第2話 王立学園入学式
ここ、アルティス王国では15歳になる国民は全て、王立学園の入学試験を受ける義務がある。そして合格した人間は全寮制の王立学園で16歳になる年から3年間学ぶことになる。そして卒業する18歳には成人として認められる。
この学園の制度は身分に関係なく有能な人材を発掘し、国力を上げるための措置でもある。武力、魔法、学力などなど、一芸に秀でているものだけでなく、能力向上の見込みがあるものも含めて入学させている。ただし性格面で難があり、素行の改善が見込めない者は実力があっても途中で退学させられる。入学試験の段階では実力の確認がメインで、性格に関しては、学園生活での改善を期待しての措置でもある。
つまりこの学園を無事に卒業した時点で、人格面に問題がなく、有能な人材であることが証明され、将来が約束されるのだ。
武力が優れていれば騎士団からオファーが来るし、学力が高ければ王宮での事務仕事を紹介されたりする。
平民から成り上がるのには最適な環境だ。そして実は、他国と比べ規模が小さいこの国にとっても、有能な人材を国内に確保できるという大きなメリットがあった。
その反面、貴族にとっては子供が学園に入学できないと言うのは致命的だ。少なくとも学力に関しては家庭教師などで事前に学習する機会が平民より多く確保できる。それを満足にやらずに、武力も魔法も鍛錬していない、ということになるのだ。入学できなかった時点で、子供の方は家からの追放。人徳があれば誰かが指導してくれる。が、大抵は性格に難があり、どこかを彷徨い生き残れば犯罪者、と言うパターンだ。そんな事になれば親の方もダメージを受ける。爵位が下がる事になるので、ほぼ全ての貴族家では、教育を徹底するのだ。
仮に学園に入らない平民などはどうなるか、というと、大抵何かしらの仕事に見習いとして従事する。その場合、親方となる人物が衣食住含めて一人前になるように指導する。見習いの期間は基本3年間だ。つまり晴れて成人を迎えるときには一人前に扱われる。
あと、途中で退学になった者は…犯罪組織が勧誘に来る。まぁ、何かしら実力を持ちながら人格に問題があるということでもあるのだから、当然といえば当然だ。国としてもそのへんはわかっているので、しっかりと監視が付いている。当人にはわからないように、という形が殆どで、犯罪組織が接触してくれればその組織ごと検挙できるように、そうでなくても犯罪を犯せば即座に確保できるように、という点も含めてアフターフォローを行っている。ちなみに、この辺の流れは学園改革として、5年ほど前に我が家が王家と一緒に体制を作り上げた。そのおかげで大きな犯罪組織を壊滅させることができたのだが、それはまた別のお話。
今日はその王立学園の入学式。
いつも命を狙われたり、誘拐される恐れがある貴族の子息は護衛を連れているのだが、この日に限り『身分の差関係なく学んでいく』ことを体現するために、校門から入学式が行われる講堂までの間、護衛とは別ルートで移動することになっている。学園の中では身分の差なく、皆等しく自分の足で歩くことがその第一歩、というわけだ。
が、そこで同じく入学する子供に襲撃されるという異例の事態が起きたのだった。
…小さな頃から暗殺者に育て上げれば、このタイミングなら貴族家子息を暗殺するのも容易だってことが発覚してしまったな。王族が入学する年とか、今後どうすんだよ…まぁ、今年も王族の入学はあるはずなので、大問題として扱われそうだな…
「さて、と…あいつは放っておいて、入学式に向かおうか。」
と、眼の前の美少女に手を差し伸べて
「俺はアルフレッド・ガートナーと言う。アルフと呼んでくれ。よろしく頼む。」
と名乗った。家のことは敢えて言わない。この学園の主旨を考えたら貴族家であることは言わないほうが良いだろう。貴族なら家名でわかるだろうし、平民なら家名を聞いても貴族かどうかなんて判断できないだろうしな。
「あ、ありがとうございます。私はマリアベル・ストレインといいます。マリアと呼んでください。」
彼女は、俺の手を取り立ち上がり、にこやかに微笑んだ。
その笑顔の美しさと可愛らしさに一瞬見惚れてしまう。
また心臓がうるさい。
「さて、講堂に行こう」
と照れ隠しも兼ねて歩き始めると、彼女に呼び止められた。
「あの…また同じようなことがあると怖いので、手を繋いで行ってもらっても良いですか?」
そうだな。彼女はこんな殺伐とした事態は経験がないだろうし、先程の恐怖もあるだろう。
「わかった。」
そう言って彼女の右手を取り、歩き始めた。
やはり女の子の手は小さくて柔らかいんだなぁ…などと思いながら、なぜかまた俺の鼓動が早まっている気がする。まぁ、こんな美少女と手を繋いで歩くなんて、まずあり得ないことだからな。ともかく彼女を安心させてあげないと…
「怖かっただろう?もう大丈夫だよ。講堂まで行けば各貴族の護衛なども揃っているから、こんな事態は起きないと思うぞ。」
「確かに怖かったです。死ぬかと思いました。でもアルフさんが守ってくれたので、もう怖くないですよ。それに講堂まで行かなくてもアルフさんがいれば安全ですから。アルフさん、守ってくれますよね?」
横を見ると、信頼しきった目を向けて微笑む。
「まぁ、俺は鍛えているからね…」
目を逸らし、頬をかいた。
…今日、俺の心臓はどうしたんだ。やたらうるさい。それにやけに暑いな…
この国に限らず、貴族家子息は命を狙われたり、誘拐の危険があったりする。護衛を引き剥がされたときに何もできないのは非常に問題だ。最低限、緊急時に自衛できるよう鍛えておく必要がある。
…と理由をつけて、学業以外に武術と魔法の家庭教師を父上に頼んでつけてもらったんだよな、5歳の頃から。おかげで領内でも上から数えたほうが早いレベルの実力は身につけた。結果的に護衛は不要になったし、自衛できる専属メイド一人をお供にするだけで済んだ。なので、他の貴族家よりも護衛などの費用は抑えられるし、領内の戦力も今まで通りだ。余った資金は領民に還元すれば、領地が潤うはずだ。
そんなことを思いつつ、マリアと他愛もないことを話しながら、講堂に入った。
「アルフ様?早くもナンパですか?」
講堂に入った途端、背後から殺気とともに声がかかる。
ギギギ…と音がするかのように振り返ると、専属メイドのアンナが一切笑っていない目で笑顔を作り、殺気を纏って立っていた。
「な、なんのことかな?」
相変わらず気配を消して人の背後をとるのがうまいな、アンナは…
そのまま首にナイフを突きつけられても反応できないぞ…
「そちらのお嬢様は?」
怖い。目が笑っていない笑顔って、こんなに怖いんだ。師匠の殺気浴びてもここまで怖くないと、今なら言える。本能的な恐怖だ、これ…
「マリアベル・ストレインと言います。先程アルフレッド様に危ないところを助けていただきました。私がまだ怖かったので手を繋いでいてもらったんです。」
マリアがフォローしてくれた。アンナの殺気が弱まる。助かった。
「そうでしたか。失礼いたしました。アルフ様の専属メイド兼護衛のアンナと申します。よろしくお願いいたします。」
アンナが丁寧にお辞儀を返す。
良かった。いつものアンナに戻った。
「じゃ、席に行こうか。」
マリアを促し、新入生用の席に向かおうとすると、アンナが耳元で囁く。
「後ほど『詳しく』教えてくださいね、アルフ様?」
「お、おう…わかった。」
なんだろう。殺気がこもっていたりするわけでもないのに、背中に冷たいものが走ったよ…
入学式は滞りなく、無事に終わった。
本来は学園長の長い話のあとに、新入生代表の挨拶があるとかいう話だったが、無くなったのだ。
どうやら新入生代表として、その時の入試成績優秀者に代表挨拶の依頼が来るようなのだが、
「身分関係なく、切磋琢磨していく仲間に対して、入試の成績優秀者による挨拶というのが裏で決まっているというのは不自然なのでは?入試の成績が良いのは、その前の事前学習で決まってしまうのだから、結果的に貴族籍になると思いますし…」
と進言したら、反論できなかったようで無くなったのだ。
そう、俺に依頼が来たんだよ。面倒だったのと、変に目立ちたくなかったので断りたかったんだが、断った結果、次に依頼が行く人…多分、才媛と呼ばれる王女だろうが…に俺が断ったことが伝わるだろうし、そうなると後がうるさいんだよな。おまけに学園関係者からも変な目で見られそうだったから、それらしい言い訳を考えて新入生挨拶自体を無くすよう誘導…いや、提案したんだ。
結果的に式の進行は学園長の話が長いことを考慮して予定を組んだところ、今までなら予定時間より長くかかることの方が多かったのが、珍しく時間通りに進行できたようで、護衛たちの席の方では「おお、時間通りに終わるとは…」とかの声が聞こえたくらいだ。
…学園長、どれだけ長話なんだ?
ともかく入学式は無事に終わった。
その後講堂の外に出たところで、式が始まる前の騒動を知らない人が校舎の壁のヒビを見てざわついていたが、何かあったことを知ってる人間が説明していたりするようだった。
…そーいや、あの赤髪、どうなったんだろう?
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