呑み込めないが、この返答次第で、殺されるか、殺されないかが決まる気がした。私は考えを巡らす。だが、私には特技はない。勉強も運動も何もかも凡人を超えるものはない。
「特技は何もないです。普通の女子高生です。」
私はありのままにそう告げた。
「嘘をつくな! お前も何かの才能を持った私の分身なんだろう?」
私はそう言って、おでこに当てた銃口をさらに強く押し当てた。私は呼吸を荒くして、怯えるしかなかった。
そうやってしばらく怯えていると、銃の分身は段々と信じがたいような目で、私を見つめた。そして、片手で銃を持ちながら、私の体をもう片方の手で触り始めた。私の手から腹や足を触った。
「本当に何も持っていないの?」
私は小さくうなづいた。
「本当に何の才能もないの?」
何か嫌な言い方だが、小さくうなづいた。すると、銃を持った私は、銃をおでこから離した。私は小さく息を吐いた。
「その顔は演技ではなさそうね。私のことだからよく分かる。」
銃を太ももの拳銃入れに戻した目の前の私は、落ち着いた様子で、そう言った。
とりあえず、ドッペルゲンガーと出会うだけでは、即死することは無いらしい。
ただ、物理的に殺しにくることは覚えておくべきだろう。
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