風がさらっていったとさ (2)
城下のメインストリートで、勇者様歓迎パレードが盛大に催された。
「キャー勇者様ーっ!」「我らがレイノウブル王国の英雄だ!」「ばんざーい! 勇者様ばんざーい!」「きゃーこっちむいてー!」
人々から熱気と黄色い歓声が飛び交う。春賀はふんどし一丁のお兄さんが担ぐ輿に揺られながら心を無にし、国民の皆さんに愛想を振り舞く置物と化していた。
祭りとは聞いていたが、まさかここまで大掛かりだとは。まるでオリンピック選手の凱旋かサンバカーニバル。先導するダンサーの列が、笛や太鼓や三味線が奏でる軽快なリズムにステップを踏み、腰を振って大通りを進んでいる。
ちなみにフィアーナはここにはいない。彼女は村からこの王都へ輸送中の荷の様子を確認しに行くとかで、忙しそうに馬車に揺られていった。
「あんなに可愛いらしいのにミノタウロスを一撃でぶちのめしたらしいわ」「やっぱり伝説は本当だったんだ!」「見た目とのギャップが凄くて萌え死にそう!」「あぅ・・・」
気絶者まで現れる始末だった。そして、
「姫様好きだ!」「俺を貴方様の犬にしてください!」「スコスコ大スコやっぱスコ!」「やっと見つけたお姫様!」「世界で一番愛してる!」「ア・イ・シ・テ・ル!」
サリアリットの人気も凄い。老若男女はもちろん、法被姿のサリアリット様ファンクラブと、例の教団らしき沸きオタクがガチ恋口上で熱烈コールとオタ芸を乱舞。地蔵や後方彼氏面も、輿の上の白薔薇の姫君に熱いまなざしを送っている。
「この国はいかがですか、ハルカ様」
隣に座るサリアリットが白薔薇の笑みで聞いてくる。春賀は(なんかやだ・・・)と軽く引いていたが、そんなこと口にできる訳もなく苦笑いで誤魔化した。
そこへ風が流れた。
「いい風・・・」
心地よさそうに頬に風を受け、白金の髪をなびかせるサリアリット。彼女の瞳に映るレイブルノウ王国。そのシンボル、ネイゴルニーヤ城とこの国の生活を支えるたくさんの風車たち。細められた視線に込められた、慈しみと深い愛情。
そしてそれは、自然と民衆へと注がれる。
まるで我が子を見守る母親のようだった。
「サリーさんは、この国が大好きなんだね」
「・・・はい。国も、民も。とても愛おしく思いますわ」
それはきっと、ここに集まった人たちも同じ気持ちなのだろう。
(
春賀のため息は人知れず、歓声とサンバのリズムに掻き消えた。
「今この国は、かつてない危機に瀕しておる」
前の席からシムケン王がそう切り出すと、途端にサリアリットの表情が曇った。
「我が国は魔法使いの組織、ボルヘイムに宣戦を布告されたのだ」
昨夜も聞いた、その名。春賀はそのことを記憶の中から掘り起こす。
「奴らが単なるテロ組織なら問題なかった。魔法を使おうと、それで滅ぶほど国は脆いものではないからだ。
つまりそれがモンスターを洗脳し、操る魔法。
昨晩、ミノタウロスがかけられていた悪魔の術だ。
「ワシら人間とモンスターは相互不可侵。互いに干渉しないのが鉄の掟。しかし、ボルヘイムが行使する洗脳魔法はそれに亀裂を入れる禁忌だ」
しかも、モンスターが相手では人間側は無闇に手が出せない。なぜなら彼らはボルヘイムに操られている被害者だからだ。そんな彼らを率先して討伐すれば、条約違反とみなされ、最悪モンスターとの全面戦争に発展してしまう。当然、このまま同族が人間の道具として利用され続ければ、それにだって黙っていない。
「今はまだギリギリ許してくれているのか、問題解決までの猶予をくれているのかはわからんが、限界はそう遠くないだろう・・・」
今この瞬間にもモンスターの大群が、この国を蹂躙してもおかしくないのだ。
「恥ずかしながら、ワシらは魔法に対する理解が全く足りておらん。技術が生み出す豊かさにばかり目を向けて、わけわからん能力をわけわからんままにしてしまった。だからボルヘイムへの有効な対抗策が見つからんのだ。だから・・・」
「わかってますよ。そのための僕なんですよね?」
春賀は、にへら、と笑う。
「あと、たぶんこの後に相手の目的とか、他にいろいろ説明してくれるつもりだったのかもですけど、そういうのもいいです」
春賀のあまりにあっさりした物言い。サリアリットは呆気に取られているが、シムケン王は納得したように正面へ向き直った。
「・・・そうであったな。ここに召喚された時点でお主に選択権などなかったな」
わりと蔑ろになっているが、春賀はその身柄を人質に取られているも同然なのだ。そんな最大の弱みがある以上、春賀には役割を受け入れる以外の道はない。
「すまぬ・・・」
「やめてくださいよぅ。王様がこの国のことを一番に考えるのは当然ですから。ほら、国民の人たちも王様のそんな顔見たくないですよ?」
「ハルカ殿・・・(うるっ)。恥ずかしいとこを見せた。ブシは食わねど高楊枝。民が不安にならぬよう、王として気丈に振舞わねば―――」
「おいバカ王!」
直球の罵声が飛んできた。
「いい加減ツケ払えこの野郎!」「ちゃんと自分の金で払えよ! 国税使ったら承知しねーぞ!」「娘が風呂覗かれたって言ってたぞ謝罪しろゴルァ!」「シンプルに〇ね!」
「うるせー! てめえらキングに向かってなんたる無礼だコンナローッ!」
シムケン王は輿からジャンプして民衆の中にダイブ。乱闘騒ぎが勃発した。
「マジすんませんした・・・」
速オチ二コマだった。フクロにされたバ〇殿は全裸にされ、御用。
まさしく王族化粧のとおりだった。
シムケン王はツケの支払いのため、強制労働へと連行された。全裸の背中が何とも哀愁漂っている。さすがの春賀もこの国の行く末が心配になってくる。
「おいおい、あんなので本当に大丈夫なのか?」
尤もな意見である。しかし、その矛先は裸の王様ではなかった。
「あんな奴が勇者とは、まるで信じられないな」
春賀だった。
「ええーい静まれーぃ!」「静まれ静まれー!」
二人の男が声を張り上げ、群衆を搔き分けた。その先で仁王立ちする一人の男。
「ここにおわす御方をどなたと心得る!」「こちらにおわすはシャブシャブトン侯爵家が長男、ザカルガード・シャブシャブトン様にあらせられるぞ!」
控えろーぅ、とお付きの二人が偉そうに命令する。
しかし、国王にすらアレだった民衆が、そんなお代官対応をするわけが
「「「「「ははー」」」」」
した。ちゃんと、あのおっさんだけが異常だとわかっていた。
「はは~」
春賀もやっていた。輿から降り、地べたに土下座する。随分と板についていた。
ザカルガードというその男。印象的なのは高身長から他者を見下ろす、まるで虫でも見るような目だった。歳はおそらく二〇歳そこそこ。侯爵家という高い身分と整った顔立ちは、さぞ異性の目と関心を引くことだろう。
「ザカルガード様・・・」
「これはこれはサリー様。本日もまたいっそうお美しい」
ザカルガードは芝居がかった動きでサリアリットに会釈する。ちら見した視線が、彼女のドレスの上からでもわかる体の曲線をなぞった。
「ところで、私のことは気軽にザックとお呼びいただけませんか? 親しき者には皆そう呼ばせておりますので」
「・・・恐れ多いですわ」
サリアリットも苦手なのだろう。白薔薇の笑みがぎこちない。
「しかし勇者がどんなのかと来てみれば。まさか、これとは」
ザカルガードはいまだひれ伏している春賀を一瞥すると、大きく鼻で笑った。
「そもそも私は反対なのです。この国の危機に余所者を使うことが。あまつさえ勇者などと、馬鹿げている」
「・・・その理由は、ご存じのはずです」
「あのような迷信を信じろとおっしゃるのか!?」
ザカルガードは呆れたように声を荒げた。
高い位置から大声をぶつけられ、サリアリットの体がビクッと震える。耐えるように顔を伏せ、視線が何かに縋るように地面を彷徨った。
「案ぜずとも我が国の兵士は勇敢です。ボルヘイムなどという亀裂者の集まりなど、瞬く間に殲滅してくれるでしょう。そして進軍の暁には、このザカルガードが一番槍として先陣を切る姿を貴方様にご覧に入れましょう」
「・・・それは、どういうことでしょう?」
「ははっ、察しの悪い御方だ! この私がそこの馬の骨の代わりに、勇者になってやろうと言っているのですよ! 我が剣の前では、あの竜騎士すらも恐れるに足らん!」
おっと、とザカルガードは感情を静め、すぐさま紳士の笑みを張り付けた。
「ですので
そう締めくくり、これ以上の会話を挟む余地を無くした。
お祭り騒ぎが一転してお通夜ムード。こんなにたくさん人がいるのに、物音一つ立てるのも憚られるような重苦しい空気が充満する。
もしここが密室の部屋ならば、すぐにでも窓を開けて換気するのだが生憎ここは屋外。頼りの風も、風車は回せてもこの淀んだ空気までは流せそうにない。
だがそれは。
まるで見えない窓をぶち破り、空気すらぶっ壊すかのように落ちてきた。
ばっきゃ―――――――――――――――――――ん!
「な、なんだ!?」
民衆の代わりにザカルガードがその心中を代弁する。ただそんな中、この〝はた迷惑な登場パターン〟に心当たりのある人物が二人いた。
「な、なんだあ!? 問われたならば、答えてやるのが世の情け。我が御霊は熱くたぎる魔法の力。私が! あ私こそがっ! 天才巨乳美少女魔法使い・・・(溜め)フィアーナさんです!」
やっぱり、と春賀とサリアリットは脂汗をタラリ。
「「「「「巨乳?」」」」」
周りの視線がフィアーナの胸元へ一点集中し―――――すとんと落ちた。
「なにか?」
「「「「いえ、別に・・・」」」」」
はもった。ここまでがテンプレだった。
「あ、これ美味しそう。おじさん、お一つくださいな」
「五アインだが・・・いいよ、持ってきな」
「あらあら、これだから美少女は罪ですね」
マイペースなフィアーナは「私の笑顔を一生の宝物にするといいですよ」とばかりに、屋台のおじさんにスマイル。焼き鳥を一本取って小銭をカウンターに置いた。
「遅くなってごめんなさいサリー。焼き鳥ウマー」
「・・・・・・・・・・」
「どうかしました? あら大変、頭のティアラがありませんよ」
「・・・ううん、なにも。そんなことより、荷の方は大丈夫だった?」
「? ええ、無事にここまで到着しました。これでも予定より早かったんですよ。あのモンスターさんのおかげですね」
「モンスター?」
すると、なにやら城門の方が騒がしい。けっこう離れているというのに、人々の動揺がこの場所まで伝わってくる。
そんな中、春賀だけが遠巻きに見える巨大な人型に向かって呑気に手を振った。
「ミーくーん」
「ぶもー」
ミノタウロスだった。右の角が折れた牛頭のモンスターは、大きな荷車を引きながら嬉しそうに手を振り返す。
「衛兵! 衛兵は何をやっている! 早くあの怪物を何とかしろ!」
「しかし・・・」
ザカルガードが叫ぶも、衛兵たちは二の足を踏んでいる。
なぜならミノタウロスの首には隷属。つまり誰かの所有物を示す首輪が巻かれていたからだ。察するに、その所有者とは春賀のことだろう。
昨夜、敗れたミノタウロスは勝者である春賀に忠誠を誓ったのだ。春賀としては忠誠とかはどうでもよかったが、意思を尊重して友人として彼を受け入れた。
簡単に言うと『ミノタウロスがなかまになった』だ。首輪についてはそうしないといろいろ問題が発生するので形式的に付けさせたものだ。
「ミーくんお疲れさま」
「ぶひ(親指をビシっと立てる)」
両者の関係は非常に良好のようだ。昨日、あれだけビビり散らかしていた春賀も、今ではすっかり気の抜けた表情で一仕事終えた友人を労っている。
「あんなでけぇモンスターが・・・」「言い伝えは本当だったんだ」「見て! 勇者様とミノタウロスがあんなにも仲睦まじく!」「ハル×ミノ。アリね!」「はかどるわぁ」
なんか周囲が盛り上がってる。カプ厨の妄想はさておいて、ミノタウロスは荷車を探り、荷の無事を知らせるようにそれを持ち上げて見せる。荷とはもちろん魔道人形の事なのだが、彼がそうするとまるで等身大フィギュアのようだ。
「うんうん。ありがとねミーくん・・・あれ?」
春賀はそこで、周囲の変化に気が付いた。
平常へ戻りつつあった空気が、再び凍り付いていた。
ザカルガードの時とも、ミノタウロスの時とも違う。
まるで悪魔降臨でも目の当たりにしたかのように、皆鋼鉄の人型を凝視している。
「おお、素晴らしい!」
そこに現れたのはシムケン王だった。ツケの支払いは済んだのだろうか。
「さすがハルカ殿だ。早々にモンスターと心を通わせるとは。あっぱれ~」
「いやぁ、そんなぁ。てれてれ」
「ハルカくんはこの国を救う救世主ですからね! だって、誰も動かすことができなかった魔道人形を見事操って見せたんですから!」
フィアーナも、うちの子すごいでしょ、的な感じで乗っかった。
「なんと! これこそハルカ殿が勇者である証拠! 皆の者、祭りの続きだ! 地球世界よりの勇者、ハルカ殿を盛大にもてなすのだ! ぃやっほおぉうっ!」
シムケン王はハイテンションで踊りだした。
止まっていた時間が動き出す。
「・・・お、おお!」「そうだそうだ!」「ハルカ様こそ俺たちの勇者様だ!」
巻き起こる勇者様バンザイウェーブ。楽器演奏が再開し、民衆もダンサーも一緒になって、勇者様わっしょい音頭(変なお〇さんっぽい振りつけ)を踊り出す。
さすがは王。普段はセクハラ親父だが、その声には人々に活気を与える不思議な力があった。これで服さえ着ていれば完璧だった。
ただ一人。ザカルガードだけが舌打ちし、沸き上がる音と熱に背を向けた。
★
シムケン王たちが変なお〇じさんを踊っている頃。
メインストリートから離れた風車塔のてっぺんに、二人の男がいた。ボエンとサーチス。衛兵である二人は、下界の活気が届かぬこの場所で城壁外への監視任務中だ。
「運がえねえな、こんな時に見張り番だなんてな。そうは思わねえか」
「そう腐るなよ。下でバカ騒ぎができるのも、俺たちがこうして真面目に働いてるおかげってもんだ。ほら」
ボエンは不貞腐れる相棒に、酒の入った小瓶を放り投げた。どうせこうなるだろうと思って、密かに忍ばせていたのだ。
「飲みすぎんなよ」
「へへ、わかってますって」
上機嫌に栓を開けるサーチスに嘆息したボエンは双眼鏡に目を当てる。
「異常なーし」
「そりゃそうだ」
茶化すサーチスをつま先で小突く。見ればすでに彼は酒を半分まで空けていた。
「悪かったよ。代わってやるからそんな顔すんなって」
はやくも顔を赤くしたサーチスが双眼鏡をひったくり、酒瓶と交換した。
「いじょうなーしでありまーす!」
やはり気を利かせたのは失敗だったとボエンは反省した。
「・・・・・・ん?」
ボエンが舌を湿らせる程度に瓶を傾けた時だった。
「なんだ?」
サーチスが前のめりになり、双眼鏡を覗き込んでいた。
「おいおい、あんまり乗り出すと落っこっちまうぞ」
「・・・・・・・・・・」
注意するも、返事はなかった。
「?」
不審に思ったボエンが立ち上がる。相棒はまだ双眼鏡を構えたままだ。
どうしたことか。あれだけ赤かった顔が青くなり、手が微かに震えていた。
「おい大丈夫か? 弱いくせに調子に乗るからだ」
「バカ野郎!」
突然声を荒げたサーチスに、ボエンはポカンとしてしまう。だが何か、ぞくりとした悪寒が背中に走った。
「敵襲だっ! モンスターの大群だ!」
ボエンはもう、見張り番に酒を持ち込まないことを固く誓った。
★
それらは空を移動していた。
大きな翼で風を切り、逃げ遅れた鳥が道すがらに彼らの腹に納められる。たかが動物にその進行を妨げることはできない。彼らはまさに大空を蹂躙する暴君だった。
さあ、脆弱な猿どもよ。我らが一匹残らず駆逐してやるぞ。
甲高い鳴き声が、まるでそう言っているようだった。
空を制するモンスターの大群は一直線にレイブルノウ王国、王都を目指す。
高い城壁に囲まれた城塞都市。
もちろん、そんなものは彼らにとっては何の意味もなさない。
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