第13話
東京を出て、この街に来た。
はじめは、どこでもよかったんだ。
家からできるだけ離れた場所なら、どこでも。
田吉駅を降りて、航空大学校のある方面に向かって歩いた。
駅から家まで、徒歩20分。
割と遠い場所に、私が住んでいる場所はあった。
海と、空港。
閑静な住宅地を抜けていくと、緑が多い茂った広い草原に着く。
高い空と、どこまでも続いていく地平線。
飛行機の発着地点のそばとあって、開けた土地が視界の限りに続いていた。
整備された道に、灯台のある岬。
道なりに沿って、ひたすら歩いていく。
しばらくすると、背の高い木々に囲まれた森の向こうに、古びた温泉宿が姿を現す。
大正時代から続く老舗旅館、姫乃温泉。
子供の頃、家族と一緒にこの場所を訪れ、私は一瞬にして恋に落ちた。
風に乗って耳に届く木々のざわめき、川のせせらぎ、鳥のさえずり、虫の声。
ポツンと明かりのついた玄関に、2階建ての木造建築。
森と、自然と。
全てが一体となったその場所は、まるで絵本の中の世界のようだった。
岬へと続く一本道に、忘れもしない景色が広がっていたんだ。
いつか、この場所に戻ってきたいと思っていた。
「ここは…?」
「私が今住んでるとこ。ねえ、あんたどうすんの?」
「どうするとは?」
「言っとくけど、中には入らせないから」
「…それは困ったな。言っておくが、家の「中」こそいちばん危険だぞ」
「その思考どうにかなんないの…?ここは中東でも、国境付近の紛争地域でもない。長閑で平和な場所なの。日本でいちばん“危険”がない場所と言ってあげても良い。どっちかって言うと、今いちばん危険なのはあんたの方よ」
「それは心外だな」
「もう一度冷静に考えてみた方がいいよ?本当に私を「護衛」すべきなのか」
苔の生えた敷石の上を歩いていくと、源泉掛け流しの露天風呂が、日本庭園の庭先に見える。
8月の中旬になって、日が落ちるのが少し早くなった気がする。
ひぐらしが、どこか寂しそうに鳴いていた。
夏ももうすぐ終わるかと思うと、なんだか少し、立ち止まってしまいそうになる自分がいた。
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