魔法使いは濡れていた (2)

 次の日の朝。部屋で寝ていた春賀は、ジェット魔法でドアを突き破ってきたフィアーナにベッドを粉砕され、おしりに蹴りをぶっこまれて叩き起こされた。

 さらに朝食時はサリアリットにツーンとそっぽを向かれ、例のお祈りの後に冷ややっこにかけていた味噌をこれ見よがしに隠されてしまった。

 シムケン王は爆笑していた。

 そして今現在、春賀は衛兵たちの訓練に半ば強制参加させれられていた。


「ハルカくんは体力くらいちゃんとつけるべきです」

「そうですわハルカ様。わたくしから話は通してありますので。ささ、こちらへ」


 なんか圧が凄かった。春賀は二人に両腕をがっしり掴まれ、捕らえられた宇宙人のように訓練場まで連行されたのだった。


「ひぃ~っ! もう走れないよぅ~!」

「ぴーぴーうるさいですねー。ほら、あと五週です」

「頑張ってくださいませハルカ様。夕日に向かってダッシュですわ」


 二人の鬼教官に執拗にしごかれていた。


「み、水・・・水が飲みたい・・・・」

「水なんて駄目です」

「根性ですわ」


 現代日本では考えられない精神論が爆発した。


「でも、他の衛兵の皆さんは普通に飲んでるけど?」

「あの人たちはいいんです」

「ハルカ様はだめですわ」


 無茶苦茶だった。結局春賀は二人の気が晴れるまで延々と走らされた。


 ★


「づがれだ~」


 バターンと棒のように倒れる春賀。幾分スッキリした表情の鬼教官二人に木陰まで引っ張られる。


「どうぞハルカくん。お水ですよ」

「みっ水ぅ!」

「お疲れ様ですわ」


 サリアリットが水を飲み干す春賀を扇子であおいでくれる。ひどい目にあわされたが、これはこれで悪くない気分だった。

 遠くに見える衛兵たちはまだ訓練を続けている。こんな時、性格の悪い誰かが絡んできてプチ決闘が始まるのがお約束だが、ありがたいことにそんなことはなかった。

 昨日、嫌みったらしく登場したあの男、ザカルガードも例外ではない。貴族でありながら一人混じる彼は、意外にも真剣に訓練に打ち込んでいるようだ。


「ザックちゃんは性格悪いけど、あれで人一倍努力家なんよ。性格悪いけど」


 とかシムケン王が言っていた。「あと巨乳マニアだよ」とも言っていた。これはいらない情報だった。


「すごいなぁ。ああやって頑張ってるのを見ると、友達のことを思い出すよ」

「まあ、どのような方だったのですか? ぜひお窺いしたいですわ」


 サリアリットが両手を合わせ、前のめりになった。ちょっぴり照れ臭かったが、まあいいか、と春賀はその時の思い出を追想しながら口を開いた。


「僕には小さい頃からずっと一緒だった、二人の幼馴染がいたんだ」

「わたくしとフィーみたいですわね」


 うん、と春賀は頷く。

 自分には二人の幼馴染がいた。一人は男の子で、勉強も運動も自分なんかよりずっとすごかった。自分も頑張ったが、一度もその子に追いつけたことはなかった。

 そして三年前。自分の引っ越しをきっかけに、二人とは離れ離れになってしまい、以降はたまに連絡は取りつつも、顔を合わせることはなかった。


「それは、残念ですわね・・・」


 自分に重ねてみたのだろう。サリアリットが横目で親友を見る。


「じゃあ、早くボルヘイムを倒しちゃいましょう」


 フィアーナは箒を手に、すくっと立ち上がった。


「全部片付いたら、そのお友達に会いに行って上げてください。向こうだって、ハルカくんに会いたがっているに決まってますから。大丈夫。私がちゃんとハルカくんを地球世界に送り届けます。お姉さんに任せなさい」


 魔法使いの少女は自信満々にそう言って、ニッコリと笑った。しんみりしかけた空気を戻そうという、そんな気遣いが窺えた。そんなところが、ちょっとだけお姉さんぽかった。


 ★


 雨が降っていたらしい。疲れ果て、部屋で眠ってた春賀が窓を打つ雨音で目覚めた時、陽はすでに落ちていた。


「おなかすいたなぁ」


 なにか用意してもらおうか。でも、知らない人に話しかけるのは気後れする。春賀の人見知り力が炸裂し、我慢の方向に心が傾いた時、


「ハルカくん、起きてますかー」


 フィアーナがノックもなしに入ってきた。着替え中とかだったらどうするのだろう。たぶんこの魔法使いはそんなこと毛ほども気に掛けないだろうが。


「ちょっと城下に出てみませんか? おいしいお店を知ってるんです」


 ありがたい。春賀は喜んでその申し出を受け入れた。


 ★


 シンシンと降り注ぐ雨の中、二人は傘をさし、屋台街へと辿り着いた。

立ち並ぶたくさんの屋台から客の笑い声が溢れ、その活気と賑わいは昨日王都を襲撃されたとは思えない。まるでこの国の逞しさを象徴するかのようだった。


「お、勇者様がオレっちの店に来てくれるとは光栄だねぇ」


 暖簾をくぐった二人を気の良さそうな店主のおじさんが出迎えた。


「ここのラーメンはとってもおいしいんですよ」

「ラーメンなんだ」


 これまた異世界っぽくないが、さすがに春賀も慣れた。


「いつもの二つお願いします」

「お、おお。あのよ、悪いんだけど・・・」

「食べたらすぐに、ですよね? わかってますよ」


 ニッコリ笑うフィアーナに、店主は複雑そうな表情で調理に取り掛かった。


「へぇ、揚げ麺なんだ」

「おうともよ。他の店は大体生を使ってるが、うちは敢えてこれよ。オレっちはこいつで屋台引いてもう三〇年さ」

「すごいなぁ。そういえば僕も、昔屋台で働いてみたいって思ったことがあったなぁ」


 春賀は薄い屋根に落ちる雨音に耳を傾けながら、思い出を辿る。

 小さい頃、近所に来たラーメンの屋台へよく行った。幼馴染の女の子の父親が、自分ともう一人の幼馴染の男の子と一緒に連れて行ってくれた。チャルメラの笛の音が聞こえてくると、子供ながらにわくわくしたものだ。

 仲良し三人で、いつも同じものを食べた。純粋に。無邪気に。

 いつしか屋台は来なくなったが、あの音色は今も春賀の耳の奥に残っている。


「チャルメラならあるよ」


 店主が指した先の柱に、あの笛がかけてあった。


「今はあまり吹かなくなったが、昔はあれを吹いて他の国を渡り歩いたもんよ」


 もしかしたらあれも、地球人が伝えたものかもしれない。

 あまり馴染みのない技術より、少しでも慣れ親しんだ文化的な物品は、この世界に召喚された春賀をノスタルジックな気持ちにさせた。


「へい、お待ち」


 二人の前に丼が置かれた。シンプルな醤油ラーメンだった。


「せっかくだ」


 おじさんがチャルメラを取って、例のメロディーを奏でる。


「それも同じなんだ。ねえフィーさん」


 ずるずるずるずるっ!


 ものすごい勢いで麺をすすってた。なんか、浸ってたのが恥ずかしくなってきた。


「・・・僕も食べよ」


 気を取り直し、木彫りのフォークを取った。


「あ」


 フィークを取り落としてしまった。


「ふぁびばっべぶんべんべぶば(フィアーナ)」


 何言ってるかわからない。

 春賀は椅子を降り、地面に落ちたフォークに手を伸ばす。

 こんなことは本当に何気ないことだが、春賀は後になって思った。

 きっとこれは、これから起こる不吉の予兆だったのだと。


 ★


 賑わう屋台街と比べて、メインストリートは静かなものだった。

 その衛兵たちは雨の中マントを羽織り、城門近くの駐屯所へ向かっていた。通常なら二人態勢の巡回もボルヘイムが現れてから三人に。今日から四人態勢となった。


「お?」


 四人の中で一番軽装。何かあれば首から下げた警笛を吹き、本部まで走る役割を持つその男、シクソンが発見した。


「子供か?」


 先に小さな人影があった。傘をさし、一人でポツンと佇んでいる。

一応警戒しつつ四人が近づくと、やはり子供だった。女の子。歳は一〇くらいか。


「どうしたんだ嬢ちゃん? こんな雨の中父ちゃんのお使いか?」


「一応今は厳戒態勢中だ。残念だがすぐに引き返しなさい。おいエニス、この子を家まで送ってやれ」


 リーダーのダンクがそう指示を出すと、エニスと呼ばれた若者が前に出た。


「まあまあ先輩。買い物くらいさせてあげましょうよ」


 確かにここから商店までは目と鼻の先。それならば用を済ませたとて、結局家まで送るのなら大差はない。手ぶらで帰すのもかわいそうか。


「わかった。そのかわりお前が責任もって家まで送るんだぞ」


「もちろんっすよ」


 エニスは快活に返事した。見た目通りの好青年ぶりだ。ただし、


「それじゃあお嬢ちゃん」


 はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ・・・・・


「おにいさんと一緒に(はあはあ)イイ~ところに行こうか?(はあはあ)」


 こいつロリコンなんだよな。しかも二十歳以上をババアだと認識しているくらいガチで危険なレベルの。ダンクは早くも自分の判断が間違っていたと後悔した。


「雨は良いな。耳障りな雑音を消し、汚れを洗い流し、荒んだ心を癒してくれる」


 ダンクたちはきょとん。少女が発した声も台詞も、その見た目からは想像できないほどに落ち着き、大人びていたからだ。


「なんだい嬢ちゃん、父ちゃんの受け売りかい?」

「職業は物書きかなんかか? 紙かインクでも買って来いとでも言われたのかい?」


 ははは、と軽い笑いが起こる。それは彼らの明らかな、緩みだった。


「呑気なものだな。だから昨日の襲撃にも対応が遅れるんだ」


 少女の可愛げのない発言に、ダンクたち(エニスを除く)の眉がわずかに上がった。親父も親父なら子供も子供か。この子の親はよほどの偏屈か変わり者らしい。


「・・・もういい。とにかくお使いは諦めるんだな。おい」

「了解了解。それじゃお嬢ちゃん、はぐれないようにお兄さんと手を繋ごうか」


 スっと実に自然に手を差し伸べる。かなり手馴れていた。


「触るな」


 下心丸見えのエスコートはあっさり拒絶された。これだけ気が強ければ大丈夫だろうと、ダンクは心中で嘆息した。ただ、恍惚としているエニスはどうしたものか。


「貴様らのような下衆に、これ以上汚されてなるものか」

「・・・・おいおい」


 さすがに口が悪すぎる。いくら子供でも、今のは琴線に触れない方がおかしい。ダンクは苛立ちをぐっと堪え、他の者(エニスを除く)を早急に宥めようとする。


「我らボルヘイムは、これ以上貴様たちに汚されてやるわけにはいかん」

「!?」


 少女の口からとんでもない単語が飛び出した。あまりに不意だったため、ダンクたちがそれを咀嚼するのに数秒を要した。今度ばかりはエニスも含めてである。

 そして、気付いた。降りしきる雨音に、何か重いものが地面を引き摺るような音が紛れていることに。それも一つや二つではない。限りなくたくさんだ。

 姿の見えない大量の気配が、ダンクたち四人を囲んでいた。


「そこにいる男、連絡係だな」


 少女がシクソンを指した。


「今すぐ本部へと走れ。警笛を鳴らすことを忘れるな」


 ダンクは理解できない。なぜそんな猶予を与える? なぜ奴らは襲ってこない?


「言ったはずだ」


 少女は彼らの心中に答えるように、口を開いた。


「貴様たちがあの方達につけた汚れは一生流れ落ちることはない。心の傷は二度と癒えることはない。だからこれ以上、如何なる汚れも被るのはお断りだ」


 小さな体が山吹色の光を放ち始める。

 それはまさしく、この世界の理から外れた未知のエネルギー。

 魔法の輝きだった。


「走れっ!」


 ダンクが命令を発した時、シクソンはすでに走り出していた。

 降りしきる雨の中、警笛の音が遠ざかっていく。


「さあ行け! そして伝えろ! 我らボルヘイムが正々堂々、この汚れた国に天誅を下してやるぞ!」




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