第5話 招福


 一月一日。午後11:30。

 全国のオフィス街、商店街、駅前、住宅街、観光地には、不思議な見た目をした老人が現れていた。

 小柄で禿頭、そして、その禿げた頭が異様なほどに長い。

 腰までありそうな白い顎髭と立派過ぎるほど福耳を持ち、杖をつきながら、ひょいひょいと軽やかに歩いている。

 

 「福禄寿とは、どんな御利益があるんだ?」

 ソファに深く腰を沈めている初老の男は、大画面の液晶テレビに映し出されている、頭の長い老人を眺めながら、背後の秘書に問う。

 すでにテレビでは、全国各地に現れた不思議な老人は、七福神の一人、福禄寿であろうと、解説者が説明をしていた。

 「あの長い頭、どこかで見たことがある気がするが、福禄寿という呼び名は知らぬな」

 初老の男は尊大な口調で言う。

 「七福神の一人で、「福」は、幸福、子孫繁栄、「禄」は、金運、立身出世、「寿」は、長寿、健康をあらわしているようです」

 初老の男の斜め背後に立つ、スーツ姿の秘書が答えた。

 「良いこと尽くめの七福神だな」

 初老の男が「ふふ」と笑みを浮かべる。七福神と比べるまでもなく、品の無い笑みであった。


 「恵比寿に大黒天、寿老人に福禄寿か。

 今年の日本は好景気で大いに潤うだろうな。

 潤った分は、やはり政府が回収し、有意義に使うべきだとは思わないか。

 新しい税を時限立法として通すか。

 時限法なら通りやすかろう。

 なに、一度成立させてしまえば、あとは延長を重ねればいいだけだ。

 名称は……、七福税とでもするか?」

 その名称が気に入ったのか、初老の男は「ふへへへへ」とおかしそうに笑う。

 と、スマホが鳴った。

 「官邸からです」

 そう告げた秘書が、まず通話口に出た。

 「はい」

 いくつか言葉を交わすと、秘書の顔が強張る。

 「せ、先生。大変です!

 総理と外相、国土交通相と税調会長が……」

 スマホを降ろし、初老の男に報告しようとしたとき、騒ぎが起こった。

 「待て! い、いや、待ってください!」

 「本部! ただちに救援を!」

 要人警護の警官たちの叫びと、建具が破壊される音が響いてくる。


 若い警官が飛び込んできた。

 「大臣! 不法侵入者です!

 今すぐ、避難を!」

 初老の男に向かって叫ぶ警官の後から、みしり、みしりと、屋敷を軋ませる重い足音が迫って来た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る