第3話



 「堂島龍生と言います。両親の都合で引っ越して来ました。早速ですが先生、座る席を指定してもいいですか?」



 彼の自己紹介の後、教室が一瞬の間に凍りついた。


 低い落ちついたトーンから、あり得ない言葉がヨシキに向かって放たれる。


 “座る席を指定してもいいか”


 そんなことを言うやつは、席替えの時くらいしかいない。


 というか、普通は言わない。


 転校して初日で、しかも自己紹介の後。



 …何言ってんの、この人。



 指定できるわけないじゃん。



 「ご、ごほん。堂島君、…というのは?」



 ヨシキも困ってるじゃないか。


 そりゃ、そうだよね。


 多分彼の席は決まってる。


 入り口近くのあの後ろの席。


 空いてるとしたら、あそこしかない。


 ヨシキもそのつもりで、彼に説明していたんだと思う。


 困惑するヨシキに覆い被さるように近づき、窓際の方に向かって、彼は指を差した。



 「しかし先生、校長にも言われていますよね?」


 「…あ、ああ、そうだが」




 おいおい


 何、なんの話…?


 校長にも言われてる?


 っていうかなんでこっち指差してんだ。



 ヨシキはネクタイを締め直すように息を整え、自由なところに座ってくれと言った。


 それを聞いたあと、彼は空いていた机を持ち上げ、窓際の方に近づいて来た。



 ガタガタッ



 私の席は教室の奥。


 窓際のいちばん後ろになっている。


 つまり、これ以上後ろの席は存在しない。


 机一個分の置くスペースはあるが、それはあくまで通路というか、“動線”だからだ。


 掃除用具用のロッカーがすぐ後ろにあるっていうのに、机なんて置いたら扉が開かなくなっちゃう。




 「すまんが、もう少し前に寄ってくれないか?」


 「は?」



 …何?


 ここがいちばん後ろの席だっていうことが、教室を見てわからないのだろうか。


 なんで後ろきた??


 隅っこが好きなの?!



 「もう少し前に寄ってくれないと、ロッカーの扉が開かないと思うのだが」


 「いやいや、だったら違うところに行きなよ」


 「…ふむ、それは困る」


 「なんで??」


 「とにかくもう少し前に寄ってくれ。キミだけじゃなく、その前のキミも」



 …やば



 やばいやつが来た。


 凛は凛で面を喰らっている。


 教室の生徒全員がだ。


 生徒一同の視線を集める中、彼は物怖じせずまっすぐこっちを見つめて来た。


 同様する素振りさえ、微塵も見せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る