風がさらっていったとさ (4)

 世界にれるは緑の旋風。

 想いに抱かれし者たちよ。少女の心の謳を聴け。


「魔法少女マギアギア・エリス。ここに完成さ☆」


 乙女は大空に浮かびながら、キザっぽく名乗りを上げた。


「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」


 ワイバーンたちは鳴き声一つ上げない。きっと変身したエリスの神々しさに感動しているのだろう。しかし悲しいかな。すぐにギャーギャー喚き出す。


「やれやれ、デートは静かなところが好みなんだけど・・・サリーさん、ジェットコースタは好きかな?」

「え? じぇっとこ、きゃあっ―――」


 エリスはサリアリットを抱きしめると、四肢の翼をたたみ、急降下した。

 風を切り、空気を裂き、風車塔ところで再び翼を展開。サリアリットを展望台へエスコートした。


「ごめんね。びっくりさせたかっただけなんだけど、怖かったかな?」

「・・・いえ、ほんの一瞬でしたし。それにその、ハルカ様に抱いて頂いたので、ぜんぜん怖くありませんでした。むしろ・・・」

「ん?」

「いえっ、なんでもありませんわっ。助けていただいてありがとうございますっ」

「礼には及ばない・・・と、言いたいところだけど、そうだなぁ」


 乙女はサリアリットの手を優しく取り、さりげなく拾っていた彼女の扇子を手の平に乗せた。そっと握らせる。自然とサリアリットの手を両手で包む形となった。

 そして、愛の告白のような囁きは彼女の弱みに甘く付け込んだ。


「この空を綺麗にしたら、ボクと一曲踊ってくれるかな?」


 ずきゅーん。


「ぜひ!」


 サリアリットは即答した。目がハートだった。

 エリスはその隙に彼女の腰の帯にぶら下がってる巾着袋から。それを着けるに相応しき少女の頭の上に、そっと乗せた。


「それじゃあ行ってくるよ、お姫様」


 春賀は軽く手を振り、大空へとはばたいていった。


「ハルカ様・・・」


 サリアリットは夢見心地だった。


 ★


 白き翼が大空の舞台へと舞い戻った。

 なんか待たされたワイバーンの群れが非難めいた鳴き声を上げる。


「この空にキミたちは相応しくない。悪いけど、お帰り頂けるかな?」

「「「「「ギャオース!」」」」」


 春賀の提案は幾重にも重なった鳴き声によって却下された。

 その意味は言わずもがな。この空はオレ達の縄張り。いけ好かないキザ野郎は八つ裂きにして庭の畑の肥料として捲いてやる、だ。


「しかたない。マジカルいこうか」


 エリスは腰のステッキを手に取り、碧緑の魔力を流し込む。


《―――OK。ウィッチクラフト、マテリアライズ―――》


 ステッキは光と共に姿を変える。

 顕現する。二本一対の扇子を両手に携える。


「さあ、踊ろうか」

「ギャオース!」


 三匹のワイバーンが飛び出した。牙を剥き、突っ込んでくる。

 エリスも四肢の翼を広げ、その場から上昇した。逃がさねえ、と三匹も後を追う。さすがは空に生きるモンスター。ぐんぐんとエリスとの距離を詰めていく。獲物をなぶるようにやかましく追い立てる様は、まるで一昔前の暴走族のようだ。


「なかなかだね。じゃあ、こんなのはどうかな」


 エリスは翼を傾け、急旋回で軌道を変えた。オラってたワイバーンもすかさず対応する。オラオラ、こんなもんかよ! その綺麗な羽はお飾りか、ああん?

 さらに調子づく三匹。これではエリスの翼が毟り取られるのも彼らの気分次第。

 と、思われたが。ここらでその差が歴然と現れ始めた。

 四翼の天使は飛ぶ。縦横無尽に。自由自在に。対するワイバーンはそれにまったくついていけない。まるで見えない枷が、彼らを縛っているかのように。

 だが、それは仕方ないこと。

 その糸はこの世界に息づく者に、等しく絡みつくものだからだ。

 特別も、例外も存在しない。そのはずだ。一応は。


「ギャースッ!」


 一匹が意地を見せた。生真面目な二匹とは別でエリスの動きを直感で見定め、運よくヤマを的中させた。ついに目と鼻の先まで距離を縮める。

 これでてめえはおしまいだ。まずはそのお上品な四枚の羽を一本一本丁寧に毟り取り、剥製を作って巣のリビングに飾ってやるぜ!

 ワイバーンはよだれを撒き散らし、エリスの左足の翼に鉤爪を突き立てた。


「!?」


 しかし、それは空を切った。比喩じゃない。まさしくだ。

 エリスは両手の扇子を舞わせ、迫っていた凶刃をそっと受け流したのだ。


「「ギャギャースッ!」」


 二匹が追撃。エリスは舞い、それらも軽やかにいなす。優雅に、しなやかに。纏ったヴェールが時折ずれ、隠したソレが見えそうで見えない。それでも期待させる。


「キミたちの相手はもう結構。ステージから降りてもらおうかな」

「?」「?」「?」


 三匹は何をされたのかも理解できないまま墜落していった。


「足でも挫いたのかな? ま、頑張って」


 エリスが扇子で口元を隠しながら、哀れな翼竜たちを見下ろしていると、その隙を突くように、今度はさらに多数のワイバーンが一斉に仕掛けてきた。

 先の三匹はあくまで囮。こちらが本命だった。

 これが彼らの恐ろしさ。個よりも群れでの狩りこそ本分。しかもボスの一匹が今の空中劇を観察し、全方位からの同時攻撃を決行。エリスの機動力を封じた。


「やれやれ、人気者はつらいね」


 エリスはその場でくるっと一回転。周囲に金属質の羽根が宙を舞った。


「悪いけど、キミたちの相手は彼らにお願いするよ」


 乙女は扇子を振った。発生した風が羽根を捉え、殺到したワイバーンたちを散弾のように襲った。しかし、命中すれど特にダメージはなし。

 それはそうだ。元々サリアリットの魔法に攻撃力はないのだから。だが―――


「ギャギャッ!?」


 被弾したワイバーンに異変が起こった。

 その現象を目の当たりにしたボスには、何が起こってるのかわからない。

 客観的事実。羽根弾を受けたワイバーンが、その地点でグルグルと回転を始めたのだ。まるで洗濯機に放り込まれたかのように。

 極々局所的暴風炸裂弾、とでも言うのか。羽根弾は着弾と同時に球状に半径五メートルの暴力的乱気流を発生させ、ワイバーンを飲み込んだのだ。

 推力を持たない小型翼竜は気流に捕縛され、あとはされるがまま。まるで粗暴なパートナーに振り回される哀れな踊り手のように、精根果てるまで踊らされる。

 攻撃力はない。だが無力化は十分可能。恐ろしいほどに。

 昏倒したワイバーンが次々に墜落していき、随分数えやすい数まで減少した。


「十二時まであとわずか。お帰りならあちらだよ?」

「ギャオース!」


 退席を促された困った客人は、なおも居座る意思を甲高く示した。そのめげない精神は見習いたいところだが生憎残念。パーティはこの一曲で幕となる。


「最後の曲といこうか」

《―――OK。ウィキッドブラッド。オーバーロード―――》


 巻き起こる緑の風。

 それは凪のように穏やかで、嵐のようなエメラルドの輝き。

 エリスは右手の翼を外し、左手に接続。二枚の翼を弓状に組み立てる。

 準備は整った。エリスは両手に扇子を持ったまま、弓を引く構えを取った。体を通じ、左手に魔力が収束していく。

 さあ、始まるぞ。この世界を包み込む、慈愛で満ちた風の舞踏会。

 そのフィナーレを飾る、魔法の輪舞が。


「ギャオッ!?」


 ようやくワイバーンたちが間違いに気付いた。

 最初からおとなしく従っておけばと、ようやく気付いた。

 翼竜たちは翼を羽ばたかせて急反転。一目散に退散を開始した。

 だが、最後の曲はすでに始まっている。今さら退席など許されない。

 そして、知れ。魔法がこの世に舞い降りた時点で、この空に自分たちの領域などどこにもなかったのだと。


「マジカル☆アーチェライ! 一閃必中!」


 右手の扇子から発生した風を左手の翼弓が受け、息吹を吹き込んだ。

 刹那、放たれた無数の羽根が光の矢となり、螺旋を描き、すでにかなり遠ざかっていたワイバーンの群れへレーザービームの如く直進する。

 そして、追う。わき目もふらず逃げる。躱そうと軌道を変える。宙返りしてやり過ごそうとする。そんな小細工を労する翼竜を、どこまでも追う!

 ドレスコード・ペガサス。

 それはサリアリットの魔力によって編まれた聖なる姿。

絢爛操ホーミング・扇風フェザー〟は扇子で扇いだ羽根を狙った場所へと誘う大道芸染みた魔法。射程は一点集中でも一〇メートルが限界。しかし、この技はロックオンした対象をどこまでも追跡する脅威のオールレンジ攻撃。

 もちろん精度は必中。おまけに付けるにしては、なんと凶悪なことか。


「ギャオ――――――――――――――――――――――――――スッ!!」


 遠くの空で緑の閃光が炸裂した。

 音が弾け、突風が特等席でこの戦いを見守っていたサリアリットを。

 そして、彼女が愛するこの国を通り過ぎていった。


「いい風・・・」


 頬に触れる優しい感触。髪がなびき、ティアラを風がさらっていった。

 この国のどこかに落ちていく、姫としての証。その捜索はなかなか骨が折れることだろう。

 お願いすればあの方は、自分をまたお姫様にしてくれるだろうか。

 サリアリットは回転する風車の向こうで、きゅぴ☆っとポーズをキメる彼に、ちょっとだけそんな我が儘を言ってみたくなった。

 本当に、ちょっとだけ。



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●次回、第三章は『1月2日 AM6時』更新予定です。

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