また会おうから長かった (3)

 レイブルノウ王国の歴史に初めて地球人が登場したのは、およそ一〇〇年前。まだ小国の一つに過ぎなかった頃だ。その者―――後に地球人第一号と呼称―――は、自然現象的にこの世界に迷い込み、自らの生存と引き換えに地球世界の技術をこの国に伝えた。


「それがすべての始まりであり、大いなる過ちだった」


 いくらセーブしたとはいえ、それでも地球世界の技術と思想は革新的だった。国全体の生活水準、国民の教育レベルが飛躍的に向上し、これまで到底解決しえなかった数々の問題を駆逐していった。

 そして、当時の国王がこれに味を占めるのに、さほど時間は掛からなかった。大陸中を捜し回り、保護という名目で地球人を片っ端からかき集めた。後に地球人第一世代と呼ばれる彼らを客人としてもてなし、対価としてその知恵を貪った。

 その時点ですでに周辺国を圧倒する技術力を得ていたが、止まることはなかった。

 国王はより確実な人材確保のため、当時はまだ行われていた魔法の研究と地球世界の技術を結集して完成させた。これまで奇跡と偶然で、この世界へ漂着した地球人を確保するしかなかった非効率を解消する召喚システムを。

 それを可能とする施設が『召喚工場』。

 そして行われた非人道的行為―――『無差別召喚』だ。


「奴らは俺たち地球人をこの世界へ召喚しまくったんだ。まるで工場のラインのように。機械的に、無作為に、大量にな」


 異世界の友人だったはずの地球人は、単なる資源へと変わった。後に地球人第二世代と呼ばれ、技術者は拷問によって知識を吐かされ、それ以外は奴隷としていくらでも生産の利く労働力となった。


「俺もその一人だ。しかも粗悪な召喚システムのせいで時間にズレが生じ、俺と幼馴染親子の三人は一七年前の僻地に突然投げ出された」


 それからのニ年間は地獄だった。命辛々野党から逃れ、その後回収されても奴隷としての過酷な日々が待っていた。人扱いなどされなかった。


「俺たち地球人の間には一つ、密かに語り継がれる計画があった」


 それは地球人第二世代の頃から託された悲願と、悲惨な末路を辿った魂の怨嗟。竜騎士たち地球人第四世代まで受け継がれた、途方もない計略だった。


「先輩たちは多くの技術を搾り取られたが、ある技術だけは頑なに秘匿し続けたんだ」

「?」

「わからないか? 電気と火薬だよ」


 他にも外燃機関。内燃機関などの現代の地球世界にあって当たり前の叡智。

 そして、大量破壊兵器に繋がる恐るべき近代技術だ。地球人たちは、いつかやってくるであろう反抗の切り札として、それらの技術に一切口を閉ざし続けたのだ。


「だが、それだけでは不十分だった。なんせ奴らには魔法使いがいたからだ」


 魔法使いとは物理法則や常識が通用しないチートスキルの使い手。そんな非常識が日常のトンデモ能力が相手では、計画を根底からひっくり返されかねない。


「だから先輩たちは、奴らに魔法を捨てさせることにした」


 地球人たちはレイブルノウ王国に数々の技術を与えた。

 より便利で。より楽ができるように。あくまで産業革命より以前の一六世紀程度のレベルに留める範疇で技術を提供し、国全体を豊かにしていった。

 そして数世代も先どった魅力的な技術たちは、習得できる者がそもそも少数で、不安定で危険な曰く付きの胡散臭い能力を見限る理由としては十分すぎた。

 結果、この国の人間は彼らの思惑など知る由もなく、自分たちの専売特許を手放した。もしこの国が魔法の研究を続けていたなら、欠点を改善し、魔法というオーバースキルを実用レベルにまで引き上げることができたかもしれないのに。

 すべてが計画通りだった。


「そして一五年前、時は来た」


 レイブルノウ王国の裏の歴史書に『炎の日』として記された、その日。

 地球人たちは一斉にこの国に反旗を翻した。隔離されていた技術者、奴隷の一人に至るまでが一斉に牙を剥いた。彼らは秘密裏に準備してきた爆弾などの、この世界の人間が知らない化学技術の産物を駆使し、国内の急所とも言える施設を的確に襲撃。優秀な軍人が発想すらできない戦争戦略で紀元前程度の古臭い軍事力を蹂躙した。

 そして、見事自由を勝ち取った地球人によって出来上がった組織。


 それが―――『ボルヘイム』。

 彼らはこれ以上、自分たちのような犠牲者を出さないために活動を開始した。各地で取り残された地球人の保護と、召喚工場を徹底的に破壊して回った。魔法技術の資料も一つ残らず焼却し、すでにかなり数を減らしていた魔法使いも暗殺。もしくは世界転移魔法の研究のために組織に取り込んでいった。もちろん人体実験のためだ。


 そして完成したのが、地球世界の技術と魔法の融合体。

 世界転移魔法をシステムとして搭載したマシン。

 魔力がなければ、真価を発揮できない未完成の魔女。

 それが―――〝マギアギア・エリス〟だ。


「俺たちはエリスを使ってもとの世界へ帰る。この世界で倒れていった先輩方、同胞たちが託してくれた悲願のために。・・・お前はどう思う?」


 竜騎士は同じ地球人の春賀に、問う。


「俺たちは奴らの都合でこの世界に召喚された。奴隷として扱われ、技術を搾り取られた。そんな俺たちが復讐することはおかしなことか? 間違っているのか? 別に大量虐殺をしようというわけじゃない。それを主張した過激派もいたが、最後には人としての良心でその選択を選ばなかった。できたけど、やらなかったんだ」


 竜騎士は兜の奥から、目の前の魔道人形を見つめている。

 その中にいる、同胞をまっすぐに見つめている。


「俺たちは必要以上の報復をしない。奴らがこちらの要求を飲み、世界転移魔法のための魔力を提供するなら、その際に発生する最小限の犠牲のみで、この煮えたぎる復讐心を慰めることを選んだ。・・・なあ、お前はどう思う?」


 竜騎士は今も抑え込んでいるであろう、彼自身がその身で味わってきた耐え難い苦痛と深い悲しみを滲ませながら、なおも問う。


「今の話を聞いても復讐なんてくだらないと思うか? 復讐は何も生まない。どんな理由があろうと復讐に正当性はない。そんな奴は、人間じゃないと思うか?」

「いや、立派に人間だと思うぜ」


 春賀は、あっさり肯定した。

 あまりにあっさりしすぎて、竜騎士の方が意外そうな反応を見せる。


「ちっとも不思議なんかじゃない。ちょいとチープな例えになるが、殴られたら殴り返すなんて、ありふれた感情のメカニズムだろ。この国があんたらにしたことを考えれば、道義的に責める理屈なんてねーよ。そして、この国の歴代の王は人としては畜生でも王としては上等だ。間違いなくな」


 なにせレイブルノウ王国をここまで発展させたのだ。

 それが人道的に許されないことだとしても、国の成長と民の安定した生活基盤の構築のためならやむを得ないどころか、やって当然。やらなくてはいけない。


「だからこの国がお前らにしたことも、お前らの復讐も正しい。オレはそう思う。だからあとはもう本当に気分の問題だ。気が済むまでやるしかない」


 独自の客観論を述べた春賀が、今度は語り掛ける番になった。


「当事者じゃない、呑気者だからこそ言わせてもらうが・・・冗談抜きで、こんな国に関わるのはやめとけ」

「・・・・・言うな」

「魔力が必要だってんなら、俺のを使えばいい。まだ覚醒しちゃいないから、それまで待ってくれればの話だけどな」


 正直、その辺りはどうにも眉唾なのだが。


「その復讐に燃えてる誰かさんを説得するなり、ふんじばるなりして無理矢理にでも返しちまえば諦めもつくだろ。その方が絶対にお前らのため―――」

「言うなあっ!」


 竜騎士は叫び、一飛びでエリスに斬りかかった。


「説得など幾度となくした! 貴様に言われずとも! しかし駄目だった! あの人に俺の声は届かなかった! そして、それが理解できてしまうんだ! あの人の苦しみが! 悲しみが、痛いほどわかるんだ!」


 これまでの冷静沈着な男とは思えない。

 激情に任せた剣戟がガードの上からお構いなしに叩きつけられる。異世界召喚の被害者が溜め込んできた様々な感情が一撃一撃を重くする。


「ぐあっ!」


 防戦一方のエリスをドラゴンが横から薙ぎ払った。今度は姿勢制御に回す意識も魔力もない。地面に叩きつけられ、立ち上がることもできない。


「あの人は殺されたんだ」


 漆黒の甲冑が、近づいてくる。


「この世界の奴らに、大切な一人娘を……俺にとっても大事な幼馴染だった」


 泣いているのだろうか。兜で顔は見えずとも、震えた声がそう語っていた。


「女のあいつは過酷な奴隷生活に耐えられなかった。半年と経たずに、あいつはっ!」


 振り下ろされた竜騎士の剣が、魔道人形の首に決着の一撃を見舞った。


「ちく……しょう………っ」


 魔力が切れた。セーラー服が火の粉のように散った。


 ★


「うわ~ん!」


 機体が限界ダメージに達したことで、春賀は乱暴に外へ吐き出された。


「ひ、ひえ~! お助け! 後生! お慈悲!」


 さっきまで威勢はどこへやら。瞬時にひらひら土下座の姿勢。


(もうだめだ。なんだか調子に乗っていろいろ言っちゃったからな~。きっとあのドラゴンさんに食べられちゃうんだ。とほほ~)

「!? まさか・・・そんな・・・」

「あれ?」


 どうしたことか。竜騎士は情けなく命乞いする春賀に、激しく動揺しているようだ。


「お前、春賀か!?」

「へ?」


 ポカンと頭上に?を浮かべる春賀。竜騎士は慌てて兜を脱ぐ。


「えと、どちらさま・・・?」


 生憎春賀には、このハンサムさんに心当たりはない。だが向こうはそうではないらしく、涙ぐみ、少し複雑そうな表情をした後、やっぱり嬉しさで顔を砕けさせた。


「俺だ春賀! お前の幼馴染で無二の親友の!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ」


 言われてみれば、どことなく面影があるような。

 三年前。引っ越すまで毎日のように一緒にいた、幼馴染の男の子に。


「奏多君!?」

「そうだ! 初椅奏多うい かなただ!」

「ええっ!? なんで奏多君が!? それに僕よりも明らかに年上で!? そういえば、この世界に召喚された時に時間がズレたとか言ってたような・・・」

「ふんっ!」


 竜騎士、もとい奏多がなぜか全身甲冑をパージした。

 なぜかパンツ一丁になった。バッキバキのシックスパックが眩しい。


「はるかああああああああああああああああああ――――――――っ!」


 厚い胸板に抱きしめられた。汗ばった胸筋に顔面を押し付けられる。


「奏多君、いたいよぅ~。ああ、でも確かに昔からこんな感じだったなぁ」


 そうだったらしい。

 ドラゴンと心を交わせ、竜騎士と恐れられるボルヘイムの刺客。

 その正体は春賀の幼馴染にして親友の奏多だった。

 そして、暑苦しいまでの友情に熱い男だった。


「竜騎士様!?」


 びっくりしたグルシナが寄ってきても、いっこうに解放する気配がない。


「あの、奏多君? そろそろはなしていたいいたいいたい~」

「うおおおおおはるかあああうおおおおおおおおおおっっ!」


 随分と温度差の激しい、強烈な友情だった。

 まさに奇跡の巡り合わせ。

 春賀と奏多。二人は世界を超え、時間を超えて、ネイバース世界で再会を果たした。


「くるるるぅ……っ」


 ドラゴンが少し怒ってるようだった。



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●次回更新は 1月9日 18時 予定ですんです

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