起動! 魔法少女は一人乗り (3)

 村の田園地帯に、ポツンとある小さな小屋。そこがフィアーナの家だった。

 夜を迎え、そこに招かれた春賀は、部屋に入るなりテーブルに倒れ込んだ。


「づ、疲れだ~、うう、手が痛いよう、腰が痛いよう・・・」


 春賀は初めての農作業に疲労困憊だった。炊き出しで空腹は満たされたが、それでも体のあちこちがバキバキ。エリートもやしっ子にはかなりきつかった。

 ここまでくるとさぞ重労働だったのだと思うかもだが、実のところそうでもない。

 驚くべきことに、畑や田んぼ面積の大部分は完全機械化がされていたのだ。

とはいえ、トラクターなどではない。田んぼを跨ぐように設置された橋状の装置にゼンマイ式動力機を搭載。あとはレールに沿って一定速度でスライドさせれば、回転した板がまるでプリンター印刷のように田植えから耕起までほぼ自動的にやってくれるのだ。春賀は装置の手が届かない端の部分を、ちょちょっとやっただけである。

 仰天ポイントは他にもある。

 なんとこの村には村民が共有する大浴場があったのだ。しかも薪を一切使わない太陽熱温水器で、である。壁も土と枯草を封入した二重構造で断熱性が確保され、陽が落ちてからも一時間程なら十分な温度の入浴を可能としていた。

 これらの設備もまた、過去にこの世界に召喚された地球人の技術が根底にあり、おかげさまで春賀もその恩恵にあやかれたというわけだ。


「お疲れ様ですハルカくん」


 ランタンを手にフィアーナがやってきた。動物油特有の獣臭さが鼻を突くが、今の春賀はそれを気にする余裕もない。


「炊き出しでお茶をもらってきたので。はい、どうぞ」

「・・・ありがとう」


 コップを受け取った春賀は、まだほんのり湯気が立っているお茶に口をつけた。疲れた体にこの一杯はなんというか、染みた。


「ふふ」


 まったり溶ける春賀に微笑むフィアーナは、斜め向かいの席に腰を下ろす。彼女は春賀以上に多くの仕事をこなしていたはずだが、彼ほどの疲れは見られない。


「慣れてますから」


 フィアーナはそう言って、自らもコップに口をつけた。

 そこで会話が途切れる。狭く薄暗い部屋に、ぽっかりと無言の間が生まれた。


(あわわっ、どうしよう。忘れてたけど、フィーさんとは今日知り合ったばかりなんだよなぁ。女の子と二人っきり・・・今さらながら緊張してきた。どきどき)

「ハルカくん?」

「えっ、あっなんでもないよっ」


 つい大げさに反応してしまう。どうやら意識しているのは春賀だけらしい。


「変なハルカくん」


 フィアーナはクスクス笑みをこぼし、春賀は恥ずかしさを誤魔化すために慌ててお茶を飲む。コップを傾けながら、チラっと盗み見るように彼女へ視線を流した。

 薄暗い部屋でランタンの暖色に揺られる魔法使いの少女。

異世界の日常風景を切り取ったとでも言うのか。実に絵になる構図である。

 フィアーナもモデルとして申し分ない。本人が自称(一部誇張あり)するだけあって容姿は十分整っているし、穏やかにお茶を嗜む姿は、もしかしたらいいとこのお嬢さんなのでは、と思えるような気品すら感じる。


「あ、ブラックローチ」


 バーン!


 フィアーナがゴキっぽい虫を箒でぶっ潰した。悲鳴一つ上げず、なんと逞しい。


(やっぱりフィーさんはフィーさんだなぁ・・・)

「ん? すんすん。なんか臭うような・・・って、何この部屋!?」


 疲労と薄暗さで今まで気づかなかったが、部屋はゴミだらけで酷い有様だった。

 生活ごみから脱ぎっぱの衣服。その他にも難しそうな分厚い本だったり何かの実験道具らしき物品の数々が整理もされず、そこら中に散乱している。


「なんでこんなに散らかってるのさ!」

「女の子には秘密がいっぱいあるんですよ」


 そういうことではない。せっかく異世界の写実的な絵画を眺めているような気分だったのに、まさか画角外がこんなゴミ屋敷だったとは。雰囲気ぶち壊しである。


「掃除ってめんど臭いんですよねー」


 フィアーナは悪びれもせず茶をすすった。こんなに部屋を汚くして、親御さんは何も言わないのだろうか。春賀は仕方なく割れたガラスなど、目につく危険物だけでも片づけることにした。靴をもらっておいて正解だった。

 体を動かしているおかげか、さっきまでの気まずさは無くなっていた。そしてフィアーナは「そうなるように敢えてふざけたのですよ」とばかりに、図々しくウインクを送ってくる。春賀も釈然としないながら、手を止められないのが悲しいところ。

 なんか、調子のいい姉にうまいとここき使われる弟みたいだった。


(こんな時、便利な魔法があればラクチンなのになぁ。でもそんな都合のいい魔法はないんだよなぁ。とほほ)


 この世界の魔法は春賀が想像していた、いわゆる便利能力ではなかった。

 なんとフィアーナが扱える魔法はたった一つ。〝箒星スターダスト・点火バーニアン〟。ジェット機の如く箒でぶっ飛んでいった、アレだけである。

 それを知ったのは畑仕事の時。

 いかにも説明好きそうな瓶底眼鏡の男が教えてくれた。


「説明しよう」


 してくれた。


 ★


 ―――〝魔法〟。それはこのネイバース世界において、学問とも呼べない〝よくわからん原理不明のびっくり能力〟の総称。

 魔法を発動させるための魔力は、命あるものならば誰しも持っている生命エネルギーなのだが、それが如何なる原理なのかはまったくの謎。魔法使いは皆、感覚で魔法を発動させているというのだから驚きである。過去にはそれらの解明、研究もされていたらしいが、時間と費用が浪費されただけに終わったらしい。

 そして、魔法の持つ法則もまた曲者だった。

 何の因果か神様の悪ふざけか、人一人が扱える魔法はたったの一つだけ。それも便利とは程遠い癖の強いものばかり。魔法の種類も個人でバラバラ。人に教えようにも論理的なものがないので具体的な説明ができず、非常に効率が悪い。

 対して絶賛されたのが、地球人がもたらした技術たちだ。

 魔法と違い、原理や仕組みも十分理解でき、何より説明すれば理解させることができる点が素晴らしかった。他者に伝えることができる。文字に起こし、書物にし、広めることができる。つまり、教育ができるということだ。

 そして魔法はその真逆。しかも習得できたとしても、ばかりとくれば、この世界の魔法への意識が低いのも致し方なし。

 何より実態が不明瞭なブラックボックスなのは致命的だ。なんの仕組みも原理もわからない未知のトンデモ能力など、はっきり言って危険すぎる。

 だから、このネイバース世界では魔法は不要のもの。

 地球世界の技術に敗北した、廃れた能力。

 わざわざ自ら好き好んで、魔法使いになろうとする酔狂はいない。

 それが、普通なのだそうだ。


(普通、かぁ・・・)


 その言葉が春賀の中で妙に響き、今も耳の奥に残っている。

 あの時、離れたところにいたフィアーナには、この会話は聞こえてはいないだろう。

 しかし、春賀の目には畑仕事をする彼女の背中が、少しだけ寂し気に見えた。


 ★


「明日は早いですからもう寝ましょうか。ランタンの油ももったいないですし」


 そう言ってフィアーナは席を立った。

 明日は朝一番で王都に向かい、この国の王と謁見することになっていた。春賀のことは、伝書鳩ですでに伝達済み。今頃王城は国の危機に光明が差したことに歓喜しているに違いない。


「ハルカくんの寝る場所は・・・」

「僕はここでいいよ。というか、もう一ミリも動きたくない。ガク・・・」


 春賀はテーブルに突っ伏したままピクリともしない。完全に電池切れだった。


「では毛布を持ってきますので」


 フィアーナは隣の部屋へと歩き出した。


(さすがに今日はもう無理ですね・・・)


 仕方ない。あんな疲労状態では、きっと望む結果は得られない。

 万が一にも失敗はできない。万全を期さなくては。

 でも、まさかこのタイミングで地球人が召喚されるなんて思わなかった。

 なんという僥倖。これで、〝あの子〟も救われる。

 大丈夫。今のところはうまくいっている。うまくいきすぎているほどに・・・。


「・・・・・・・・・・・・・」


 フィアーナの足が、ドアの前で止まった。

 もう寝てしまったのだろうか。背中越しに、くうくうと平和な寝息がする。


「・・・ハルカくんは、なにも聞かないんですね」


 彼女の口から零れた問いかけは、そのまま足元の薄暗さの中に吸い込まれていった。



 その時だった。

 激しく鳴り響く鐘の音の連続が、村落から離れたこの小屋まで届いたのは。



「えっ、なになにっ!?」

「これは警報・・・外です!」

「うわわっ、待ってよう!」


 フィアーナは春賀の手を引き、家の外へと飛び出した。

 街灯なんてものはない。屋内とのギャップで視界が一気に暗闇で埋まる。唯一の光源の月は分厚い雲で隠れてしまっていた。


「暗くて自分の手すら見えない。怖いよぅ。フィーさん、ちゃんと手握っててね」

「静かにっ」


 フィアーナは緊張感のない春賀を黙らせる。

 警鐘はいまだに止まない。その音と闇に紛れていたのか、フィアーナはそれが目の前にいることに、まったく気付かなかった。


「!」


 何かが、いる。

 慣れてきた視覚が、見上げたその空間に浮かぶ血走った目玉を捉えた。

 風が吹き、雲が流れる。差し込んだ月明りに獰猛な牛の顔が曝け出された。


「ミノタウロス・・・まさかっ」


 フィアーナは息を呑んだ。自分の身長の倍はある高さから、こちらを見下ろす牛頭のモンスター。その巨体から漂う雰囲気に、昼間に見せた理性的で平和的な日常の断片はなかった。明らかに逸脱している。

 凶暴。残忍。危険。そんな単語が彼女の脳内を駆け巡った。


「フィアーナ!」


 向こうから松明を手に、男たちが駆けつけてきた。


「こいつ突然やってきてワシの家をぶっ壊しちまいやがったんだ!」

「うちの家畜小屋もだ!」

「やいやい牛野郎! どういうつもりだぎゃ!」


 男たちはすでに臨戦態勢。弓を構え、即時対応可能な距離を取っている。

すぐに攻撃しないのはモンスターとの共存関係への配慮だ。警告だけで引き下がるのならそれでよしと、穏便に事を収めるつもりだった。

 ここまでするのは、人間側にも一握りの愚か者がどうしても存在するからだ。

 そして、そんな愚か者の生殺与奪はすべて被害を被った側に委ねられ、加害側はそのことに一切関与しないことで双方に不必要な遺恨が残らないようにしている。

 とは言え、できるならそんな望まぬ正当防衛が成立しないことを、武器を構える一方でこの場にいる全員が願っていた。

 しかしそんな淡い願いは、あっさりと裏切られることとなる。


「ブモオオオオオオオオオォォ――――――――――ッ!」


 ミノタウロスは咆哮を上げた。唸る剛腕。男たちは咄嗟に退避したおかげで、それは空振りに終わったものの、あまりのパワーに叩いた地面に亀裂が走った。


「こいつ・・・おい! 他には! こいつだけなのか!?」

「群れが村の外にいるみてぇだが襲ってくる気配はねぇ! こいつの単独暴走だ!」

「そんなら報復の心配はねぇ! けじめの範疇だが!」

「射殺せ!」


 ミノタウロスに矢の雨が殺到した。しかし、


「そげな・・・ばかなっ!?」


 男たちは驚愕した。

 放たれた矢はミノタウロスの分厚い筋肉の前に、全く歯が立たなかった。

侮っていたわけではない。モンスターと人間の差など、共存関係にある時点で熟知していた。そして、それを考慮した上での自衛を日々の労働と訓練で培ってきた。

だからこそわからせられる。絶対に勝てない、と。

 男たちから熱と気迫が削がれ、冷たい絶望が一帯を飲み込んでいった。


「こうなったら私が・・・っ」


 戦意喪失する男たちの間からフィアーナが一人前に出た。もはやこの状況を打破できる方法は一つ。自身の魔法に賭けるしかない。

 意を決し、ゴーグルをはめて箒に跨った。集中し、己の魔力を呼び起こす。


「無駄だ! やめろ!」


 箒に魔力を流し込もうとしたところで制止が掛かった。

 振り返り、その声の主がダノバンだと知った。


「でも、私は・・・」

「お前の魔法じゃ無理だ!」

「――――っ」


 まるで叱られた子供のようだった。魔力の輝きが弱々しく萎んでいく。虚しく箒を握る手に、何かを押し殺すような力が込められた。


「ここは俺たちに任せて、お前は逃げろ!」

「・・・・・・・・・・・・」

「早くしろっ!」

「―――っ」


 フィアーナは踵を返した。春賀の手を掴み、走り出す。


「フィーさん・・・」


 春賀の位置からではフィアーナが今、どんな顔をしているのか窺うことはできない。しかし、繋いだ手から彼女が震えているのはわかった。

 背中越しに男たちの雄叫びと、弦が空気を弾く音が聞こえた。


 ★


 春賀たちはとある倉庫へと辿り着いた。


「ひいひい、もう立てないよぅ。でも、なんであの牛さんはあんなことを・・・?」


 人間とモンスターは互いに共存の関係ではなかったのか。

 それとも、単にあのミノタウロスの暴走だろうか。しかし、彼は昼間に春賀を助け起こしてくれたミノタウロスだ。左目に傷があったので、間違いないだろう。

 そんな親切な彼が、人里を襲うなんて酷いことをするとはとても思えなかった。


「それがハルカくんを必要とする理由です」

「・・・フィーさん?」


 フィアーナは暗い倉庫を進む。


「人とモンスターは相互不可侵の共存関係。しかし近頃、その関係に不穏な空気が漂い始めました」


 彼女が向かう先には一台の馬車があった。天井からの月明りのおかげで、何か大きなものが積まれていることはわかるが、春賀にはそれが何なのか想像もつかない。


「その組織の名は〝ボルヘイム〟。彼らは魔法の力を悪用してモンスターを操り、このレイブルノウ王国に宣戦布告しました」

「じゃあ、さっきの牛さんも?」

「まず、間違いなく。彼らの目的はわかりません。ですが、これは人類とモンスターとの全面戦争に発展しかねない重大な問題です」


 フィアーナは荷を縛っていたロープをナイフで切り、荷台の上へ上がった。月明りが彼女へと降り注ぎ、シートに覆われた積み荷がゴーグルのレンズに映り込む。


「私には、何もできない・・・」


 俯いたフィアーナの口から、消え入りそうな声が零れ落ちた。

 春賀は彼女と出会って、まだ半日ほどしか経っていない。

 それでも今日一日で彼女がどういう人物なのか、少しは理解したつもりだ。

 だが、今のフィアーナは今日見てきたどれとも違っていて。

 寂しそうに畑仕事をしていた、あの背中と重なって。

 いや、それよりも小さく。ずっとか細く見えた。

 自己主張の激しい自己紹介をキメ、平然とカエルを貪り、周囲に迷惑をかけてもマイペース。大味な魔法をぶっ放し、魔法使いであることに胸を張っていた。

 どんな時でも花のように笑っていたあの少女は、どこにもいなかった。


 ★


 フィアーナの頭の中では、先ほどの言葉が延々と繰り返されていた。

 自分の魔法が役に立たないと否定されてしまったのだ。

 それがダノバンだったことにもこたえた。

 あの人はこの村で数少ない、自分に気を掛けてくれていた人だったから。

 フィアーナの魔法、箒星スターダスト・点火バーニアンは魔力を爆発的な推進力に変え、ジェット機の如く空を箒で飛行する魔法である。

 それを攻撃に転じれば、威力はまさに信管を積んでいない物理ミサイル。あそこで発動していれば、ミノタウロスに手痛い一撃を与えられた可能性は十分にあった。

 しかし、彼女の魔法は発動に大量の魔力を必要とする欠点があった。

 仮にフィアーナが保有する全体魔力を三本のゲージで表すなら、箒星点火は一度の発動でそのゲージ一本丸々使い果たしてしまう非常に燃費の悪い魔法なのだ。

 一日で確実に発動できる回数はたったの三回。連続使用は二回に留めるのが賢明。そして今日は調子に乗ってすでに三回発動している。使用回数限界だ。


 ―――それでも。


 それでもあそこで制止を振り切っていたら、結果は違ったかもしれない。

 もしかしたらミノタウロスを倒せたかもしれない。

 魔法とは地球世界の技術に敗北した無用の能力。

 小さい頃からずっと、周囲からそう言われ続けてきた。

 だが自分は、魔法使いだ。誰に何を言われようと。

 どれだけ笑われようと、自分だけは魔法を捨ててはいけない。

 否定してはいけない。するわけには、いかない。

 だけど、もし最悪の現実を目の当たりにしたら・・・・・・。

 認めてしまうかもしれないじゃないか。

 実感してしまうかもしれないじゃないか。

 その衝撃にきっと自分は耐えられない。立ち上がれない。

 じゃあ、そうならないために頑張れ? とにかく限界を振り絞れ?

 冗談じゃない。

 使

 その結果、・・・・・・。

 怖かった。だから言われるがまま逃げ出してしまった。

 逃げ道ができたことに安堵した自分が情けなくて、悔しくて、惨めだった。

 あれだけ大言を吐いていながら、賽を振ることすらできなかった臆病者。

 結局、自分は出来なかったのだ。

 自分の力を。魔法の力を信じることを。


 えらいぞフィアーナ。すごいぞフィアーナ。フィアーナ、お前は天才だ。

 いいかい。魔法とはこの世界に奇跡を起こす、神様がくれたプレゼントなんだよ。

 だから、。人も、魔法も・・・。

 

(お父さん・・・)


 フィアーナは積み荷のシートを掴み、勢いよく引き払った。

 天井から差し込む月明りに、その鋼はよく映えた。

 人。

 荷台の中で全長二・五メートルの人型が窮屈そうに膝を曲げ、横たわっていた。全身を装甲に覆われながらも無骨さはなく、意外に細身でシャープなフォルム。

 生物ではない。完全に無機物なのに、どこか生気のようなものを感じる。


「これは魔道人形マギアギア。名はエリス。操る者に大いなる力を与える、私の父が作った魔法仕掛けの機械人形。またの名を、未完成の魔女」


 フィアーナは腰部にあるスイッチを押した。ロックが解除され、腹部のハッチが左右に開いた。ちょうど人一人が体を収める空間が露出する。


「これが扱えるのは特別な魔力を持つ地球人だけ。だから・・・お願いします!」


 フィアーナは顔にはめていたゴーグルを外した。揺れる琥珀色の瞳と、いまだ地面に座り込んだままの少年の視線が重なった。


「ハルカくん・・・いえ、救世主様! これに乗って―――」


 次の瞬間、倉庫の壁の一部が吹き飛んだ。


「! そんな・・・」


 壁の向こうに佇む巨大なシルエット。蒸気のような熱い呼吸。獰猛な眼光が二人を捉え、射すくめられたフィアーナの心が恐怖に引きずり込まれる。

 もはや立ち向かおうなんて考えも起きなかった。

 駄目だ。助からない。そんな諦めだけが脳内を塗り潰す。

 そして最後に出てきたのは、死にたくないという単純な生存本能だった。


「フィーさん」


 その声に、振り返った。


「ハルカ・・・くん」


 少年は、立ち上がっていた。

 ゆっくりと歩き出し、荷台に昇ってフィアーナの隣に立った。


「これに乗ることで、フィーさんのに応えることができるんだね」

「ハルカ、くん・・・?」


 少年からの反応はない。じっ、と魔道人形の腹の虚空を見つめている。

 少年はその中に自身の身を収めた。


(……温かい)


 そんな感想を抱いた。

 ハッチが閉じた。


 ★


 別人かと思った。

 これまでずっと泣き言を繰り返し、体力面では自分にすら敵わない。

 言っては何だが男らしさの欠片もないあの少年が、まるで違う人間のように思えた。

 ・・・・・・関係ない。どうあれ彼は魔道人形に乗ってくれた。

 こちらが言うまでもなく、自ら進んで。

 概ね予定通り。それなのに、なぜこんなにも違和感が胸をざわつかせる。


(あの言葉の意味は一体・・・)


 フィアーナはあの異様な落ち着きを持った少年に、安心感やそういった類のものではない。なにか底知れぬ寒気のようなものを感じていた。


「ブモオオオオオオォォォォ――――――ッ!」


 そんな彼女の懸念は眼前の脅威に木っ端の如く吹き飛ばされた。


「きゃああああっ!」


 まるで自動車事故のような衝撃。ミノタウロスの突進で荷車はバラバラとなり、フィアーナの体が宙へと投げ出された。

 それを魔道人形がヘッドスライディングでナイスキャッチする。



「わわっ、動けた! 動いたよこのロボット!」

 魔道人形から響いた少年の声は、無邪気な驚きと興奮で満ち溢れていた。


「すごいすごい! ロボットに乗るだなんて男の夢だよ! 感動しちゃうなぁ~。手足を動かす感じで自由自在だ! なんだろう? パワードスーツ感覚?」

「ハルカくん!」

「はい? だわんば!?」


 呑気にラジオ体操してた春賀は咄嗟に頭を抱え、しゃがんだ魔道人形の頭上をミノタウロス腕が唸りを上げて通過していった。

 今は男のロマンに心ときめかせている場合ではない。

 目の前のモンスターに立ち向かわなくてはならないのだ。

 搭乗者に大いなる力を与える魔道人形。

 その秘めたる力が救世主、真崎春賀によって解き放たれる!


「お助け~!」


 春賀は逃げた。逃走する姿が完全にギャグマンガだった。


「ブモ・・・」


 ミノタウロスもちょっと引いてる。

 しかしすぐに気を取り直し、外へ出ていった。


「・・・・・・・・あ、待ってくださーい!」


 フィアーナも慌てて後を追う。

 なんか、思っていたよりもずっと空気が緩かった。

 先ほどのは気のせいだったのだろうか。



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