第3話 椿寿


 一月一日。午前10:00。

 テレビ画面の右上には、『生中継・LIVE』の文字が固定されていた。

 どのテレビ局も正月特番を取りやめ、臨時ニュースを流している。

 今、画面に移っているのは、都内にある総合病院の広い通路であった。


 大勢の病院スタッフや入院患者たちが遠巻きに見詰める中、不思議な老人が、通路をゆるゆると歩いていた。

 袖と裾がゆったりとした道袍と呼ばれる僧衣を着て、頭巾を立てたような冠をかぶっている。

 白眉と長くて立派な白髭。手には巻物をぶら下げた身の丈ほどの杖を持ち、ゆるりゆるりと煙が漂うような動きで移動をしている。

 「皆さま、見えていますでしょうか? 

 不思議な老人が、数十分前から都内の〇〇総合病院内を徘徊しております!」

 男性リポーターの興奮した声が聞こえる。

 「驚くべきことに、この老人が現れた後、院内の患者たちの症状が劇的に改善されたと言う情報が入ってきております。さらに……」

 リポーターはひと呼吸おいた。

 「信じられないことに、この老人は、この病院だけにではなく、現在同時刻に、日本全国の病院、診療所、さらに老人ホームなどに出現しているのです」

 画面が四分割された。

 『北海道・帯広市』

 『福島県・郡山市』

 『千葉県・柏市』

 『愛媛県・松山市』。

 それぞれのテロップと共に、病院や診療所、老人ホームが映し出される。

 そのすべての場所に、同じ老人の姿があった。

 

 「私は、ここで断言します。

 この老人は、七福神の一人、長寿延命、諸病平癒の御利益をもたらす、寿老人であります!」

 カメラが興奮しているリポーターの顔を映し出す。

 「しかも、この元日に現れた七福神は、寿老人だけではありません!

 SNSでは、早朝、各地の漁港で目撃された奇妙な男の画像、映像があげられております。

 これは七福神の一人、航海安全、大漁満足、商売繁盛の御利益をもたらす恵比寿であることは間違いないでしょう」

 テレビには、SNSから転載された画像が流れる。それは、各漁港に姿を見せた、福々しい恵比寿の姿であった。

 「さらに、全国各地の田園地帯では、恵比寿に似て異なる男が目撃されました」

 恵比寿に続き、テレビ画面には、SNSから転載された大黒天の画像が幾つも現れた。

 「これは七福神の一人、五穀豊穣、商売繁盛、豊作開運の御利益をもたらす大黒天であります」


 画面は病院内に戻った。

 リポーターが恵比寿、大黒天の説明をしている間、寿老人は通路を先へと進み、医師や看護師、入院患者たちが、その後をゆっくりと追っていた。

 「当初、現れた寿老人に対し、病院スタッフが声を掛け、病院内から連れ出そうとしましたが、誰一人として、触れることがかなわなかったそうです。

 そこで、私、田伏ユウジが、皆様を代表して、本当に触ることができないのか、試してみたいと思います」

 興奮しているレポーターがトチ狂ったことを言い、人波を掻き分けながら寿老人に近づこうとする。

 「すみません。テレビです。

 ちょっと前に行かせてください」

 リポーターが人波を掻き分け、それについてくカメラが揺れる。

 「はい、前を開けてください。

 もう少し、詰めて、はい、ちょっと邪魔になりますので、はい、横へ」

 ぐいぐいと前へ進むリポーターに厳しい声が掛かった。

 「邪魔なのはお前だ!」

 さらに、あちこちから声が続いた。

 「ここは病院だぞ。患者に邪魔とか、正気か!」

 「出ていけッ!」

 レポーターが目を丸くして、口をパクパクさせながら反論しようとした。

 「私は、し、視聴者を代表して……」

 「あんた、そんな無法なことをしていたらバチが当たるぞ」

 その声に、レポーターが言葉を詰まらせた。

 今、奇跡が起こっているのである。ならばバチが当たってもおかしくないことに気づいたのであろう。

 自分の仕出かしていることを理解したのか、脅えで口をパクパクさせている。


「あの様子だと、バチ当たりなことをしているって自覚は一応あったんだ」

その生放送を見ていた智美がつぶやいた。

 レポーターが真っ青になったまま喋ることができなくなり、画面はスタジオに移った。

 『あ、あの、田伏さん、患者さんたちの御迷惑にならない様にしてください。

 そして、寿老人様は、そっとしておきましょう』

 司会の男の顔も青くなっていた。

 この司会者も、さっきまでは寿老人に対して、病院を徘徊する不審な老人と言っていたのだが、バチ当りという言葉に反応してか、今は『様』までつけている。

 『で、では、中継場所を恵比寿様が現れたという、愛知県大井漁港へ……』

 

 智美はテレビ画面から目を外し、部屋の隅へと視線を移した。

 そこには琵琶を手にした、信じられぬほど美しい女性が、微笑みながら立っていた。

 目の錯覚ではなく、周囲の空気がダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いている。

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