起動! 魔法少女は一人乗り (4)
気のせいじゃなかった。
田んぼの中でダイナミックな追いかけっこが繰り広げられていた。
「ブモーッ!」
「助けて~あいたっ!」
魔道人形が盛大にズッコケた。ピカピカの銀色ボディがはやくも泥まみれ。SNSに上げれば結構な数のいいねが付きそうだが、生憎ここは泥んこ祭りの会場ではない。
「ハルカくん! 逃げてないで戦ってください!」
「うわーんそんなこと言ったって~! でっでも、フィーさんが言ってたじゃないか。このロボットを動かせるのは地球人の特別な魔力だけだって。それに漫画とかだとピンチになったのをきっかけに、突然隠された能力が覚醒するのがお約束じゃないか」
もし本当に特別な力があるのなら、目覚めるタイミングは間違いなく今!
「えーい!」
ポカポカポカ。
「ブヒ?」
ミノタウロスに0ダメージ!
「ぜんぜんだめだよぅってあら~」
びちゃーん。
勢い余って足を滑らせ、無様に泥へダイブした。
乗ってる人間がヘタレだからか、思ったりより全然弱い魔道人形。
「どうして・・・地球人の魔力は特別で、こんなはずじゃ・・・」
フィアーナにとってもこれは想定外。なんらかの不具合か、それとも・・・
「・・・いえ、確証がありません。でも、このままじゃ・・・」
フィアーナのつま先に、こつんと何かが当たった。
透明の円柱状容器。確か魔道人形の腰部に付いていた部品だ。きっと何度も派手に転んでいるから、その拍子に外れてしまったのだろう。
「これは・・・魔力燃料?」
フィアーナには、そのボトル状の容器に詰まった液体に心当たりがあった。ポケットから一冊の本を取り出し、記憶を頼りに急いでページをめくる。
あった。父が残したこの本にに書いてある。
魔力を流し込み、一時保存できる特殊な液体。
「それがどうして・・・でも、これなら!」
ひらめきに突き動かされ、フィアーナは地面に転がったボトルへと手を伸ばし、
「・・・・・・・・っ」
伸ばした手が、止まった。
自分がしようとしていることの意味に気が付いたのだ。
これを手に取るということは、すなわち賽を投げるということだ。
一度振ったが最後。これまであやふやにしてきたことが確定してしまう。
もし最悪の目が出てしまったら・・・・・
「あーれー」
魔道人形が転がってきた。ここまでなんとか逃げてきたが、さすがにもう限界か。
(もう怖がってる場合じゃないっ)
ここで彼がやられてしまえば、すべてがおしまいだ。
フィアーナは強引に考えるのをやめた。
自身を引き摺り、絡めとろうとする思考の侵入を必死に拒んだ。
フィアーナは、掴んだ。
★
ミノタウロスはいまいち緊張感のないこの戦いに痺れを切らしていた。
この者は戦士ではない。放たれる気迫、身体の運び、どれをとっても弱き者のそれ。
憐れな。ならば、早々に引導を渡してやろう。それが戦士としての情けである。
そう決めた牛頭の怪物は、まるでアメフトのように姿勢を低く屈めた。頭部に生えた二本の角を突き出し、放たれる闘気が必殺を物語る。
これぞ全身全霊の突進による必殺技、〝パワーホーン〟の構えだった。
「あうあうあう、もうだめだぁ~」
諦めの早い春賀はひらひら土下座の姿勢。ロボがやると実にシュールだった。
「ハルカくん!」
「え?」
ガンッ!
フィアーナが投げたボトルが魔道人形の頭を直撃した。
「あー、えっと・・・ごめんなさい」
「ブ、ブヒ・・・」
ミノタウロスもちょっと引いてる。
「いたた。なにこれ? 缶ジュース?」
春賀は赤く発光するボトルを見て、率直な感想を述べた。サイズこそ二回りほど大きいが、形状は地球世界に現存するアルミ缶に酷似していた。
「これを飲むってこと? ロボットだけど? ああでもこんな時は飲まなきゃやってられないって聞くし・・・ま、まあいいか」
春賀はプルトップに指を引っかけ、栓を開けた。まるでそれを渇望していたかのように魔道人形の口が、ガバッと開き、紅く輝く液体をがぶがぶ一気飲みした。
「ほんとにロボットなの?」
ごっふ。
ゲップまでした。
「ほんとにロボなの!?」
その時。
魔道人形の内部で電子音声が流れた。
《―――リリカル・カクテルによる外部魔力を検知。魔力カラー確認―――》
「えっ? なになにっ?」
《―――モード切替。インストール開始―――》
次の瞬間、赤い閃光が夜の闇の中で膨れ上がった。
―――巡る。
真紅の魔力が鋼鉄の体に。
世界の域から外れた神秘が魔道人形を聖なる次元へと誘う。
「すごい・・・」
フィアーナはその光景に茫然と目を奪われた。
光の中心で佇む、その姿。
―――そして、唱える。
このネイバース世界に響く聖なる呪文。
絶望を焼き尽くし、奇跡を起こす魔法の言葉を。
「マジカル☆コンプリ―――――――――――――ト!!」
光が弾けた。
灼熱の熱波がこの一帯を席巻し、田んぼの水分を一瞬にして蒸発させる。
紅い魔力が肢体を包み、聖なる炎が穢れた体を浄化。弾けるポップでファンシーなオノマトペ。燃え盛る焔が主を相応しき姿へと〝変身〟させた。
紅蓮が彩る灼熱のセーラー服。腰に神秘のステッキを携え、頭に被ったとんがり帽子の奥で、単眼が、きらっと輝く。揺れる焔がスカートを悩ましく持ち上げ、その下にある純白が恥ずかしそうにチラチラと顔を出した。
《―――インストール終了。ドレスコード・イフリート、マスターアップ―――》
乙女は告げる。
この世界に奇跡が舞い降りたことを。
乙女は刻む。
この世界に光をもたらす聖戦士の名を。
「魔法少女マギアギア・エリス。完成だぜ☆」
★
少女の叫びが、流星となって世界を超える。
焼きつけよ。業炎の軌跡。
「魔法少女マギアギア・エリス、完成だぜ!」
きゅぴーん!
全長二メートルオーバーの機械乙女が、内股ポーズできゃぴきゃぴ☆ピースサイン。降り立った橋状の装置の上。月をバックに煌めく一つ目がぱちくりウインクした。
炎も恥じらう灼熱の青春。
想いを叶える真紅の流星。
フィアーナの魔力で変身した、この姿こそ―――
魔法少女マギアギア・エリス ドレスコード・イフリートなのだ!
「成功、したんですね・・・」
フィアーナは、だばーと感動の涙を流した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミノタウロスは無言だった。変身したエリスのプリティさに、荒ぶるモンスターさえも見惚れずにはいられない。
「・・・・・・・・。ブ、ブモオオオオ―――――っ!」
我に返ったらしい。ここで戦意を喪失しないのは、さすがといったところか。
・・・よ、よかろう。貴様が真の戦士か試してやる。
ミノタウロスは腕を振り上げ、ヒットマンラリアットの体勢。あんなもの喰らったら、か弱き乙女はひとたまりもない。
しかし、ミノタウロスは知ることになる。
今自分が相手にしているのが、何者なのかということを。
「
激突! そして、驚愕っ!
ミノタウロスの野性から、信じられない! が飛び出した。
肉体を使った最も原始的かつ強力な武器にして暴力の象徴。拳。パンチ。
つまり―――拳打。それが真っ向から迎撃されたのだ。
「どうした牛野郎? パワーがご自慢じゃなかったのか?」
ミノタウロスの巨大な拳を、その拳で迎え撃った魔法少女。両者の体格差はまさに大人と子供。互いの力がぶつかれば、小は大にねじ伏せられるのが必定。
しかし、そんな脆弱な条理は、理不尽な不条理がいとも簡単に踏み潰す。
「おせえっ!」
エリスは素早く反応した。ミノタウロスがすかさず左腕を振り上げた瞬間、その脇を一気に通り抜け懐へ侵入。がら空きのボディに右ストレートをねじ込んだ。
硬い腹筋を貫く衝撃に巨体がくの字に折れる。ミノタウロスの動きが止まった。
もぎ取ったチャンスは逃さない。悩ましき脚線。乙女のふくらはぎ。それを包むニーソックス装甲が開き、内蔵されていたスラスター機構が露出。ミノタウロスの膝を踏み台に跳躍し、同時に爆発的な推進力を生みだした。
「あらよっとぉ!」
牛の顔面に閃光のような膝蹴りが炸裂した。
「ブ……ブモオオオッ!」
しかし、ミノタウロスのプライドが、膝を地に付けることを拒否した。
強靭な体幹で踏みとどまり、構える。着地する寸前のセーラー服。その無防備な背中に必殺のパワーホーンを仕掛けた。もらった。全力とまではいかないが、これで致命的なダメージは必定。背後からのこのタイミング。逃れられまい。
ミノタウロスはそんな思惑にほくそ笑むが、すぐにその笑みが凍り付くことになる。
魔道人形の
正確には顔のモノアイが正面から後頭部へスライドしたのだが、その意表を突いた異形がミノタウロスの精神にわずかな恐怖の侵入を許してしまった。
「ブヒっ・・・」
化け物っ・・・。
ミノタウロスが怯んだ。それは明確な、隙。
「ちょいなあ!」
右足のスラスターを発動させたエリスの空中回し蹴りが、牛の左頬にクリーンヒット。立て続けの頭部を貫く衝撃に角の強度が限界を迎えた。
巨体がついに倒れた。折れた右の角が場外へ飛び、あぜ道に深々と突き刺さった。
エリスは華麗に着地。クルっとターンし、遠心力で広がったスカートが空気摩擦で火花を散らす。
きゅぴーん☆ とポーズを決めた。
★
「すごい・・・」
フィアーナは感嘆の息を漏らした。
あれに乗っているのは、本当にあの少年なのだろうか。情けない悲鳴は威勢の良い台詞へと変わり、今もミノタウロスに一歩も引かず、圧倒している。
「・・・・・・・・・」
フィアーナは顔を背けた。もう、見ていられなかった。
エリスのあの姿はフィアーナの魔力を源としている。いわば彼女の魔法そのものと言っても過言ではない。
今はまだいい。だが、あれが魔法という不確定要素で成り立っている以上、わからない。ふとした瞬間に、足場が瓦解してしまうかのような恐怖。
そんな拭えない不安が、こうしている間も彼女のすぐ後ろに付き纏っていた。
もし、この目を開けた時、あの姿が崩れ落ちていたら。
「魔法の力を信じろ」
その声はまるで闇に差し込んだ光のようで。
魔法少女は、立っている。
自分よりも巨大な怪物を前に臆することなく、堂々と、力強く、その足で。
「教えてくれよフィー。魔法ってのは、なんだ?」
「・・・・・・?」
「なんだって聞いてんだよ!」
・・・魔法。それは原理不明の、地球世界の技術に敗れ廃れた能力。
(・・・・・・あ)
フィアーナは、思い出した。
「・・・・・・・・・・・・
ふう、やれやれ。フィアーナは熱狂的なファンの期待に応えることにした。特別に握手とサインもつけてあげよう。その前にグッズを三点買ってもらって。
魔法。それは天より賜った神聖なるギフト。
万物は我が膝下に。理は足らぬが描いた児戯絵画。
全知全能。最高最強。つまり、―――
「魔法こそ不可能を可能にする、奇跡そのものなのですっ!(ドヤッ)」
フィアーナはいつも通り。
自信満々に胸を張り、笑いながら言ってやった。
「まかせろ」
魔道人形は―――魔法少女は―――真崎春賀は、
その足を一歩前に踏み出した。
「ブモモモモオオオ―――――――――――ッ!」
怒りが頂点に達したミノタウロスの雄叫を上げた。必殺の〝パワーホーン〟の構え。角が一本折られようと、溢れ出る闘気は先ほどをさらに凌駕していた。
だが、魔法少女は屈しない。
「フィー、見ていろ。これが世界を超えた力・・・オレがお前の魔法だ!」
エリスは腰に手を回し、ファンシーなステッキを月夜に掲げた。
「マジカルいくぜ!」
《―――OK。ウィキッドブラッド。オーバーロード―――》
真紅の魔力がステッキに集中。
そして応える。姿を変える。
フィアーナの魔力が形となり、一本の箒としてこの世界に顕現した。
右腕と合体。全身から灼熱の魔力が溢れ出した。
「マジカル☆スターフィスト! 一撃ひっさあつ!」
エリスの必殺の拳が発動した。
右腕の箒から爆発的な推進力が発生。乙女の体を一直線に加速させる。
超高速で空間を突き進み、焼かれた大地に灼熱の軌跡を刻み付ける。
ミノタウロスも地面を蹴った。繰り出される全身全霊の突進。
両者の必殺が真っ向からぶつかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ…………っ!」
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!」
強大な力同士の正面衝突。互いは押しも押されぬ拮抗状態へと突入した。
これは魔力切れという明確なガス欠が存在するエリスにとってかなり分が悪い。しかもフィアーナの魔法はただでさえ燃費が最悪だ。
対するミノタウロスは体力勝負。たとえ体力が尽きても、気力で踏ん張ることもできる。この勝敗の行方はいずれ最悪な形で決着となるだろう。しかし、―――
《―――3・・・―――》
その見解には少々誤解がある。
一見して両者は互いの力をぶつけ合ったように見える。そう見える。
事実ミノタウロスはそうだ。強靭な肉体を駆使し、筋力を総動員した突進は暴走した重機に等しい。
《―――2・・・―――》
だが、魔法少女は違う。
そもそもそんな領域で勝負はしていない。
乙女が振るうのは魔法の力。
《―――1・・・―――》
そんな、この世の理に縛られた力など、はっきり言って敵ではない!
「かっ飛べええええええええええぇぇぇぇぇぇ――――――――っ!!!!」
瞬間、衝撃となった音と空気がフィアーナにぶつかり、駆け抜けた。
エリスの全身のブースター機構が一斉解放され、機体速度がマッハの壁を越えたのだ。音さえ振り切り、景色が溶けるスピードとパワーは、ミノタウロスの必殺のパワーホーンを瞬間的に上回り、圧倒的なまでに凌駕した。
フィアーナの魔法の欠点は消費魔力の多さと燃費の悪さ。
ドレスコード・イフリートは、それらの弱点を引き継ぎつつも魔力を極限圧縮。二段ブーストによって一気に開放し爆発的追加速と威力を得る、もともと爆発力に特化した彼女の魔法をさらに尖らせた、超攻撃的格闘型の姿なのだ。
魔法少女は拳を叩き込んだままミノタウロスを押し上げ、夜空へと駆け上っていく。
まるで月を目指すロケットのように。
まるで、流星のように。
「ブモ・・・ブモオオオオ―――――――――――・・・・・・・・・・・
爆発が田舎の夜空を照らした。
あまりに主張の激しい綺羅星は、それを遠巻きに眺める人々の目には理解できない。
まるで太陽が落ちてきたかのような、畏怖のものとして映った。
「綺麗・・・」
真相を知る魔法使いの少女は、ただただ空を見上げていた。
思えば自らが空を飛ぶことはあっても、それを地上から見ることはなかった。
あれが、私の魔法。
なんて激しく、美しい。
琥珀色の瞳は煌々と眩しい夜空の中で、なおも熱く輝く星を見つめていた。
紅蓮の流星が、きゅぴ☆っと勝利のポーズをキメた。
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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。
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