第2話

 明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしきあさぼらけかな



 正月明けに彼女の部屋に入るとその一首がそっと飾られていた。曰く、親戚が忘れていったという。無くしてしまうと使い物にならないので、目立つところに置いているらしい。

 未来がカルタで家族団欒している姿は想像しづらいものの、私へのメッセージだと浮かれるほど若くもない。それでも、時折、視線の先に和歌は、絶えずよからぬ妄想へと誘うようだった。

 思えば私の悩みは贅沢そのものだ。恋人がいるからではない。

 そうではなく、デートの約束などでやきもきする事も無しに、決まって彼女と数時間、部屋へ訪ね行き、二人きりで過ごすことができるから。思春期の女子にとっても、少なからずは意識しているに違いない。もし嫌悪感か何かそれに近い気持ちがあるならば、派遣会社にキャンセルすればしまいなのだ。親だって気にしているだろうから、言いづらいこともないだろう。

 途端に彼女の横に座っているのがむずがゆい気がしてくる。

「休み明けでもよく頑張ってるね」

 沈黙は嫌いじゃない。でも、今に限っては邪魔だった。だから壊した。暖房のきいたその部屋の中で、私だけが空回りしている。

「何か分からないところはあるかな」

 帰宅後、調べてみると、あれは求愛の歌ではなく、後朝きぬぎぬの歌というジャンルと知った。初めて聞いたからこそ再び心の中の渦が回りだす。ここが赤道直下だったならば、ホントは君も私が好きなんだろうと言えたかもしれない。

 でも、私の日々がそうであるように、地球の緯度も変わることは無い。あったとしても数万年単位でのこと。

 その頃、彼女は生きているかもしれない。何せ女神のような表情を時折しているのだから。でも、私の方はまず間違いなく死んでいる。今でこそ偉そうに家庭教師で日銭を稼いではいるが、実際は教えるよりも勉強する方が何倍も好き。

 後朝の歌。確かに文字変換も出てくる。きぬぎぬ。男女が契りを交わした翌朝、男が女に送る手紙とインターネットにはある。でも、手元にある予習用の中学参考書には載っていない。

 たとえ未来がいった話が事実だったにせよ、彼女のことだ、歌の意味もとっくに調べている。それでも私のすぐ目の届くところに置いてあったのは、少女のあどけなさなどのせいではなく、女の罠に他ならない。

 そんな、ふと感じたことを日記に書きだし、人格を切り替えるようにして明日の準備を行った。

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