第1章 起動! 魔法少女は一人乗り

起動! 魔法少女は一人乗り (1)

 真崎春賀まさき はるかは一人だった。

 たった一人で、見知らぬ森を走っていた。裸足のまま。靴も履かずに。

 どこに行けばいいのか。どこに向かえばいいのかわからない。


「あひゃあ!?」


 木の根っこにつまずき、無様に転んだ。


「うう、いたいよぅ。もう走れないよぅ~」


 グジグジべそをかく。鼻水を拭おうとするも、ブレザー制服にはそれをさせないための工夫が、ナポレオンの時代からとっくに施されていた。

 仕方ないので葉っぱで鼻をかむ。ちーん。


「・・・それでえっと、ここはどこ? 絶対に近所の公園じゃない、よね?」


 明らかに人の手が入っていない、うっそうと茂った木々。走ってる間も看板や標識などの人工物は一切なかった。太陽は出ているようだが、分厚く重なった枝葉のせいでろくに光が入ってこず、日中だというのに辺りは結構薄暗い。


「天国ってわけでもなさそうだし・・・もしかしてサファリパーク?」


 普通の人が聞いたら頭を抱えそうな能天気ぶりである。たとえそうだとしても、この森にことに関してはどう納得するつもりなのか。

 そう。非常に突拍子もなく、そしておかしな話だが。

春賀はこの森に、落ちてきたのだ。

 落ちてきたのだ! 突然! なんの脈絡もなく! もちろん春賀はスカイダイビングをしていたわけでも、鳥人間コンテストに出場していたわけでもない。

 いつも通り、の日常を送っていた。

 高校入学から三か月。新しい生活にもやっと慣れてきた頃。今日もいつも通り帰宅して、それから・・・・・・


「ま、いっか」


 春賀はあっさり考えるのを放棄した。


「そういえば、さっきの人は・・・」


 辺りに人の気配はない。そのことにホッと胸を撫で下ろす。

 そもそも、なぜ春賀が森を逃げ回っていたのか。その原因はこの森に落下した直後。まだ目を回してピヨってたところに、見知らぬ少女が詰め寄ってきたからだ。春賀は彼女の迫力と勢いに秒でパニック。文字通り裸足で逃げ出したのだ。


「誰だったんだろう? それにあの声、どこかで聞いたような・・・あれ? そういえば、あの人がこの森で会った最初で最後の人なんじゃ? どどどどうしよう! 人里どころか方角すらわからないのに! このままじゃ遭難しちゃうようわーん!」


 わりと生死に関わる事実に気付き、ぴーぴー泣き始めた春賀。

 そんな情けない叫びが天に通じたのか、それは突如彼の頭上に飛来した。


 ばっきゃ――――――――――――――――――――――んっ!!!!


「えええええええええええええええええええええええええええええっ!?!?」


 春賀は大絶叫。鳥か飛行機か、ミサイルか。

 イカれた速度で空から落ちてきたソレは、彼が背にしていた木を割り箸みたいにへし折り、軌道上にある木々を地面ごと抉るように伐採。最後は岩に激突し、粉々に粉砕した。


「がくがくがく、ぶるぶるぶる・・・っ」


 春賀は涙目だった。薄暗いジメジメから一転。拓けた陽の下にポツンである。きっとイタズラされたダンゴ虫もこんな心境なのだろう。

 この世の終わりか。まるで超大型台風が局地的に通過したかのような酷い惨状。

 そのど真ん中。舞い上がった土煙の中で人影がゆらゆら動く。


「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」


 なんか始まった。


「あ、こっちか」


 くるっと春賀に向き直った。


「闇夜を貫く真紅の流星! 魔法神秘のトリックスター! 天才巨乳美少女魔法使い、フィアーナさんとは私のことでーす! ・・・キマッた」


 決まったらしい。


 ★


 空から女の子が。そんなフレーズを聞いて胸が躍るのは、どうやら映画の中だけの話らしい。文字にすれば同じなのに、現実は環境保護団体が猛抗議してきそうな破壊力と、脂っこい口上のおまけ付きだった。


「え・・てんさ・・・・・え?」

「超天才巨乳美少女魔法使いのフィアーナです」


 絶対聞き間違いだと思ったが、ガチらしい。

 なんと自己主張の激しいこと。しかも、『超』ときたもんだ。だが、あまりに詰め込みすぎた情報量に、春賀がどうにか脳に留めることができたのは一点のみ。

 魔法使い。このフィアーナとかいう少女は確かにそういった。ゲームや漫画とかでよくある、アレである。改めて見ると、彼女が着ている航空服っぽい服。その上に白のローブを羽織る姿は一風変わった魔法使いに見えなくもない。


(なんかRPGをテーマにした、コンセプトカフェとかにいそうだなぁ・・・)


 なかば放心状態の春賀は、ぽへ~、とそんなことを考えているが、だとするなら責任者には是非ともキャストへの指導を見直してもらいたいところである。

 そんな秋葉原の裏通りみたいな状況に、一匹の闖入者がぴょこぴょこ通りがかった。

 カエルだった。拳くらいあって、けっこうデカい。


「ケロケロ(時は来た! 今こそ天を我が手にするのだ!)」

「うりゃ」

「ゲロッピっ(ぬおぅ!? なんだ貴様!)」


 フィアーナが饅頭を拾うかのようにカエルを捕まえた。

 両足を掴み、無造作にひゅんひゅん振り回す。


 ぼぐわ!


 石に叩きつけた。


「ひぃっ!」


 突然の残酷ショーに春賀は涙目。一撃昇天したカエルをフィアーナがナイフで手際よく捌き、木の枝に刺し、火をおこす。

 焼いた。


「おいしい!」


 食った。


「私の魔法って魔力の消費激しいんですよね。だからこうして少しでも回復しないと。でも、いっぱい食べたら太っちゃいますー」


 照れた素振りでカエルを焼き鳥みたいに食う。居酒屋とかでダイエットがどーのっつって、レモンサワーかっくらってるOLみたいだった。

 ちなみに春賀は吐きそう。ただでさえ小心者でグロ耐性ゼロなのに、目の前で限界サバイバル飯をハートフルに展開されたらさもありなん。


「ごちそうさまでした。さてと・・・」


 フィアーナが紅いポニーテールを揺らし、ずんずん近づいてくる。

あまりにショッキングな展開続きで忘れていたが、春賀は彼女から逃げていたのだ。しかし、ここで逸れたら今度こそ遭難してしまうかもしれない。

 あわわと迷っているうちに、折れた木の幹に追い詰められてしまう。


 ドンッ!


 壁ドンされた。壁じゃないけど。

 これが校庭に生えた伝説の木の下とかなら、ときめきルートもワンチャンあったかもだが、攻め女からはそんな甘酸っぱい雰囲気は微塵もない。

 ゴーグルで隠れた顔の下半分に怪しげな笑みを浮かべ、ぶっちゃけ怖い。


「ふふふのふ。もう逃げられませんよ〝救世主様〟」


 これだ。

 救世主様。

 春賀がこの森に落ちた時、ファーストコンタクトで彼女が放った第一声だ。

 もちろん春賀はそんなヒロイックな呼ばれ方をされたことなど一度としてなく、小学校の劇でも木だの石ころだの台詞一つない無機物の役ばかりだった。


「あうあうあう。その、僕は・・・」

「ええ、そうでしょうとも。いきなりこの世界に流されて混乱しているんですよね」


 わかります、とフィアーナはうんうん頷く。


「異世界召喚!」


 拳を突き上げ、宣言した。

 商店街の福引で温泉旅行が当たったかのようなノリだった。


「異世界召喚!? そんなばかなっ!? じゃっじゃあ、僕はもと居た世界とは別の世界に来ちゃったってこと!?」

「イエース。実にお手本のようなグッドなリアクションですね。しかも疑うより受け入れちゃってる寄りで話もスムーズそう。お姉さん嬉しいです」

「でも、なぜそんなことに? もしかして、僕に自分でも知らなかったチート能力があって、それを頼りにこの世界に召喚したってこと? いやぁ、まいったなぁ」

「いえ。特にそういうわけでは」


 違ったらしい。


「まったくの偶然ですね。時々落ちてくるんですよ、この世界に。でも、このタイミングで地球人が召喚されたのは実にナイスです」

「そんな、罰ゲームの落とし穴じゃないんだから……とほほ~」


 まるで昔話のおむすびころりんの鼠の国みたいな気の抜けた設定だった。

 はて? この世界に落ちてくる前、自分はなにか追いかけていただろうか?


(ま、いっか)


 そんなことより。


「それで、えっと、フィアーナ……さん?」

「フィーで結構ですが……失礼ですが、お歳は?」

「一五歳だけど」

「でしたら私の方が二つ上ですね。ではフィーお姉ちゃんって呼んでください。あ、フィーお姉様も捨てがたいですね。ここは思い切ってフィーの姉御というも……」


 悩みだした。


「えーと・・・、フィーさんでお願いします」

「無難すぎてつまんないけど、まあいいです。それにしても、地球世界からの救世主様がこんな可愛らしい女の子とは思いませんでした」

「ええ!?」

「どったの?」

「僕は男だよぅ!」

「マジで?」


 フィアーナはガチで驚いている。春賀は名前もだが、顔も女寄りの童顔で一目で彼を男だと判断する材料は少ない。それっぽくステータス表記すると、


 男らしさ ――― 0。

 運動神経 ――― 0。

 筋肉成分 ――― ひょろがり。

 おつむ  ――― ぼちぼち。

 身長   ――― 牛乳飲め。


 である。端的に言うと、真崎春賀とは弱虫泣き虫意気地なし。どちらかというとダメな部類に入るヘタレ少年だった。


「もう、僕は男だよぅ」


 春賀は頭から湯気を出してぷんぷん怒る。フィアーナは、(そういうところやぞ)と、思った。


「へぇー、男の子なんですねー・・・」


 フィアーナは顔にはめていたゴーグルを外した。琥珀色の瞳がにや~り。


「あの、フィーさん? なんでそんないいこと思いついた、みたいな顔をしているの?」

「救世主様」

「あのあの、僕は春賀って名前で・・・」

「ではハルカくん」


 春賀の名を口にした口からピンク色の舌が、ちろりと舌なめずり。さっきのカエルもこんな気持ちだったのだろうか。完全に捕食者の目だ。


「ひえ~、なんでもしますからお助け~」

「ん? 今なんでもするって言った?」

「ああ、しまったつい! あのあの、なんでもっていうのは・・・」

「確かに言いましたよ? ええ、聞きましたとも」

「いや、その・・・」


 ドンッ!(木ドン)


「ひいっ!」


 春賀はもう何も言えない。


「゛ア、゛ア、゛ン゛ンッ(チューニング)。゛ンッ! げっほげほ! ・・・こほん。実はぁ、地球人であるハルカくんには〝あるもの〟に乗って欲しいんですぅ」


 きゃるっきゃるの甘ったるいボイスで言ってきた。ネット配信者でもやればそれなりにファンがつきそうだが、キャラ作りは誰もいないところでやるべきだろう。


「もちろん、タダというわけではありませんよ」

「え? ちょっ! どうしていきなり服を脱ぎだすの!?」

「察しが悪いですねー。この私がお礼だと言っておるのですよ。やったね」


 ビシッ、と親指を立てる。


「この世界の人はみんなそうなの!? もう少し恥じらいを持とうよ!」


 しかし、どれだけ訴えてもフィアーナはファスナーを下ろすのをやめてくれない。パリピな男なら「オネーさんノリいーっすねーw」と、ウェイウェイなのかもだが、チキンの春賀はそれどころじゃない。


「超天才巨乳美少女魔法使いのフィアーナさんが、麗しのナイスバディをサービスしてあげるんです。ハルカくんはラッキーですね」


 おらよ、とはだけた胸元を突き出してきた。春賀は咄嗟に顔を背けようとするも、顎をガッチリ掴まれ、無理矢理水を飲まされる拷問のようにエロスを押し付けられた。


「・・・・・・・・・・・・」


 春賀は黙ってしまった。目の前に壁ができたのかと錯覚してしまった。

 フィアーナの胸は悲しいほどにまっ平だった。黒の下着も包んでいるというより張り付いている感じで。別に期待していたわけではなかったが、これは、もう・・・。


「何か?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・ッ!


「ひいいいい! ドスの利いた笑顔がすごい怖いすごい!」


 春賀は泣きそうだった。もう少しオーラが濃かったらおしっこを漏らしていた。


「あのあの、無理はしない方が……」

「無理なんてしてません」

「でもでも・・・」

「あーもーうっせーな! いい加減観念しろ!」


 フィアーナの情緒がぶっ飛んだ。「うわーん」と、情けない悲鳴を上げる春賀のブレザーを強姦魔の如く脱がしにかかる。傍から見ると完全にそういう現場だった。


「デュフ、よいではないか~。てかなんで服がこんなに濡れちゃってるんですか? なんですかこの首に巻いてる長い布は? どうやって外せばいいんですか? えい」

「ぐえ」


 首が締まった。意識がどっかにいきそうになった。しかし、ネクタイに悪戦苦闘している今がチャンス。春賀は貞操の危機を脱するため、あられもない姿のままほうほうのていで脱出。

 ちょうど茂みに人影。助かった!

 へっぴり腰で懸命に走り、そのにしがみついた。


「助けてくださあい!」

「ぶも?」


 随分変わったリアクションが返ってきた。ここは異世界なのだから、文化や言葉の壁くらい多少はあるだろうが。


(もしかして、ぶもっていうのは、「よお」とか「やあ」みたいな、この世界での気軽な挨拶なのかな? きっとそうだ。そうに違いない!)


 春賀がそう思い込もうとするのには訳がある。

ここは魔法使いが存在するファンタジー世界。そんなおとぎの国にが存在する可能性を春賀は完全に失念していた。というか発想がすっぽり抜けていた。

 春賀がしがみついたのは、その人物の脚だった。ガチガチに筋肉が詰まった脚は丸太のように太く、反対側まで腕がまわらない。恐る恐る上を見上げると、想定よりもずっと高い位置にそれはあった。

 牛。被り物をしているとか牛に似ているとかではない。春賀の倍以上もあるマッチョな人間の体に、ガチもんの牛の頭が乗っかっていた。


「ひょええええええええええええええええええ―――――っ!?!?」


 春賀はたまらず腰を抜かす。間違いなく着ぐるみとかではない。放たれる熱気と迫力、息づかいが、それが確かに存在していることを物語っていた。

 つまり、本物。


「最初はスライムとかそういう可愛いやつにしてよおおおぉぉ―――――――ッ!」


 春賀は絶叫し、完全に腰を抜かした。


「ミノタウロス・・・まさか、ここでモンスターと遭遇するなんて・・・」


 さすがのフィアーナは、背を向けないままゆっくり後ずさる。先ほど自分が落下した地点に突き刺さった棒に手を伸ばす。形状からして箒だろうか。

 意外なのはミノタウロスだ。彼はその見た目とは裏腹に、一向に襲い掛かってくる気配はない。三メートルはある高さからフィアーナと春賀を交互に見やり、その行動には状況を理解しようとする理性が窺えた。


 ・・・・・スッ。


「へ?」


 春賀の前に大きな手が差し出された。今一度上を見上げると、左目に縦傷の入った視線と重なった。そこから野生染みた狂暴さは感じない。


「あ、ありがとう・・・」


 春賀はおっかなびっくりで、五〇〇mlペットボトルほどの太さの指に手を掛けた。気遣いを感じる動作でゆっくりと引っ張り上げられる。


「・・・どうやらあなたは、大丈夫のようですね」


 フィアーナは、ホッと息を吐き、肩の力を抜いた。

 敵意のない。本当に何気ない動作で箒を地面から抜き取る。


「わかってますよ。私もちょっぴし強引過ぎました。正当な理由もないのにモンスターとの共存関係に波風立てたくありませんし。それはあなたも同じでしょう?」

「ぶも」


 言葉はわからないが、ニュアンスからミノタウロスも同意見のようだ。


「あれ? どういう状況?」


 春賀だけが、頭上に?を浮かべていた。


 ★


 人とモンスター。

 両種族の接触はゲームや漫画での常識を覆し、実に平和的な終息を迎えた。

 ミノタウロスは状況が落ち着いたのを確認すると、アイルビーバック的にサムズアップ。のしのしと森の中に姿を消した。


「地球人がモンスターに好かれやすいって本当だったんですね」


 大きな背中を見送ったフィアーナは感心したように呟く。服装を正し、箒を手に春賀の前にやってくる。


「改めまして。ハルカくん、ネイバース世界にようこそ」


 ニッコリ花のような笑みを浮かべた。


「あ・・・はい、よろしくですぅ」


 さっきまでのノリとテンションは何だったのか。春賀は笑顔の素敵なゆるふわ系お姉さんにコロッと変わった魔法使いの少女に迂闊にもドキドキしてしまう。


 ガシッ!


「へ?」


 首を小脇に抱え、ガッチリロックされた。絶対逃がさねえという感じがした。


「さあさあ! ここからハルカくんの救世主伝説の始まりです!」


 青春ドラマっぽく、フィアーナが随分と開けた青空を、ズビシッと指す。春賀はこの異世界テンションについていけるか、すごく不安になった。



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