クラスメイトとご飯を食べる

「翔子ちゃん。今日はもうお客さん来なさそうだし、上がっていいよ」

「はーい」


 バイトの時間は長かったような短かったような、どちらともいえない感覚だった。今日はお客さんが少なく暇な時間が多かったから長いように感じたけれど、終わってみればあっという間で、もう帰れるのかと仕事をした感じがしない。でもそれはバイトにとってはいいことで喜ぶべきなのだろう。


 何ともパッとしないまま着替えていると、店長が小さな箱を片手に休憩室へと入ってきた。


「これ、賞味期限切れちゃうけど余っちゃたから持って帰っていいよ」

「ありがとうございます。これなんですか?」

「あーそれ、お酒が入ったチョコなんだけど、翔子ちゃんお酒強そうだし大丈夫でしょ」

「は、はあ。じゃあ、貰っておきます」


 未成年にそんなものを食べさせていいのかとも思うが、違法ではないから受け取っておく。帰ってご飯を食べたら藤咲さんと一緒に食べよう。インスタントの何かがあったはずだからそこまで遅い時間にはならないはずだ。


「お疲れさまでした。お先に失礼します」

「はーい、おつかれー」


 店長に挨拶をして店を後にする。外はすっかり暗くなり、冷たい風が私の頬を突き刺して思わず体が震える。首に巻いていたマフラーを口元まで上げ、防寒の体制を取る。すると少しだけ寒さは和らぎ、体の震えもおさまった。


 空を見上げ、星を数えながら歩くと家まではあっという間だった。玄関を開け、リビングに入る。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 外とはまるで違う暖かい空気が体に染みる。冷たい空気に晒され凍っていた私の体が溶かされていくようだった。それと同時に心も温まる。


 お腹もすいたし何か食べようとキッチンを見ると、ラップに包まれた器がいくつか並んでいた。中にはハンバーグとサラダが保存されている。


「あれ、藤咲さん。これって」

「ごめんなさい、勝手に台所借りちゃった。お腹空いてるかなと思って、作っておいた。……千代田さんほど上手じゃないけど」


 藤咲さんはそう言うけれど、彼女が私のために作ってくれたというハンバーグは、私が作るそれよりもとてもおいしそうに見えた。しかしそのハンバーグとサラダはなぜか二皿ずつ並んでいる。


「ううん、それはいいんだけど。もしかして、藤咲さんもまだ食べてないの?」

「うん。一緒に食べたほうがいいかなと思って」

「そんなの気にしなくていいのに。でも……ありがと」


 何とも健気でかわいくて、そんな彼女の気遣いが私はとても嬉しくて、自然と笑顔になっていた。せっかく彼女が作ってくれたのだ。何よりも早く食べたかった。


 私は貰ってきたチョコを冷蔵庫にしまい、ハンバーグをレンジで温めた。その間にご飯をお茶碗によそい、リビングのミニテーブルまで運んだ。温まったハンバーグも並べて藤咲さんの隣に座る。


「いただきます」


 合わせたわけではないけれど、自然と声がそろった。湯気が立ったハンバーグを一口切り分けて口に運ぶ。すると口いっぱいに肉のうまみが広がった。噛めば噛むほど肉汁が溢れだしておいしい。私の作るものよりも全然おいしいと思う。


「これ、すっごくおいしい。藤咲さん料理上手なんだね」

「よかった。お母さんに教えてもらってるから、ちょっとだけできるんだ」


 そう言うと彼女の表情が少しだけ曇ったように見えた。


「へぇそうなんだ。私なんかよりもよっぽど上手だけどね」

「そんなことないよ。今日のはたまたまで……」


 そこまで言ったところで、彼女の語気が弱まっていった。表情も少しだけ暗い。するとゆっくりと箸を置いて。隣に座っている私の方に顔を向けた。


「千代田さん。私が家出した理由、聞かないの?」


 何を言うのかと思えば。


「藤咲さんは聞いてほしいの?」


 質問に質問を返すと、藤咲さんは黙って俯いてしまった。きっと言うべきだとは思いつつもあまり話したくないことなのだろう。


「藤咲さんが話したいと思った時に話してくれればそれでいいよ。それよりも私は、いつまでここにいてくれるのかなって事の方が気になるかな」

「え?」


 藤咲さんはあっけにとられたような表情で俯いていた顔を上げ、私を見る。私はそれににこりと笑って言葉を続ける。


「一緒に学校行って一緒に帰って、バイトから帰ってきたらおかえりって待っててくれる人がいて。こうして一緒にご飯を食べるのが私は楽しいなって思えてきたんだ。今までこの家には私一人だったからさ。こうして誰かと一緒にいるのが今とても楽しいの。だから、藤咲さんの気が済むまでここにいてよ」


 全部言い終わると藤咲さんは私の方に体を寄せ、胸に顔をうずめて抱きついてきた。


「ひぇっ!? ふ、藤咲さん……?」


 驚きのあまり普段出さないような声が出てしまった。


「少しだけ、このままでいさせて」


 私の胸に埋もれた声は少し鼻声のように聞こえたけれど、それはきっと声がこもってそう聞こえているだけだろう。


「もう。ご飯冷めちゃうよ」


 私はしょうがないなと言いながら、彼女の頭を撫でて落ち着くのを待った。


 しばらくして、落ち着いたのか藤咲さんが顔を上げた。


「もう落ち着いた?」

「うん、ありがとう」


 そう言う彼女の顔は少しだけすっきりしていて、表情はかなり明るくなっていた。やっぱり藤咲さんはこういった明るい顔をしていた方がかわいい。


「そっか。じゃあまた冷めないうちにご飯食べちゃお」

「うん」


 私たちは黙々と藤咲さんが作ってくれたハンバーグを食べ進めた。熱々ではなくなってしまったけれど、それでもやっぱりおいしい。


 彼女が作ってくれたというのもあるだろうけれど、たとえ会話がなくても、ご飯は誰かと一緒に食べたほうがおいしいんだと気づいた。


 私は残りのハンバーグをぺろりと平らげると、藤咲さんも食べ終わったようで一緒に手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 自然と声がそろう。


「藤咲さんの料理、おいしかったから今度また作ってもらおうかな」

「そんな大げさだよ。私は千代田さんのご飯がまた食べたいな」

「それは基本的に私が作るんだけどさ」


 さすがに毎日藤咲さんに作ってもらうのは申し訳なくて気が引ける。でも、これだけおいしいハンバーグが作れるのだから、たまには藤咲さんの料理が食べたいと思う。


「そうだ、藤咲さんお風呂まだだよね? 今沸かすね」


 私は立ち上がってお風呂のスイッチを入れに行こうとすると、後ろから袖をキュッと掴まれた。


「どうかした?」

「……に…………りたい……」


 振り返ると藤咲さんは私の袖を掴んだまま俯いて、ボソッと何かを呟いたように聞こえた。


「え? ごめん。よく聞こえないんだけど……」

「一緒にお風呂入りたい……」


 声は小さいままだったけれど、今度ははっきりと聞こえた。一緒にお風呂入りたいというのは、一緒にお風呂に入りたいということなのだろうか。


 私は一瞬頭の整理が追い付かず、硬直してしまう。


「えっと、それってどういう……」

「そのまんまだよ……? 私もう眠くて……だから、一緒に入って一緒に寝よ?」


 見たところあまり眠そうには見えないけれど、もしかしたらいつもはこのくらいの時間に寝ているのだろうか。昨日が早すぎただけでこの時間は本当に眠たいのかもしれない。


 それにしても一緒にお風呂だなんて……藤咲さんには羞恥心というものがないのだろうか。


 さすがにそれはちょっと……と言おうとしたところでふと思った。よくよく考えてみれば同姓とお風呂なんて普通のことではないだろうか。そう考えると断る理由がない。


「わかった。一緒に入ろっか」


 頷きながら了承すると、藤咲さんはにっこりと笑ってやった、と言った。やっぱり本当は眠たくなんてないのではないだろうか。

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