第2章 風がさらっていったとさ
風がさらっていったとさ (1)
レイブルノウ王国。それはネイバース世界における大陸四大大国の一つ。
地球世界と一番近い国。そして、風車と技術の国である。
その王都は高い城壁に囲まれた城塞都市で、至る所に建てられた風車塔は、そこで暮らす人々の生活を支えていると同時に、技術者たちの誇りでもあった。
そして、そんな誇りたちに守られ、王都の中央にそびえるのはこの国のシンボル、ネイゴルニーヤ城。その玉座の間。数段高い位置に鎮座する豪勢な椅子でくつろぐ男こそこの国の王、シムケン・ド・リューフ・レイブルノウだ。
シムケン王を見て一番に目を引くのは、奇抜なメイクが施されたその顔。顔全体に塗ったくられた白塗りを下地に、眉は冗談みたいに太く、唇は真っ赤に塗り、極めつけは天井に届かんばかりのなが~~~いちょんまげだ。
なんとも〝バカ〟みたいだが、決してふざけているわけではない。これは王族化粧と呼ばれる、代々の王族が施す有所正しい、真面目な化粧なのだ。
なので、シムケン王の顔を見て笑う者など一人もいない。
本当に。ただの一人も。
「ほっほっほ。まさか地球世界から勇者が召喚されるとはめでたいことじゃのう。皆の者、勇者殿に失礼があってはならぬぞよ。オ・モ・テ・ナ・シという地球世界の言葉に習い、しゃかりきに準備を整えよ~(鼻声っぽい)」
「「「「「ははー」」」」」
臣下一同がそれぞれのポジションへ散っていく。当然、誰も笑わない。
「皆さん張り切っていますね。わたくしも頑張らなくては」
そう言ったのはレイブルノウ王国の姫君、サリアリットだ。
父親と違い、彼女はホッとするほど正統派なお姫様。その身分の証たるティアラを載せた白金(プラチナブロンド)のウェーブヘア。垂れた碧い瞳の優し気な顔立ちは綺麗に整い、指先からつま先まですべてが穏やかな気品と優雅さに溢れている。まさに白薔薇のお姫様と呼ぶに相応しい。
そんな麗しの姫君が静かにどこぞへと歩き出す。
「こりゃこりゃサリーよ。何をしようとしておるのじゃ?」
「もちろん、勇者様をお迎えする準備ですわ。救国をお願いする立場であるわたくしも、何かお役に立ちたいのです」
「それは見上げたものじゃが・・・しかし、お前も王族らしくだな」
「そうおっしゃるなら、お父様こそ公務を抜け出して城下をうろついていると報告が」
「え、何で知ってんの? 変装は完璧だったのに」
「王族化粧でバレバレです。わたくしのところまでクレームが来てますし。何でも道ゆくご婦人を手当たり次第に口説いているとか。いっぺん死にます?」
白薔薇のお姫様も身内には容赦なかった。
「ワオ、思春期の娘は時折辛辣だのう。で、かーちゃんは知ってんの?」
「当然です。今に三下り半を突き付けられますからね」
「マジかー。でも本当に愛してるのはかーちゃんだけだから」
なんとも軽いおっさんだった。周囲の苦労が目に浮かぶ。
「とにかく、わたくしも自ら礼を尽くさなくては気が済みません」
「何をおっしゃるのですか姫様!」
メイド服に身を包んだ女性が割り込んできた。普段からキツイ感じなのだろう。彼女の登場で周囲の背筋がより一層伸びた。
サリアリットもその一人。完全に委縮してしまっている。
「姫様がそのようなことをなさってはなりません」
「メリマリ、でも・・・」
「口答えなどいりません。準備は我々に任せて頂ければそれでよいのです」
有無を言わさないメリマリの迫力。見かねたシムケン王が間に入った。
「そうカッカしなさんな。地球世界には苦労は買ってでもしろって言葉もあるし」
「私は姫様の教育係としての責務を果たしているだけです。姫様には姫様としてのやるべきことがあります。苦労はそちらでしていただければ結構」
「きっついのう。まーたしわ増えるべ? ただでさえもうババアなんだから」
「なんですって!」
「昔はもうちょい物腰も尻もやわらかかったのに。さわりさわり」
「ひぃっ! あ、貴方は本当に昔からっ!」
「おーこわ。独身お局こっわー」
シムケン王はボコられた。
見慣れた光景なのだろう。誰も止めなかった。
「ごふっ(吐血)・・・それにしても、勇者殿とはどのような者なのだろうな」
「異世界の見ず知らずの国のために戦ってくれるというお方なのです。それはもう正義感に溢れ、勇敢で立派な殿方なのでしょう。・・・ぽっ」
サリアリットは赤い頬に手を当てる。
彼女の脳内の勇者像は身長一八〇センチで、細身で筋肉質な薔薇の似合うホスト風イケメンだった。若干シムケン王との血筋を感じる。
白薔薇のお姫様がそんな妄想に耽り、もじもじ手慰みに窓ガラスを拭く。
がっしゃ―――――――――――――――――――――――んっ!
窓ガラスがけたたましい音と共に吹っ飛んだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ!?」
サリアリットはお姫様がしてはいけない顔で絶叫した。
「侵入者か!」「堂々としすぎだろ! どこのアホだ!」「であえーであえーッ!」
時代劇テイストの号令が飛び、衛兵が非常識な侵入者を取り囲んだ。
「どもども皆さん、出迎えご苦労様です」
フィアーナだった。場違い感ハンパなかった。
「フィー!」
「はあいサリー、おとついぶりですね」
こちらに駆けてくる白薔薇の姫君に、迷惑系魔法使いはひらひら手を振った。
むぎゅー。
抱きしめられた。
「どうしてわたくしに一言もなく・・・心配したんだから」
「もー、大袈裟ですね」
フィアーナはサリアリットを安心させるように、彼女の背中をぽんぽんする。
「貴方! 姫様に向かってなんと馴れ馴れしいっ! 姫様はこのレイブルノウ王国の至宝なのですよっ! 無礼な行いは即刻おやめなさいっ!」
「メリマリ、やめて・・・」
「いいえやめません。この際はっきり申し上げます。貴方のような―――」
「そんなにつんけんしないでくださいよ。しわが増えますよ?」
「なんですって!」
「いくら私が若くて美少女で巨乳だからって」
「「「「「「巨乳?」」」」」」
周囲の人間がフィアーナの胸元へ視線をやった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「壁じゃん(シムケン王)」
グーでぶっ飛ばした。
「ごめんなさい、フィー」
「いいんですよ。慣れてますから」
「ありがとう。でも、こんな来訪の仕方はやめてちょうだい。皆を困らせてしまうわ」
ぶっちゃけテロである。しかし迷惑系魔法使いはケロッとしていた。
「久しぶりの二人乗りだったので、私としたことがちょっと手元が狂っちゃいました」
「二人乗り!?」
「そうですけど・・・って、サリー? 私をどこへ連れていくつもりですか?」
「決まってるでしょう。あなた二人乗りが絶望的に下手じゃない。どうせここまで辿り着く間に五回くらい事故ってきたんでしょう? すぐに謝りに行きますわよ」
「失礼な。三回です」
なぜかドヤ顔だった。サリアリットはめまいがした。
「本当にあなたって人は・・・」
「まあまあ。一刻も早くお連れしたくて、ここまでかっ飛んできたんですよ」
「え? それってまさか・・・」
フィアーナはニッコリ頷く。
このタイミングで彼女が連れてくる人物など一人しかいない。
すなわち、この世界に召喚された地球人―――勇者である。
「どうしましょう。何か粗相があったら・・・」
サリアリットは慌てて、ささっと軽く身だしなみを整える。
そして深呼吸を一つ。背筋を伸ばし、ドレスのスカートを軽く上げて、フィアーナの背後にいる勇者に礼儀正しく会釈する。
「地球世界より、ようこそいらっしゃいました勇者様。わたくし、レイブルノウ王国の姫、サリアリットと申します。以後お見知りおきを」
「・・・・・・・・・・・・・・」
返事がない。
「?(顔を上げる)」
ピクピク・・・・。
春賀は泡を吹いていた。
「死んでる!?」
ギリ生きてた。
★
さっそく挨拶を兼ねた会食の席が設けられた。
しかし小心者の春賀は豪華な雰囲気に飲まれまくり、ガチガチに緊張している。
「そう硬くならずともよいぞ。実はワシもそういうの苦手だし」
上座に座るシムケン王が扇子を仰ぎながら、ほっほっほと笑う。
「さて、今一度自己紹介をするとしよう。ワシの名はシムケン・ド・リューフ・レイブルノウ。このレイブルノウ王国の王である。地球世界の勇者殿に最大級の感謝を」
深々と頭を下げた。さすが一国の王。放たれる威厳や風格が一般人のそれとはまるで違う。おかげで春賀はさらに緊張してしまった。
「ぼ、僕は真崎春賀っていいます・・・」
「ハルカ殿か。よき名じゃ。それにしても、地球世界から召喚された勇者殿がボクっこのお嬢ちゃんとはマニアが喜びそうだのう」
「僕、男なんですけど・・・」
「マジかよ!?」
シムケン王はガチでびっくりしている。サリアリットも同様だ。
「いや、それはそれで・・・」
なにが、それはそれでなのだろう。心なしかメイドさん達の目がちょっと怖い。
「あの、僕って勇者じゃなくて救世主なんじゃ・・・?」
「え? そうなの? ま、別に役割変わんないし、どっちでもよかっぺ」
「な、なんていいかげんなんだ・・・その、王様?」
少しは肩の力が抜けた春賀はこの流れで聞いてみることにした。
もうずっと気になって気になって仕方なかったのだ。
「顔に塗ってるペイントは罰ゲームか何かですか?」
「とんでもサイタマ。これは我がレイブルノウ王家に伝わる有所正しき王族化粧じゃ。なんでも地球世界の〝殿〟と呼ばれる王は皆こうだと伝え聞いておるぞ」
シムケン王は誇らしげに語った。しかし、春賀には王族化粧の元ネタらしき動画を見たことがあった。
完全にバ○殿だった。
(なんか、ごめんなさい・・・)
過去の地球人はなぜこんな悪ふざけをしたのだろう。
「我がレイブルノウ王国は遥か昔から地球人とは密接な関係にあってのう。彼らの技術提供のおかげで夏季も近づいておる中、こうして快適に暮らすことができる」
「? そういえばこの部屋、随分と涼しいような・・・」
「エアコンあるからね」
「ええっ!?」
またも驚愕の事実。なんとネイバース世界にはエアコンが存在した。
「さすがに一般家屋には水車や風車の設置の関係上無理だが、城の要所には完備しておるよ。いや~ごくらくハワイアン」
「はあ。もうなんか、すごすぎて言葉もでない」
「して、ハルカ殿。お主も何か知恵を持っておらぬか?」
「え、いや、その・・・」
春賀はしどろもどろ。最近の主人公なら「俺TUEEE! ヒャッハーッ!」と、何かしらのオタク知識や特技で無双するところだろうが、春賀にそんなチートは絶無。
「では何か道具などは?」
「・・・ないです」
着ている服すべてのポケットを裏返して見せる。もう泣きそうだった。
「お父様。勇者様が困ってますわ」
サリアリットが助け舟を出してくれた。彼女の配慮は純粋にありがたかったが、それはそれでくるものがあった。フィアーナが半泣きの勇者をよしよししていると、今度は向かいでサリアリットが静々と席を立つ。
「わたくしはレイブルノウ王国の姫、サリアリットと申します。以後お見知りおきを」
礼儀正しく、綺麗に一礼した。
(うわぁ、綺麗な人だなぁ)
春賀は落ち込んでいたことも忘れ、素直に見惚れた。ここまで恥ずかしくて意図的に見ないようにしていたが、彼女の美しさにはため息すら漏れる。
それにスタイルもかなりいい。着ている和風テイストなドレスは、帯をキュッと締めることで、細い腰のラインとか豊満な体つきがより際立っている。
「あの、ハルカ様とお呼びしても?」
「は、はいっ、どうぞっ」
「ありがとうございます。わたくしのこともサリーとお呼びくださいませ」
サリアリットは嬉しそうに、ぱあ、と表情を明るくし、両手を合わせた。まるで背景に白薔薇が舞っているかのようだ。
なんという眩しい存在。登場の度になにかしら破壊する迷惑系魔法使いや、バ〇殿といったバラエティ寄りのラインナップの中で、彼女は唯一の良心だった。
「わたくしとフィーはお父様同士の縁もあって、幼い頃からの親友なんです」
「父親と言えば、フィアーナ。アッシュのやつは最近どう? 元気しとんの?」
「さあ。父とは私もここ数年顔も見てません。もともと、よく家を空ける人でしたし。時々帰ってきては何冊か本を置いてどっかいっちゃいますね」
フィアーナはポケットからその一冊を取り出した。困ったものです、と呆れながら表紙を軽く指で弾き、「そんなことより」と話しを戻す。
「サリーは昔から可愛くてですね。魔法使いとしても私に引けを取らないほど優秀で……そういえば、ハルカくんとサリーは同い年ですね」
「あらあら、まあまあまあ。光栄ですわ」
嬉しそうに両手を合わせる白薔薇の姫君。
「サリーさんも魔法が使えるの?」
「はい。よろしければご覧に入れますわ」
張り切った様子のサリアリットは、メイドさんから扇子と白い羽根を一枚受け取った。意識を集中。彼女の体が緑の輝きに包まれる。
この神秘的な光景は何度見ても春賀の心をわくわくさせた。
(一体どんな魔法なんだろう。きっとサリーさんのように綺麗な魔法なんだろうなぁ。もしかして、背中から羽が生えて空を飛んじゃったりして)
……スッ。
サリアリットは扇子を扇ぎ、その風で宙へと舞った羽根。この後一体どうなるのか。春賀の脳内では、天使となった彼女が光の中で空を優雅に飛んでいた。
だが、羽根はひらひら空中を踊った後、彼女が手にしたグラスの中に不時着した。
「はいっ!」
「・・・・。・・・・・・・・・・・・。」
春賀はまだ固唾を呑んで見守っている。しかし、サリアリットはやり切った感で聴衆に一礼。フィアーナが奇跡を見たとばかりに盛大な拍手をする。
「あら?」
思ったより春賀の反応が薄かったからか、
「では」
今度はグラスが十個。手いっぱいに掴んだ羽根を宙へと放り、また扇子を一振り。風に煽られた羽根たちは、また暫しの空中散歩を楽しんだ後、一枚の漏れもなくグラスの中へと吸い込まれ、山盛りの羽毛パフェ十人前となった。
「はいっ!」
またポーズを取って一礼する。
「すごくないですか?」
フィアーナが同意を求めてくる。なにが?
「サリーの魔法、その名も〝
フィアーナが興奮気味に解説してくるが、春賀としては反応に困る。
というか、これは魔法なのだろうか。絢爛操扇風などと大それた名がついているが、どっかのジェット魔法以上に何の役に立つかわからない。ぶっちゃけ大道芸だ。
「ワシら王族は象徴的意味合いで魔法を習得する伝統があるのだ。ワシも秘技〝
「スカート捲りの件ですね。一国の王が恥ずかしいですわ」
「なんで生きてるんですか?」
フィアーナたちから軽蔑の眼差し。
「どうじゃハルカ殿、ワシの自慢の娘は? どっかの壁と違って巨乳だし」
「実の父とはいえセクハラですよ? あと来たるべき時のために、今の発言も証拠として記録させていただきますから」
「来たるべき時って何!? 訴えられるのワシ!?」
「むしろ今までよく訴えなかったですよね。サリーに感謝してください」
「うっせーどっかの壁」
「よし〇す」
「皆さん、目を瞑って耳も塞いでくださいまし」
メイドさんたちは忠実に従った。
「さあフィー、今のうちに」
「承知」
「ちょっと待ってよ娘さんん! おいこらてめぇら! キングたるワシがヤキ入れられそうになってるのに見て見ぬふりしてんじゃないよおおおおっ!」
メイドさんたちは完全無視。春賀はこの異世界テンションについてず、シムケン王が二人にボコられるのを苦笑しながら眺めるのだった。
★
「おい、飯はまだか・・・」
顔面を*に凹ませたシムケン王が手を叩くと、さっそく食事が運ばれてきた。
春賀は目の前のクローシュを見つめ、期待で胸を膨らませた。
(楽しみだなぁ。一体どんなお料理なんだろう? わくわく)
この世界で初めて見た食べ物はカエルの丸焼きだったし、昨晩の炊き出しも野菜のごった煮雑炊だった。別に贅沢を言うつもりはないが、どうせなら地球世界では味わえない異世界グルメにありつきたかったのだ。
「ハルカ様、どうぞ召し上がってくださいませ」
「わーい」
メイドさんがクローシュを開けてくれた。
「・・・・・・・・・」
春賀はポカンとしてしまった。皿の上に見覚えのある物体がのっていた。
添えられた千切りの葉野菜の上に乗ったきつね色のそれ。パン粉の衣に包まれてこんがりと揚げられた、まるで豚カツのような
「とんかつですわ」
豚カツだった。春賀はコケた。
「ご飯とお味噌汁をどうぞ」
メイドさんがよそってくれる。豚カツ定食だった。
(いやいや、もしかしたら地球人の僕に合わせてくれてるのかも・・・)
「わたくし、とんかつを大変好んでおりますの」
日常的なメニューらしい。
「姫様。こちらを」
サリアリットはメイドさんから黒い何かが詰まった袋を受け取り、絞り出したペースト状のそれを豚カツにかけはじめた。
(まさか・・・)
と思いつつも、春賀はそれを見守ることしかできない。
「味噌カツは至高ですわ!」
やっぱり、と脂汗を垂らす春賀。あまったるい味噌の香りがこちらまで漂ってくる。
「今日もハッコウ神様の恵みに感謝いたします。ミソーメン」
サリアリットはぶつぶつ祈り始めた。目がガチだった。
「サリーは夜空を翔ける味噌教の信者でのう。特に害はないのでほっといておる」
「だって味噌は本物なのですよ!」
意味が分からなかった。
「ハルカ様もいかがですか? 厳しい戒律は一切ありません。ただ味噌を愛している、味噌が好きというだけで入信資格は十分ですわ!」
味噌樽を頭に被った似顔絵記載の会員カードを喜々として見せてくる。
「僕はその、ちょっと・・・」
「そうですか」
しゅん。
「フィーにもそう言って断られてしまいました。・・・いえ。夜空を翔ける味噌教は個人の価値観、自由を尊重するのです。無理強いはいけませんわ」
そう己を律するも、明らかに気落ちしていた。
ネイバース世界の良心にして
フィアーナは慣れたものらしく、貪欲に白米と豚カツをがつがつ貪っている。
「じゃあ僕も」
気を取り直して、春賀も味噌汁に口をつける。まさか異世界でここまで型にはまった定食にありつけるとは思わなかった。日本人の血なのか、なんかホッとする。
「おかわりはいかがでしょうか?」
メイドさんが勧めてくれる。
「ど、どうもです。でも、僕よりもフィーさんにお願いします」
食べれる時にガッツリいく彼女は、おそらくこれだけでは足りないだろう。
「・・・・・・・・ああ」
返事に妙な間があった。
微妙な気配。声のトーンもフィアーへの視線も、どことなく冷めていた。
さも、たった今彼女に気付いたかのような、そんな無関心を感じさせた。
「・・・なるほど。だからフィーさんはあの村に住んでいたんですね。確かにあそこはここよりはマシでした」
「え?」
春賀は固まっているメイドの目をまっすぐに見た。
そして、彼女にだけ聞こえるように言った。
「理由は知りませんが、フィーさんにも分け隔てなくお願いします」
「え? え?」
「うーんなんだろう? あなた個人の考えというより、周囲からの影響で自然に差別的思想が植え付けられたって感じですかね? まあ、僕はそれをどうとは言いませんが、僕はこの国に必要な地球人なんですよね? だったら、わかりますね?」
「あ・・・・・・」
まともに返事を作れなかったメイドだが、淡々と並べられた言葉の意味だけは理解できたらしい。途端に顔を青くする。
「申し訳ございません! すぐにご用意いたします!」
逃げるように部屋から出て行った。
「ハルカ様?」
怪訝そうなサリアリットに春賀は、にへらと笑った。
「ごめんなさい。実は僕少食で、僕の分をフィーさんにってお願いしたんです」
「いいんですかハルカくん!」
「うん。今ある分も半分でいいから、よければ食べて」
「やった! がつがつ!」
「あらあらフィーったら。ハルカ様の前ではしたないですわ」
「いいんですよ。それよりも、王様もサリーさんもいい人たちで安心しました」
「まあ! この上ないお言葉ですわ!」
サリアリットは感激したように両手を合わせた。
「僕に役目が務まるかはわかりませんが、頑張ります」
「おお、これで我らはオニにキャニャベゥ! お主ならあの竜騎士にも必ずや勝利することができるだろう。よっしゃ、城下に報せを出せ! 勇者殿歓迎の祭りじゃ!」
シムケン王の命令で最低限のメイドと使用人を残して、それ以外が部屋から出て行った。入れ替わるように追加の食事が配膳されてくる。
「フィーさん、おかわりが来たよ」
「いただきます!」
「ふふ、わたくしのもよかったら食べて」
「ありがとうサリー!」
「まったく、その栄養はどこに行くんじゃ? 胸ではないのは確―――」
ぶっ飛ばされた。
バ〇殿は気絶した。〇カ殿はほっとかれた。
フィアーナは大食い限界チャレンジの如く、山盛りキャベツとご飯と豚カツを平らげていく。サリアリットもそんな親友を見て、白薔薇の微笑みを浮かべた。
「フィー。味変でお味噌はどう?」
「あ、それは大丈夫です」
しゅーん。
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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。
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