第4話 美味しい依頼
「いやー、いくらやんちゃだからってさぁ?ハイウェイで花火打ち上げちゃダメでしょ。──ねぇ、ラフィ?」
パルメとわたしはテーブルを挟んで向かい合う。
かたや楽しそうなにやけ顔。
もう片方は苦虫を噛み潰したかのような渋い顔だ。
……まあ、そっちはわたしなのだが。
パルメはしっかり顔を合わせるなり、そんなことを言ってきた。
情報屋であり猫の獣人でもある彼女は、素早い上にやたら耳も早いらしい。
「う……、し、仕方ないじゃないですか!車が壊れたのは不可抗力だし、べつに炎上なんてさせるつもりじゃ……。ていうか、なんで知ってるんですか!」
「これでも情報屋だからねぇ。面白そうなことは自然と耳に入ってくるようになってるんだよ」
ぴょこぴょことパルメの頭の上の猫耳が動く。
先日のマイカー炎上事件。あれは手痛い出費になった。
結局、車を丸ごと処分することになったのだ。レッカー代と解体代で、なけなしの貯金も吹き飛んだ。
車を運んで行ったオークのお兄さんは、事故ったわけでもないのにどうやったらこんな状況になるんだと呆れ顔だった。
まあ、おかげで今は仕事探しに必死なわけだ。
金にならないことに時間を潰している暇はないのである。
パルメは出されたお茶を一飲みし「薄っす……」とぼそりと呟いた。
なけなしの五番煎じなんだが。
文句言うなら依頼だけ置いてさっさと帰って欲しい。
猫耳少女はカップを置いて再びこちらに向き直る。
ようやく本題らしい。
くるりと指で毛先をいじった後、彼女は得意げに口を開いた。
「──じつはねー、ラミアス区画の郊外の土地で、マナ汚染が観測されたんだよねぇ」
パルメは間延びした声でそう告げた。
相変わらず飄々とした人だ。
カップの縁を指でなぞりながら、彼女は言葉を続ける。
「ありゃあ、十中八九、魔獣が発生するタイプの予兆だね。お肌にもぴりぴり来てるしさ。あたしの耳と鼻もそう言ってる」
自信ありげに頷く猫耳少女。
たしかに、パルメのような獣人族は亜人の中でも特に五感が鋭い。
そういった異常の前兆を感じ取るのに優れているとも聞く。
数こそ少なくなってしまったが、獣人族がいまだに各所で重宝されるのはそのためだ。
彼女が情報屋という仕事をしているのも頷けるところである。
(──けど、マナ汚染に魔獣か……。)
眉間に少し皺を寄せる。
百年ほど前までは、魔獣はどこからともなく現れる謎めいた存在だった。
黒い魔力を身にまとい、性質は凶暴。
人も家畜も襲うし、それにより深刻な被害を受ける人もいた。
そのため魔獣の情報が入るたびに、討伐依頼を受けた冒険者が対処に繰り出したものだ。
そこまで強力な個体はめったに見られなかったが、魔獣は人々に恐れられる存在だったのは確かだ。
だが、近年の文明の進歩により、あれらは大気や大地のマナの汚染が生むものだとわかった。
一種の環境汚染による感染症のようなものだ。
マナ汚染された土地はどんな超常現象も起こし得る。
普通はその場に居合わせた人間が体調不良になったり、ペットの犬ネコがイライラしたりするくらいだが──。
侵攻が進むと目に見える異常が現れ始める。
汚染はまるで周囲のものを乗っ取るかのような挙動をするのだ。
動植物の魔獣化、異常気象──。
かつては物理法則を無視したエリア丸々の異界化なんてのもあったらしい。
まあ流石に異界化なんてのは、わたしも伝承を伝え聞いただけだ。
正直眉唾である。
大抵はそこらの動植物が小型魔獣化するくらいで大したことにはならない。
わかりやすく言えば、ちょっと野良犬が増えるようなものである。
それでも危ないことには変わりないし、周辺住民はそこそこ怖い思いをするのだが。
なんとも言えないわたしの表情に気付いたのだろう。
彼女は来客用の椅子から身を乗り出し、「そ、こ、で!」とわたしの目先で人差し指をぴっと立てた。
「あんたたちにはさ、その対処をしてほしいんだ。具体的にはマナの乱れた土地の浄化と沈静化。まあ、魔獣が出てきちゃったら処理するしかないけどさ。その前になんとかできるなら、そこの区画の住人もみんな幸せだよね」
「は、はぁ……。まあそうですね。たしかに危ないといえばそれなりに危ないですし」
「でしょ?」
大仰に両手を広げるパルメの様子に、ちょっと引いてしまう。
まあ実際彼女の言う通りではある。
マナ汚染は軽度であれば事前に浄化できると聞く。
かつては神職がそれを行っていたこともあるらしい。
だが今は信仰なんてものを持っている人は少なくなったし、彼らも教会くらいでしか見ない存在になってしまった。
まあとにかく、人材と場合に寄っては他の職でもその仕事を代替することは可能だ。
結局、マナも大気の魔力の一種である。
魔力を扱える魔術師なら、それを調律して整えるくらいはできるという理屈である。
「……汚染が起きてる正確な場所はわかってるんですか?」
「もちろん。じゃなきゃこんなこと頼まないよ」
彼女はにっこり微笑んだ。
さて──、今回パルメはどうやってか、事前に正確なマナ汚染の兆候を見つけたらしい。
普通は前兆が見つかることすら稀だ。
だからこそ、人々は都度対処することを選んできたわけなのだけれど。
パルメの猫耳がぴくぴくと動いている。
こちらの反応を見ているのだろうか。
彼女は再度にこりと笑うと、くるくると指を回しながら口を開いた。
「ラフィはエルフだし、魔術師だしさ。そういう魔力操る系のやつ、得意でしょ?」
「それはまあ……、そうですが……」
正直これはちょっと嘘だ。
あまり得意な方ではない。
だが、依頼の選り好みしてる場合ではないのである。
ぐいぐいと話を進めてくるパルメの圧も凄いし、ここは素直に頷いておくべきだろう。
「……わかりました。その依頼、お引き受けしま──」
「──ちょっと待った」
だが、わたしが頷こうとした瞬間。
しばらく黙っていたリルが、ふいに話に割り込んできた。
彼女は珍しく渋い顔で一度目を逸らす。
そして、じつに気に入らなそうに口を尖らせた。
「そういうのは治安局の仕事だろうがよぉ。なんでわざわざおまえが首突っ込むんだよ、パルメ」
「………。治安局の対応は後手後手になるからねー。あの区画の人たちには昔からお世話になっててさ。できれば不安な思いはさせたくないんだ。人間、困ったときの助け合いが大事だからね」
ばちんとウインクをかますパルメ。
その仕草を胡散臭そうにリルが見つめた。
……たしかにリルの言うことも一理ある。
パルメの言葉にも少々怪しいところがあるのは確かだ。裏に何らかの思惑があるのは薄々感じる。
だが、ちゃんと報酬が入るなら考えても良い仕事のはずだ。人助けにもなるわけだし。
もちろんそれなりに危険が伴う可能性はあるが、それも事前に魔獣発生を食い止めればいいだけの話だ。
加えて、ちょっとしたマナの乱れを整えるくらいの簡単な仕事内容。
魔力の調律が不得手なわたしでも、実際なんとかなるだろう。
……まあ、結局のところ。
一番の問題は、彼女の依頼を受ける価値があるかどうかだ。
つまりは報酬──、金である。
「……で、報酬はいくらなんですか?受けるかどうかはそれ次第ですね。わたしたちも一応プロですので。決して安請け合いは──」
「そうだね、成功報酬で30万デルでどう?もちろん一括現金払いで」
「……は?……いや、……さ、さ──」
…‥30万?
わたしたちの一ヶ月半の収入である。
ちょっとしたマナの汚染を調律して三十万──。
時間換算なら、おそらく時給7、8万は下らない。
よだれが出るくらい美味しい依頼だ。
じゅるりと舌なめずりをしたとたん──。
リルに後ろから思い切り頭をはたかれた。
思わず勢い余って前につんのめる。
いきなり何すんだこの幼女。
ソファから飛び出したリルが、すかさずわたしたちの間に割って入ってきた。
滅多にみないほどの素早い身のこなしだった。
「待て待て、ラフィ。話が旨すぎるって!こいつ絶対何か企んでるぜ。騙されんな!」
「う……。そ、それはまあ……」
口ごもるわたし。
それに対し、パルメはやれやれと肩をすくめる。
「疑り深いなぁ。ただの優しさだよ。それに、きみたち今月厳しいんでしょ?仮に今月を乗り切ったとして、来月はどうするの?何か金策のあてはあるのかな?」
ぐぬぬ、と二人で口を結ぶリルとわたし。
パルメは腰をかがめ、覗き込むようにこちらの顔を見つめてくる。
獣人族特有の細い瞳孔がきらりと光った。
「ね、ラフィ。お金欲しいよね?いつもお世話になってるし、これはちょっとしたサービスってやつだよ」
「う……、うぅ………」
相棒の厳しい諫言と猫耳娘の甘い勧誘。
二つが同時に頭の中でハウリングする。
……わかっている。
ちゃんとわかってるのだ。
リルの言う通りだ。美味い話には裏がある。
ましてやパルメは百戦錬磨の情報屋だ。
駆け引きや交渉はお手のもの。
甘いキャンディで人を釣ることくらい、それこそ朝飯前のはずだ。
けれど今、わたしたちがとてもお腹を減らしているのもまた事実で──。
推し黙るわたしを見て、パルメは、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
顔を上げるわたしをしばらく一瞥する。
そして、左手をぴらぴらと振ってみせた。
「ま、嫌ならいいや。あたしは困らないし。じゃあこの依頼は別の人に回すってことで──」
「──ま、待ってください!やります、やりますよ!やらせてください!」
とっさに返事をしてしまった。
あっ……、と思ったがもう遅い。
思わず反射的に齧り付いてしまった。
これは……、釣られたか?
あわあわと口を開いたり閉じたりするわたしに、パルメはころりと声の調子を変える。
そして、ニコリと笑顔を浮かべて言った。
「そ。オッケーオッケー。もちろんいいよ。じゃ、契約成立ということで。この契約書にサインお願いねー」
そう言ってどこから取り出したのか、ペンを片手に紙ペラをふりふりするパルメ。
そんな彼女の横で、リルが盛大にため息をついたのだった。
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