起動! 魔法少女は一人乗り (2)

〝ネイバース世界〟

 それは春賀がいた世界―――地球世界と呼称されているらしい―――とは別の世界。

 魔法が存在し、ミノタウロスのようなモンスターが生息するファンタジーな世界。

 そして太陽が西から昇り、東に沈む、なんとも冗談染みた世界。

 驚くべきことに、春賀のように地球人が自然現象的にこの世界に流れ着くことはそう珍しい事ではないらしく、記録を辿れば一〇〇年近くにも遡る。

 特にここ。大陸四大大国の一つ〝レイブルノウ王国〟は地球人との関わりが深く、もたらされた文化や技術によって多大なる発展を遂げた歴史がある。

 さらに意外なことに、この世界のモンスターは種族によって差こそあれ、無闇に人を襲うことはない。その背景にも過去にこの世界に召喚された地球人の存在があり、人とモンスター双方の間に立ち、相互不可侵の共存関係を確立させたのだ。

 おかげで春賀もいきなりのミノタウロスとのエンカウントでも五体満足。彼らのディナーに並ぶ運命から逃れられたというわけだ。


 ★


「感動だ・・・っ」


 フィアーナに連行されて森から出た春賀は、その光景に一瞬にして心を奪われた。

 披露された現実をそのまま言うなら〝フィアーナが箒で空を飛んだ〟だ。

 字面そのままだと、ぽわぽわ空間でのシャランラ優雅な空中飛行を想像するかもしれないが、実際はそんなラブリーなものではない。

 彼女の魔法はジェット機さながら。箒から激しい炎を吹き出し、マッハの速度で空をぶっ飛んでいったのだ。そこに魔女っ娘アニメのようなファンシーさはなく、どちらかというとトップガンに近い。しかし、その程度で感動に水が差さないくらいには、春賀はまだまだ少年だった。


「僕、本当に異世界に来ちゃったんだなぁ・・・・・」


 春賀はフィアーナがぶっ飛んでいった青空を眺めながら、ぽつりと呟く。ここまでドタバタしていたせいで、実感が遅れてやってきたのだ。

 正直、このネイバース世界はあまり異世界っぽくない。

 魔法やモンスターは存在しても、それ以外は特にファンタジーを感じる物も風景も見受けられず、今いる場所もだだっ広い水田にできたあぜ道だ。これなら都心から少し離れれば、日本のどこでも拝むことができるだろう。

 しかし、それでもここは地球世界とは別の世界。

 そこに今、春賀は立っている。

 背筋を伸ばし、深呼吸する。ビルどころか電信柱一本無い解放感が心地よい。上を見上げれば雲一つない、突き抜けるような青空が視界いっぱいに広がった。

 清々しい。とても晴れやかな気分だった。

 こんなに深く息を吸ったのは、いつぶりだろうか・・・・・・。


 ★


 フィアーナがジェット魔法で返ってきた。着地の際にソニックブームで田植えしたばかりの水面が慌ただしく波打った。


「これが私の魔法、〝箒星スターダスト・点火バーニアン〟です」


 名称も魔法というより能力っぽい感じだった。

 ドヤ顔で胸を張るフィアーナを包んでいた紅い魔力の光が薄れ、消えていく。春賀がまるでプロ野球選手にサインを求める子供のように、彼女へと駆け寄った。


「すごいやフィーさん! ・・・ゆべし!」


 どん臭く転んだ。


「大丈夫ですかハルカくん」

「う、うん・・・ありがとう」

「よしよし。泣かなくてえらいですね」


 まるで小動物のように春賀の頭をわしゃわしゃ撫でる。年齢もそうだが、彼女の方が顔半分ほど身長が高いのも相まって完全に子供扱いだった。


「それにしても、いきなり魔法が見たいなんて意外ですね」

「えー、そうかな? だって魔法だよ? 僕のいた世界じゃおとぎ話だったし、それが実在するなら見てみたいよ。すごいなぁ、憧れちゃうなぁ」

「・・・・・・・・・・・」

「フィーさん?」

「いえ、なにも」


 フィアーナはニッコリ笑顔。


「きっとすぐにハルカくんも使えるようになりますよ。だって地球人には私たちをも超える高い魔力が備わっているんですから」


 そういうことらしい。だが、春賀には実感がこれっぽっちも湧かない。


「まだ魔力が覚醒していないんですね。大丈夫。地球人の魔力は特別ですから、きっかけさえあればハルカくんにも使えるようになりますよ。天才である私のようにね」


 最後のは絶対に言わない方がいいやつだった。


「魔法。それは選ばれし者のみが許された聖なる力。理の鎖は如何にしてもそれを縛ること適わず。つまり、魔法こそ不可能を可能にする奇跡そのものなのです」


 ふふーん、と自信満々に胸を張る。

 ここまで散々お茶らけている彼女だが、魔法について語る姿はとても情熱的で。

 魔法使いであることが彼女にとっての誇りであり、プライドだということが、今日初めて会った春賀にも非常にこってりと伝わってくる。


「でも、もし使えるなら火とか水が出るみたいな、シンプルなのがいいなぁ」

「そんなんオモロないじゃないですか。安心してください。ハルカくんには特別にこの天才巨乳美少女魔法使い。とっても素敵なフィアーナさんが直々に指導してあげましょう。さあ、さっそくこの魔力養成ギプスを着るのです」

「思ってたより全然スポ根だった! こんなの着たらバネの力で潰れちゃうよ!」

「大丈夫。大丈夫大丈夫。とにかく大丈夫」

「まったく安心できない! そっそうだっ、それよりも僕は救世主なんだよね? じゃあ、僕は救世主として一体何をすればいいのかなっ?」


 咄嗟に出たにしてはなかなか的を射ている。春賀は別にフィアーナのファンになるために、ここまで来たわけではないのだ。

 あるものに乗って欲しい。森の中でフィアーナはそう言っていた。

しかしその詳細は、謎のキャラ作りだの押しつけがましい虚無エロだのモンスターとの遭遇だの盛りだくさんで、すっかり流れてしまっていた。


「・・・・・・・・・・・」

「どうしたの?」

「え・・・あ、そうですね」


 なぜか間の抜けた顔をしていたフィアーナ。まさか、忘れていたのだろうか? 訝しんだ春賀の追及を逃れるように、ふいっと顔を背ける。

 時間にして一、二秒の奇妙に空いた、間。

 どこか緊張を孕んだ空気の中で彼女の喉が、こくんと動き、春賀から見えない位置で意を決したように拳を握った。


「あれ? フィーさん。なんだか遠くが騒がしいような?」


 二人が振り向くと、遠巻きにある村落の方から人だかりが。


「あらあら、私のファンの方ですかね。いやん」


 本気なのかジョークなのか。フィアーナは照れた素振りでハンカチで両手を拭く。もちろん熱烈なファンに握手サービスをくれてやるためだ。

 しかし、迫りくる男たちからは好意的ものは微塵も感じない。顔を真っ赤にしているところを見ると、熱烈なことには違いないが。


「おいこらフィアーナっ!」

「はあい皆さん。私との握手会は物販でグッズを五点以上買ってくださいね」

「バカゆうなぁて! 奥歯ガタガタ言わすぞうにゃら!」


 男たちはあこぎな商売にもファンミーティングにも付き合う気はないらしい。

 皆、農民然とした地味な格好。頭髪や顔の皴の入り具合から還暦を迎えた者ばかりだろうが、肉体は日に焼けた黒光りマッチョのバリバリ健康体。

 そんな男たちに囲まれる魔法使いの少女は、髪の色から服装まで酷く浮いていた。


「よくもうちの納屋をぶっ壊してくれたな!」

「はて?」

「はてじゃにゃあ! たった今はた迷惑な魔法で突っ込んできただろ!」


 どうやらジェット魔法で飛んで行った先で、ひと悶着起こしてきたらしい。納屋を破壊されたこの男には同情しかない。

 その後も彼女へのクレームが出るわ出るわ。

 やれ畑仕事をサボるなだの、家賃が三か月分溜まってるだの、普段の素行が窺い知れる内容ばかり。だが、フィアーナはやり手のカスタマー窓口のようにスマイル。


「まあまあ。ここは美少女の笑顔で一つ」


 話にならなかった。


「どこにそんなおなごがいるってんだ?」

「(自分を指さして)ここに」

「じゃかぁしいわこの壁乳!」


 ツッコミにも容赦がない。

 他の男たちも指をさし、四方八方から壁乳コール。気弱な女の子なら泣き出してしまいそうな状況だが、心臓に毛が生えているフィアーナはどこ吹く風だ。

 ここまで劇場コメディのようなやり取りを繰り広げていたが、男たちが募らせていく怒りのボルテージは徐々に危険な領域へ足を踏み込もうとしていた。

 そしてそれは、一人の限界を持って魔法使いの少女に降りかかることになった。


「おめぇ、いい加減しろよ・・・っ」


 大柄な男がフィアーナの胸倉を掴んだ。まだギリギリ踏みとどまってはいるが、次にまた彼女がへらず口を叩こうものなら、途端にその理性を振り切るだろう。


「おい、いったんストップだ」


 冷静を保っていた一人が、とりあえずの待ったをかけた。周囲からダノバンと呼ばれたその男は諭すように魔法使いの少女に語り掛ける。


「フィアーナよぉ、今日のお前おかしいぞ? いつもはもうちっと真面目に・・・」


 ダノバンは少し思案し、


「そうでもねえか」


 そうでもないらしい。


「だとしても、こうならないくらいには引き際を弁えてたじゃねぇか。俺たちもそのつもりがあるから、ある程度まではノリでじゃれ合ってんだ。それをお前・・・」

「・・・・・・・・・」


「昨日、王都から戻った辺りからか。なんかあったのか? それに倉庫に持ち込んだ。あいつは一体なんだ?」

「秘密です(はあと)」


 ダノバンの歩み寄りはフィアーナの笑顔で返された。それは男たちの溜飲を下げる方法が、物理的な手段に決定したことを意味していた。


「この村に受け入れてやった恩も忘れやがって・・・っ」


 自業自得。もはや止めに入る者はいない。皆、同じ目の色で魔法使いの少女を見ている。ここに彼女の味方は、誰もいなかった。


「地球人だっ!」


 魔法使いの少女への制裁は、あぜ道に響いた男の悲鳴のような声に遮られた。全員の意識が一斉にそこに集中する。


「こいつ、地球人だ・・・っ」


 震えた手で指をさす。

 少年。それもここにいる誰よりも小柄で、明らかに弱そうだ。そんな取るに足らない子供の前で、大の大人がひっくり返って尻餅をついていた。


「地球人・・・まさか、の・・・」

「え、えーと、これってどういうこと?」

「ハッ! お前ら頭が高いぞ! 地球人の御前である! 控えろぅ!」

「なんで時代劇風なの? ま、まあいいか。あの、僕はついさっきこの世界に召喚されたばかりで。何も知らなくて・・・」

「そ、そうなのですか・・・?」


 困惑する春賀の前でひれ伏していたダノバンたちは、互いに顔を見合わせる。そして、ぎこちない笑顔を一斉に向けてきた。


「だったらぜひ、うちの村に寄っていってくれ。地球世界からの客人に茶の一つも出さないわけにはいかねえからな。そうだろみんな?」

「もちろんだ。ここで無下に扱ったら死んだばっちゃに顔向けできにゃあ」

「腹減ってないか? おい、誰か炊き出し小屋までひとっ走りしてくれ!」


 ダノバンの音頭で調子を取り戻した男たちだが、春賀的にはこの体育会系のノリがちょっと苦手だった。思わずおどおどしてしまう。


「こんな村だから大したもんはだせねーが、せめて腹いっぱい食ってってくれ」

「やった!」


 フィアーナが満面の笑顔でしゃしゃり出てきた。


「ぃやった!」


 二度も言った。


「おめえはまず働いてからだ」

「えー」

「えーじゃねえ。ただでさえおめえは大飯喰らいなんだ。こい」


 人騒がせな魔法使いの少女は、無事に畑仕事へと連行されていった。


「さすがに僕だけってのもなんだし。じゃあ僕も何か・・・」

「! とんでもねえ!」

「でもでも、働かざる者っていうのは僕にもわかりますから」


 春賀は、ペコリ、とダノバンに頭を下げ、フィアーナの後を追って歩き出した。


 ★


 変わったガキもいるもんだ。

 ダノバンは遠ざかっていく少年を眺めながら、心中でつぶやいた。地球人とは総じて真面目というか、奇特というか・・・。


(・・・いや、よそう)


 ダノバンは考えるのをやめた。

 息を吐くと同時に肩の力が解けた。思いのほか気を張っていたらしい。


「あ、そうだ」


 春賀が戻ってきた。にへら、と気の抜けた笑顔を向けられ、ダノバンもつられて愛想で顔を歪ませる。


「よかったら、なにか履く物をわけてもらえませんか? 裸足じゃ歩きづらくて」


 ・・・そんなことか。


「かまわねえよ。すぐに適当に見繕って届けてやる」

「ありがとうございます。えーっと、じゃあ・・・」


すると春賀は着ていた上着を脱ぎ始めた。意図が理解できないダノバンをよそに、ブレザーを綺麗に畳み、差し出す。


「僕、この世界のお金とかもってなくて。だから、これで物々交換でもいいですか?」

「!?」

「足りませんか?」

「―――え・・・いや、そんなことは・・・ねえが」

「よかったぁ。それじゃ、よろしくお願いしますね」


 春賀は今一度頭を下げ、今度こそ行ってしまった。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 半ば反射的に上着を受け取ったダノバン。

 工場製造の量産品とはいえ、この世界のどんな生地よりも上質で丈夫な生地。ダノバンにもこれが、いくら金を積まれたところで、手に入れようとして手に入る品ではないことくらいわかる。つまりこれ一着でひと財産手にしたも同然だ。


(それを、こんな簡単に・・・・・・)


 価値がわからなかった、ということだろうか。一分にも満たないやり取りで、地球世界のお宝を手に入れてしまった。普通なら喜び勇み、踊りだしてもおかしくない。

 しかし、ダノバンはそんな気分になれない。腑に落ちない。もやっとする。


「そういえばお前、なんであのガキが地球人だってわかったんだ?」


 立ち尽くすダノバンの背後。解散を始めた男たちの何気ない会話が聞こえてきた。

 質問は、最初にあの地球人の存在に気付いた男へ向けられたものだった。


「いんや。オレはへーんな格好したガキがおると思っただけだぁ。それがまさか地球人だったとはまーったく思わなんだ」

「はあ? おめえが最初に血相変えて叫んだんだべ?」


 ダノバンは二人の会話に聞き耳を立てているわけではない。だが、宙に浮いた理解を地に付けるため、自然と耳があの少年の情報を手繰り寄せていたのかもしれない。


「違う違う。それは、あのガキが自分からそう言ったんだがや」

「なんじゃそら? あっちでは自分のことを地球人だと名乗るもんなんか?」

「んなことオレが知るかいな」


 男たちは行ってしまった。

 あぜ道にはただ一人、ダノバンだけが残された。

 いまだ疑念は晴れない。今も心の底からじわじわと。まるで水たまりに足を突っ込んだ後のような、不快感と気持ち悪さが染み込んでくるようで。

 そしてそれは、手にしているこの衣から伝ってくるようで。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ダノバンはせっかく手に入れたお宝を金に換えようとは微塵も思わなかった。

 それどころか、何一つ因縁が残らないよう一刻も早く処分したかった。

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