クラスメイトと学校に行く
カーテンの隙間から日が差し込み、眩しくて目を覚ます。
いつもと変わらない朝に、布団の中で違和感を覚えた。隣を見るとかわいらしい顔をこっちに向けてスヤスヤと眠る美少女がそこにいた。
寝ぼけた頭の中の記憶を呼び覚ます。――そう言えば昨日は藤咲さんと一緒の布団で寝ることになったんだっけ。
そんなことを思い出しながら起き上がろうとすると、体が思うように動かせない。藤咲さんの腕が私の体をがっちりと掴んで離さない。
私は首だけを回して時計を確認する。時刻は六時を過ぎた頃だった。まだ時間は大丈夫だから私は起き上がるのを諦めてもう少しだけこのままでいようと思った。
することがなくて隣で眠っているかわいらしい寝顔を見つめていると、閉じていた瞼が開いて藤咲さんと目があった。
「……あれ、千代田さん…?」
「藤咲さん、おはよう」
「…おはよう……」
「そろそろ起きないと、学校遅刻しちゃうよ」
「んんー……」
唸るような声を上げて、目を擦りながら彼女がゆっくりと起き上がった。藤咲さんの腕からようやく解放された私も一緒に起き上がる。
「藤咲さん朝ご飯は食べる?」
「……いらない」
「そっか」
いつもは軽く朝食を食べてから行くのだけれど、今日くらいはいいかと思い家を出る支度をする。
顔を洗うと少しだけ重たかった瞼が軽くなり、頭がすっきりする。それは藤咲さんも同じようで、半分閉じていた目がぱっちりと開いている。そして昨日より幾分か表情が明るくなったような気がする。
制服に着替え、家を出て鍵をかける。私たちは二人並んで歩きだした。
昨日は少し開いていた私たちの隙間も、今はそれほど気にならない程度に埋まっている。
合わせたわけでもなく自然と歩幅がそろって歩きやすい。少しずつ藤咲さんの心が開かれているような気がして、私は嬉しかった。
「そういえば、今日も家に泊まる?」
何でもないことのように雲のように軽い口調でそう聞いてみる。
「千代田さんが良ければ、お願いしてもいいかな……?」
「それはもちろん。気が済むまで家にいてくれていいよ」
藤咲さんと同じ布団で寝るのが気持ちいいから、なんてことは言えないがまた昨日みたいにもう少し一緒に寝たいと思う。
久しぶりに一人じゃない夜を過ごして、心が温まった気がした。一人が寂しいわけではないが、誰かと一緒に過ごした方がいいのは確かだ。
雲間から太陽が顔を覗かせて、背中に当たる日光が温かくて気持ちがいい。
普段は雲に隠れた朝のように、一人の布団は寒い。けれど昨日の布団はこの日光のように温かく、気持ちが良かった。
それを知ってしまうと雲に隠れてしまうのが憂鬱で、温もりが恋しくなってしまう。
そんな私の感情を隠したまま、私たちはそれ以降話すことなく学校に着いた。そういえば昨日は雨が降りそうだなんて思っていたけれど、今日は大丈夫そうだな。
いつもと変わらない学校生活を送り、いつも通りの日常を送る。今日の授業をすべて終え、下校の時間となった。
「翔子帰ろー」
いつも一緒にいるメンバーたちがいつものように一緒に帰ろうと声をかけてくる。けれど今日はいつもと違うことをする。
「あー……ごめん、今日はちょっと」
「あ、なんか用事でもあった? なら私たち先帰るね。またね翔子」
「うん、ごめんね。ばいばい」
手をひらひらと振って教室を出ていく友達を見送り、私はいつもなら話すこともない人物に声をかけた。
「藤咲さん。一緒に帰ろっか」
「え? あ、うん」
一人で教科書をカバンに詰め帰る準備をしていた藤咲さんに声をかけると、体をびくりと震わせながら少し驚いたような表情をして振り返ってきた。
彼女が荷物をまとめるのを待って、私たちは一緒に教室を出た。
私と藤咲さんは基本的に言葉を交わさない。それは昨日コンビニで出会った時から変わらないけれど、私はそれが落ち着く。言葉には表せないが、彼女と沈黙の空間が続いていても居心地がいいのだ。隣にいるだけで気が休まる。
藤咲さんは普段から口数が少ないにもかかわらず、何か話していないと気まずいといった様子を見せないから、私も無理に話題を探そうとしなくて済む。これが他の人だったら沈黙が気まずくてなんとか話を続けようと気を遣うだろう。
そんなこともあって、私は彼女と一緒にいることがだんだんと好きになってきた。
けれど、必要なことは話さなければならない。
「今日私バイトがあるんだけど、藤咲さん一人で留守番をお願いしてもいいかな?」
「千代田さん、バイトしてたんだ」
「うん。さすがに一人暮らしだとどうしてもきつくって」
「そうなんだ。うん、わかった。大丈夫だよ」
「ありがとう。帰ったらすぐ行かなきゃいけないから、よろしくね」
寒空の下、そんな連絡事項を伝えるような会話をする。でもそれもほんの一瞬でまたすぐに私たちの間には沈黙が訪れた。けれどそれも気にならないうちに、私たちは玄関の前まで来ていた。
「ただいま」
「お邪魔します」
「藤咲さん」
「なに?」
玄関に入ったところで立ち止まって、頭にクエスチョンマークを浮かべている藤咲さんに呼びかける。
「ただいまでいいんだよ? しばらく戻るつもりはないんでしょ?」
おそらく彼女はしばらく自分の家に戻るつもりはないだろう。だからそれまでここは私の家で、彼女の居候先になる。どうせならもっとくつろいで、ここが落ち着く場所になってもらいたかった。
「……ただいま」
藤咲さんは頬を少し赤らめ恥ずかしそうに、俯きながらそう言った。
「おかえり」
私はそれに対してとびきりの笑顔で返す。普段聞くことがない言葉を、まさか私が言うことになるとは思っていなかったが、私の家にただいまと言ってくれる人がいるのはいいものだと思った。
部屋に入り、私は急いでバイトに向かう準備を済ませる。
「夜ご飯、冷蔵庫にあるものとか適当に食べてていいからね」
リビングのソファに座っている藤咲さんにそう言ってから玄関に向かおうとすると、恥ずかしそうな声がソファから聞こえてきた。
「うん。えっと……いってらっしゃい」
小さく手を開いて胸の高さまで上げ、手を振っている藤咲さんが照れながら私を見ていた。それを見ると私まで恥ずかしくなってきそうだけれど、表に出さないよう笑顔で手を振って、初めての言葉を口にした。
「いってきます」
外に出ると日が沈みかけていて、空が夕日に照らされ真っ赤に染まっていた。手を伸ばすと私の腕まで赤く染まる。
さっきの藤咲さんもこれくらい赤かったな。
もうあと数時間しかない今日だけど、なんだかいいことがあるような気がして私はルンルンと軽くステップを踏みながらバイト先へ向かった。
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