第3話 対面
学校が終わるとゼロは授業中に考えた計画を実行することに決めた。
接点がないなら作ればいい。
接触できないならすればいい。
ゼロは七海紫苑の家に着くと、チャイムを鳴らした。
ピンポーン。
音が鳴る。
だが、出てくる気配はない。
七海紫苑がいるのは気配でわかるが、向こうは無視を決め込むようだ。
ゼロは忍耐力だけは強い自信がある。
そう訓練されたからだ。
だから、負けない自信があった。
どっちが先に値を上げるか勝負しようと、ゼロはチャイムを鳴らし続けた。
学校が終わってから、空が暗くなり星が出始めるまで。
なかなか出てこないなと、少し焦り始めたそのとき足音が近づいてくるのが聞こえた。
「うるさーい!」
玄関を勢いよく開けると同時に女性に叫ばれた。
ゼロはその女性をみて驚きのあまり固まってしまう。
「えっ……と、あなたが七海紫苑さんで間違いないですか?」
ゼロがそう尋ねると、紫苑は何も言わずに扉を閉めようとした。
ゼロは慌てて扉をつかむ。
「違います」
紫苑はそう言って扉を閉めようとするが、閉まらないようにいつの間にか足を入れられていて閉めることができなかった。
違うと言われたが、ゼロは確信していた。
間違いなくこの人が、七海紫苑だと。
写真からでもわかるほどの腰まであるサラサラな黒髪。
雪のように白く透き通った肌。
ピンクの唇に、人を惹きつける宝石のように輝く大きな黒い瞳。
穢れなど知りませんといった風に笑っていた彼女とは違い、目の前にいる女性はこの世の全てを否定するかのような負のオーラを身に纏っている。
それは、身なりにも表れていて、サラサラだった髪はボサボサ髪になり、透き通った白い肌は幽霊のような不健康な肌になり、ピンクは紫色に変色し、宝石のような瞳は髪で隠れて見えない。
写真で見た外見と違いすぎて間違えたかと思ったが、髪の隙間から一瞬見えた目を見てまちがいないとわかった。
「七海紫苑さんですよね」
「違います」
「いえ、七海紫苑さんですよね」
「違います」
「いえ、間違いなく七海紫苑さんですよね」
「違います」
同じ応答を繰り返して三十分近くたった。
ゼロは根気強く何度も尋ねるが、彼女は決して自分が七海紫苑だと認めようとしない。
このままでは埒が明かず、任務を遂行できないと思ったゼロは、紫苑が最も嫌がることをすることにした。
「そうですか……」
ゼロがそう言うと、ようやく諦めてくれたかとほっとした紫苑は次の言葉を聞いて目の前が真っ暗になった。
「今日は遅いのでまた明日来ます。認めてくれるまで、毎日来ます」
ゼロは爽やかな笑顔で脅しを言い、一礼して颯爽と用意された家へと帰る。
「おはようございます」
ゼロは昨日と同じく爽やかな笑顔を向けて挨拶する。
「あんた、学校は?」
紫苑はうんざりしながら尋ねる。
それも仕方がない。
朝早くにチャイムを何度も鳴らされて無理矢理起こされたのだから。
「今日は土曜日なので休みです」
「……そう」
紫苑は今日が土曜日だと知り、頭が痛くなる。
昨日のゼロの服装で高校生だと知り、来るのは夕方だと思っていたので、それまでに逃げればいいと思っていたのに、まさか今日が土曜日だと思わず、曜日を確認しなかった昨日の自分の愚かさを殴りたくなる。
今日も昨日と同じことをされるのかと思うと恐ろしくてたまらない。
「こんな朝早くまで来て、いったい私に何の用?」
紫苑は突き放すように冷たい声で言う。
「その前に確認させて下さい。あなたが七海紫苑さんですよね」
「確信があるから、今日も来たんでしょう。あなたにとっての答えはそれで十分なんじゃない?」
「確かに、そうですね」
「それで、要件はなに?」
「七海“探偵”に解決してほしいことがあるんです」
探偵。
その言葉を聞いた瞬間、紫苑は昔のことを思い出した。
探偵としてあらゆる事件を解決し、犯人を捕まえたこと。
そして、自分が探偵をやめることになった事件。
最後に捕まえた犯人のことを。
殺された被害者の顔を。
「……やめて」
自分が昔のように探偵と呼ばれるのは許せなかった。
大切な人を守ることができなかった自分に、そう呼ばれる資格はないと思っていたから。
「二度と私を探偵と呼ばないで。もし呼んだら……」
事件を解決しない、そう続けたかったのに言えなかった。
探偵はとっくの昔に辞めたのに、二度と関わらないと決めたのに、探偵としての誇りを捨てる、脅しの言葉を吐くことはできなかった。
「二度といいません」
ゼロは、紫苑の表情から彼女にとってあの事件は相当なトラウマなのだと理解した。
殺し屋として育てられたゼロは感情に乏しく、他人に共感することができない。
したいとも思わない。
今現在も、紫苑が目の前で唇を噛んで耐えている姿を見ても何も思わない。
ただ、任務遂行のために紫苑の言うとおりにしたほうがいいと思い、素直に返事しただけだった。
「七海さんに解決してほしい事件というのが……」
紫苑に近づくために用意した事件を渡そうとカバンから取り出そうとしたそのとき、手で制止された。
「悪いけど、探偵は辞めたの。他をあたって」
何となく、自分に会いに来た時点で彼の用が何かは察していたが、違うかもしれないと思って言い出さなかった。
だが、はっきりと事件を解決してくれと言われた以上、無理というしかない。
そんな暇は紫苑にはないのだから。
「そうですか。なら、仕方ありませんね」
ゼロはにっこりと笑う。
その笑みを見た瞬間、紫苑は嫌な予感がした。
昨日もこんなやり取りをしたような、と思っているとゼロにまたもや笑顔で恐ろしいことを言われる。
「事件を解決してくれるまで、毎日会いに来ますね」
その言葉を聞いた瞬間、紫苑はこう思った。
終わった、と。
※※※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます