第5話 神託

「実はあながち妄想の一言で済ませるわけにはいかない話なのよ。

 王家とラーミア教の教会とで情報共有している内容で、この話はまだ公にされていないのだけど、先日神託がおりたの。

 『魔王復活を目論む者たちがいる。近いうちに孤児の中から聖女が選別されるだろう』

 という内容だったわ。」

 ルナはそう言ってマリアの方に目を向けた。

 ということは…

「そう。マリアは聖女の最有力候補よ。なので、神殿騎士が護衛としてつくことになって、それがカーシャね。

 そして、本当に魔王を討伐したら、勇者に対する礼として、王族から私があてがわれることになったので、その時には王位継承権を返還することになったの。いくら武勇に優れた勇者でも、国を任せるのはまた別の話だから、ね。」

「そんな人をモノ扱いするなんて…規範となる王家がそれで良いのか?」

 思わず口をついて出てしまった。

 この国は貴族であろうが、基本自由恋愛で婚姻を結んでいる。

 基本は一夫一妻制。複数の妻を持つこともできなくはないが、相応の理由がある場合で、家族間での揉め事を起こさないことが必須条件だ。

 だから政略結婚などはゼロではないが、あまり良い結果には繋がらない。夫婦仲が悪いところは、すぐに噂になるからね。

「まぁ、ねえ…名目上は『王家として礼を尽くす』という意味で、ではあるのだけど、金銭は国家規模を考えると大したものにならないし、大金渡して国が傾いても問題になるし、地位を与えるにしても、どんな資質があるか判断できないから領地や国政任せるわけにもいかないし…となると、教会からは聖女がお相手として決まると思うので、そこに乗っかるくらいしか手はないのよね。

 で、先日、聖女候補の娘たちと話していて『マリアが選ぶ勇者ならきっと大丈夫』と思えたから、私としては異論ないわ。

 他の娘が聖女に認定されたら、ちょっとわからないけどね。」

 てへっ、と軽く舌を出すルナ。まぁ、5歳の頃から知ってる俺がいるから、砕けた口調でわかりやすく説明してくれて助かった。変に気を使わないで済むように対応してくれるのは、毎回さすがと言う他無いな。

「ルナ様…」

 マリアがつぶやくと

「様はいらないって前にも言ったでしょ!私はマリアと友だちになりたいのだから。」

「あー…でも、これ、俺が聞いても良かったのか?かなりの重要な機密事項だよな…」

「大丈夫でしょ。ガートナー家の『神童』様。久々に会うのが楽しみだったのだけど、先日マリアと話した時に、まさかと思ってたけど、アンナさんだっけ?の話聞いて確信したわ。マリアが選ぶなら、きっと貴方になると思うから、大丈夫よ。

 まぁ、貴方が選ばれるのなら、王位継承権を返上する必要無いかもしれないけど…」

 へっ?

 どゆこと?

「『神童』とかいつの話だ。ルナの場合は、あまりのお転婆ぶりに王位継承権を取り上げられるんじゃなかったのか。この『お転婆姫』。」

「むー。なんてこと言うかな。これでも成長して今は淑女なのよ、私は。才媛とか呼ばれることもあるんだから。」

 知ってる。

 …メリッサがこめかみを押さえているが、見なかったことにしよう…

 実はルナとは5歳の頃に顔を合わせている。そして、なぜかルナとウマがあった俺が文字通り振り回されて、ヒドい目にあったのだ。いや、だから鍛えて見返してやろうと思ったというのもあるんだけど…

 それはまぁいいとして。俺が勇者に選ばれる?

 とマリアを見たら、顔を真っ赤にして俯いていた。

 そして目をキラキラさせて握りこぶしを作り、全力で頷くアンナがいた…

 …アンナの後ろにバタバタと振り回される尻尾が見えるような気がするのは気の所為だよな。この世界に獣人もエルフもドワーフも魔族もいないけど…


 というか、いや待て。

 なにげにルナとの結婚になるようなんだが、それはどうなんだ?

「えーと、ちょっと整理しよう。

 マリアが聖女に選ばれると、俺が勇者に選ばれて、マリアと結婚することになるのかな?そこにルナがもれなく付いてくる、ということになるのか???」

「端的に言えばそうなるわね。まぁ、その間に復活した魔王討伐というお仕事があるはずだけど。そのときはよろしくね、旦那様❤️」

 と茶目っ気たっぷりにウィンクしやがった。

「なぁ、素朴な疑問だが…まだ魔王は復活していないんだよな?

 勇者の伝承通りなら、魔王が生まれて聖女が神託で選定される。その聖女が勇者を選定する、でいいのかな?

 だから、魔王が復活したら聖女が選定される、と…そして聖女に勇者が選定されるわけか…

 もし魔王が復活しなかったらどうなるんだ?」

 聞いていた全員が固まった。

「え?それ…は……どうなるのかしら?」

 ルナも困惑している。

「聖女も勇者も選定されずに平和に終わるんじゃねぇか?

 そうなったら、あの赤髪の妄想も妄想のままで終わるじゃねぇか。」

「でも神託が…」

「『近いうちに』なんだよな。いつとは明確に言われていないのだから、神様にとっての『近いうち』だからな。人の感覚とは違う可能性が高い。だから俺達の代で選定されるとは限らないだろ?

 仮に聖女が選定されたとしても、魔王復活が阻止できているので、勇者の選定は不要、と言えるのだし、勇者選定をうるさく言ってくるのが多いようなら、聖女が好きになった人を勇者として選定して二人で仲良く暮らしました、と終わらせれば良い。その時ルナは一人寂しく身を引くことになりそうだが…」

「ちょっと待って。そうなると、私一人が寂しい想いをするだけじゃない!そうなるくらいなら、勇者選定させない方に持っていくわよ。そうすればマリアと二人で慰め合えるし…」

「マリアを巻き込むなよ、可愛そうだろ。」

「じゃ、私は可愛そうじゃないの!?」

「いや、だってその可能性考えずに王位継承権を手放すとか言ってるんだから、仕方ないだろ。」

「ぐぐぐ…い、いやそれならアルフに責任取ってもらえばいいか!」

「いや、俺としてはルナに振り回されるのは勘弁したいので遠慮する。メリッサの様子見ると、お転婆ぶりに苦労していそうだしな。」

 ルナがメリッサをジト目で見ている…

 そんなやり取りを見ていたマリアが吹き出した。

「あはははっ…そんな先のことは、今は良いじゃないですか。

 神託は『魔王復活を目論む者たちがいる』なんですから、それを事前に潰せれば良いというのもその通りですよね。でも、どうやって特定するんですか?」

「そこは、あの赤髪の妄言をちゃんと聞いてみれば良いんじゃないか?

 この世界がやつの言う創作物語の世界なら、この後の出来事もある程度分かるんだろ?」

「「そうか!!」」

 いや、全員反応が良すぎるんだが…バスコ先生まで…

「で、一つ困るのが、ヤツの話からすると、その世界では俺は極悪貴族らしいんだよな。だから、アイツに詳細を聞くのは…ルナが適任のような気がするが、どうだ?」

「そうね、確かに私が良いかも。あ、でもアルフも近くで聞いてよね。私だと気付かない事も、アルフなら何か気付くだろうから。」

「そうだな、扉の影に隠れてとかで聞いた方が良いな、とは思ってた。

 と言う感じで、話を進められますかね?バスコ先生。」

 とバスコ先生の方を向いて聞いてみる。

「そうだな。どうにも話がよく理解できない事ばかりで、聞き取り調査も進まなかったが、少しでも進展させる事と、王家と教会の秘匿事項が関わってると言う理由で話を通せると思う。少し待っていてくれ。話を通してくるから。」

 そう言って、バスコ先生は退室していった。


「はぁ〜…コレが『ガートナー領の改革者』の実力の一端なのね…

 『神童』と呼ばれていた頃から知っていたし、5年前もすごかったけど、そこから更に進化しているわね…自分で体験してみて衝撃を受けたわ。」

 ルナが天を仰ぐ。

「お前な、その『神童』呼びやめろよ。

 お前こそ『お転婆姫』じゃないか。」

「不敬よ!不敬!私はもうお転婆じゃないもん!」

「学園では平等だって言うんだから、不敬にはならないだろ。」

「ぐっ…」

「冗談だよ。『才媛』と呼ばれるお姫様。」

 …側から見たら、戯れあってるように見える2人。

 5歳の時に顔見せして以来、直接会ったのは数えるほどしかないのだが、なぜか毎回気が合って、最終的にはこんな感じに砕けたやり取りをする仲になったんだった。

「あの…『ガートナー領の改革者』って、なんのことですか?」

 マリアが問いかけると、カーシャも頷いている。

 あー、それ気になるよなあ…と思っていると、ルナが答えた。

「ここ数年、ガートナー領が大きく発展してるのは知ってる?」

「噂程度ですけど…それが理由で男爵から子爵になった、とも聞いてますが…」

「爵位が上がったのは別の理由もあるのだけど、それは置いといて。ガートナー領の発展は、領地運営の改革を進めたことによって起きてるのよね。そして、それを提言してるのが、嫡子のアルフって話なのよ。だからこそ、彼は『改革者』と噂されているのだけど…」

「さっきもそうだが、そもそも俺は素朴に疑問に思った事を口に出しているだけなんだが?みんななんで疑問にすら思わないんだ?」

「こう言って、自分の手柄にはしないので、あくまでも知る人ぞ知る噂でしか無いのだけどね。」

 解せぬ…


 メリッサがアンナに向かってこう言った…

「流石に貴方が信奉する主人ね。レベルが違うわ…」

「でしょ!さすがアルフ様です!」

 目にハートが浮かんでるぞ、アンナ…大丈夫か?

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