第6話 準備

町を出る前に道具屋に立ち寄った。旅のお役立ちアイテムが揃っているお店だ。俺が真っ先に向かったのは罠が並んでいるところだ。種類はたったのひとつ、地面に埋め込むタイプで、踏んだら強めの電流が流れるものだ。


「罠を使用するのですか?」

「はい、正攻法じゃ行かないと思うので」


ケインさんが実力者だとしても、彼はあくまで僧侶だ。攻撃担当は俺になるはずだ。とはいえ10レベのひよっこ勇者候補が真正面から戦ったのなら結果は目に見えている。のだが、ケインさんが少し不思議そうな顔をするから不安になる。


「もしかして、シロタマモドキには効かないんですか?」

「そのような情報はありませんよ。ただ、珍しいなと」

「珍しい……?」


ケインさんはこくりと頷いた。


「真正面から突っ込んでいかれる方が多いので。特に貴方のような初心者の方はその傾向があります」

「実力があるならそれでもいいですけど」


真正面からせいやっと一刀両断に憧れる気持ちも無くはない。攻撃は最大の防御とも言う。だが、俺はそれはできない。


「俺、戦闘能力すごく低いですから。師匠には弱すぎて呆れられましたし」


 ふと師匠の顔を思い出す。かなり優秀な勇者候補を何人も排出してきた師匠が、呆れを通り越して『わしの教え方が悪いのか』と泣きそうになっていた姿は生涯忘れられない。最終的には『お前は弱い!自分の腕を疑え!頭を使え!』とまで言われる始末だ。流石に傷付いたが、師匠はそれでも俺を追い払うことをしなかったのだ。そのことを思い出す度に罪悪感が胸を締め上げる、同時に感謝の気持ちも込み上げてくるのだった。


「貴方の慎重な所は好感を持てます」

「え?ケインさんとしては突っ込んでいってくれた方が、お金取れるし都合が良いのでは」

「私をなんだと思っているんですか。正当に請求はしますが、無駄な怪我はないに超したことはありません」


 ちゃんと僧侶っぽいところあるんだなと少しだけ思い直した。


「うん、そうですよね。ごめんなさい」

「わかっていただければ良いのです。ですが、少し無茶したとしてもサポートしますので、攻撃は積極的に」

「あれ?さっきっと言っていること真逆では」


雑談をしつつ、罠をひとつ会計台へとのせた。こんな時のためのへそくりだ。断腸の思いで銀貨を引っ張り出そうとした、その時だった。


「店主様、纏めて購入するので大銅貨1枚ほどお安くできませんか?」


ケインさんは俺の会計に追加で罠を2つを割り込ませ値切りを始めた。待って3つも買えるお金はない!そんな反論を挟む間もなく、強面の店主が鋭くケインを睨みつけた。


「あぁん?こちとら良心的な値段でやってんだ!お断りだね」


店主の太い声に、店内の空気がピリピリする。ケインさんは諦める様子を見せないどころか、新たに針のついた小瓶のような何かをすっと取り出した。


「では、こちらも購入しますので、端数を切り落としていただけないですか?」


売り物らしいのだか、何それという質問は割り込ませられなさそうだ。ケインさんの表情は今度は、とんでもなく真剣だ。


「端数?……ああ、小銅貨2枚か」


細かい!細すぎる。最初の値切りの0.2倍の金額だ。確かに安いパンなら2つ買えるけど、経費なら仕方ないと諦められる金額だ。


「仕方ねぇな。銀貨3枚と大銅貨1枚だ」

「ありがとうございます。こちらでお願いします」


呆気に取られているあいだに、ケインさんはピッタリと支払えば罠のみを俺に渡した。バタバタと店を後にする。


「ケインさん、ありがとうございます。3つも買ってくれて」

「ひとつでは心許ないでしょう。破壊される可能性もありますし」

「それは、そう……ですね」


買えるものならいくらでも買いたいという欲はあったか、お財布が許してくれなかったのだ。まさか、ケインさんが出してくれるとは思わなかったし。


「もちろん、使用した分は請求しますので」

「……はい」


少しずつこの人がわかってきたような気がするような、分からないような。


町の門の前で少し立ち止まる。ここに来たのはたぶん、この町に入って以来だろう。石造りの門は見上げるほどに高い。所々苔が生え、ツタが伸び、可愛らしい小さな花まで咲いている。ただ町の名前が刻まれているプレートだけはピカピカで、清掃員の努力がうかがえる。木製の大きな扉が2枚、今は全開だ。穏やかな風が町へ堂々と入り込む。顔見知りの門番があくびをしていたのを見てしまった。向かいの門番は椅子に座り、大きく伸びをしているところ、俺と目が合い、笑って誤魔化そうとしていた。でも、こんな風景がどこでも見られるようになるくらいが、ちょうどいいのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は町の外に一歩踏み出した。

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