第5話 第一歩


結局、ケインさんから完治を言い渡されるまで3日かかった。ここ最近ろくに食べれてなかったし、焦ってお使い系クエストびっしり入れたのが原因だ。身体は回復したが、お財布の中は回復するどころか酷い有様だ。3食きっちり食べて、きっちり請求されたら当然だ。


「魔物討伐系かぁ……」


冒険者ギルドに向かう足取りは重かった。いつかは挑戦するものとはいえ、はじめての経験はちょっと怖い。


「弱気になるな!鍛錬も積んできたし、戦術論の基礎も何十回も読み直したし」


あえて声に出し、頬を軽く叩く。さぁ、勇者候補ユウ!新しい第一歩だ!そう1歩踏み出すも、少し歩幅が足りない。結局もう一歩で調整することとなった。先行き不安だ。

酒場の扉を開いた。ぎぃっと軽い木製の扉が擦れる音が響いく。少し遅めの朝の冒険者ギルドは、武器の手入れをするもの、計画を練っているものと独特の落ち着きがその場を支配している。既にケインさんとギルドマスターが受付で話し込んでいる。何やら嫌な予感がする。


「本気か?推奨レベル25だぞ」

「問題ありま……」

「に、にじゅうご?!」


俺の叫び声にふたりの視線が一斉にこちらへと集まる。あまりの驚きに話に横入りしてしまった。


「すみません、おはようございます」

「おはようございます、では準備しましょうか」

「はい……じゃなくて!待ってください」


自然な流れでギルドの外へ向かおうとしたケインさん。危うく着いていきそうになった。俺は一呼吸置いて、彼に尋ねる。


「推奨レベル25って俺も受けるクエストですか?」


きっと、聞き間違いだ。誤解だ。そう信じて尋ねるも、ケインさんは不思議そうな顔をする。


「そうですが」


思わず言葉を失った。


「えっと、おっちゃん。推奨レベルってそんな無視していいんですか?」

「良い訳あるか!自分のレベルより下を受けるのが基本だ!」


ギルドマスターの回答にますます不穏な空気が濃くなる。


「問題ないですよ、私がついておりますし。それともレベルの低いものを複数受注しますか?ユウさんのお支払い金額が増えるだけですよ」


先日のケインの契約書を思い出す。確かに、理想的に考えるのなら1回で沢山稼ぐのがいいとは思う。思うけど


「……だとしても俺10レベですよ」

「そうだな、魔物と出くわした瞬間におさらばだな」

「おさらばって、おっちゃん…」


縁起でもない。そう言いたかったが、ギルドマスターは真剣だ。


「これでもかなり安全なものを選んでいるのですが」

「……どんなクエストなんですか?」


聞くだけ聞いてみよう。推奨レベルはあくまで推奨だし。ケインさんは懐からクエスト受注票を取り出した。


 依頼はシンプルだ。場所はシェオカという小さな隣村。突如出現した魔物シロタマモドキを倒して欲しいとの事。死傷者が出ており、凶暴なため村人だけではどうしようもないらしい。報酬は金貨10枚。『緊急』と赤いくデカデカと書かれている。


「シロタマモドキ?小さいふわふわの?」

「今回の個体は1m程です」

「……おおきくない?」


ケインさんは魔物の詳細が書かれた所を指さす。白く長い体毛に覆われており、短い4足の足で歩く魔物。鋭い牙と、火の玉を吐き出すのが特徴。……俺の苦手な魔物だ。



炎の海は視界を歪め、全てが焦げる匂いが鼻にこびりつき、息苦しかったのを覚えている。すると目の前に何かが現れた。俺よりもうんと小さくて、少し愛らしい見た目をした、白くてふわふわの……魔物だ。つぶらな赤い瞳はこちらをじっと見つめている。その目には怯えも恐怖もない、静かな殺意が明確にこちらを捉えていた。すぐさま背を向け、逃げ出すも、首に鋭い痛みが走る。勢いのままに地面に転がった。痛すぎて痛すぎて、痛い以外の言葉が無くなった。俺死ぬんだ。ようやく痛い以外の言葉が出てきたその瞬間、暖かな光に包まれた。痛みはいつの間にか消えていて……



現実と焦点が合えば、嫌な汗が頬を伝った。服の袖口でそれを拭う。トラウマを掘り起こしている場合では無い。


「いかがされましたか?」


目の前には心配そうな表情を浮かべるケインさんがいた。


「いや、あはは。やっぱりちょっとレベル高いなぁって思っただけです」


無理に笑ってみせるも、ケインは眉をひそめじっと俺の目を見つめていた。


「何度も申し上げますが、その点についてはご安心を。ただ、いただくものは、いただきますので」


彼はものすごく綺麗な笑顔をつくり、親指と人差し指では円をつくる。見た目には完璧な微笑みなのだが、裏に潜む何かを隠す仮面のようにも思えた。


「ユウ、確かにケインは実力はある。が、お前さんはひよっこもひよっこだ」


ギルドマスターは小さくため息をつき、俺の肩を軽く叩いた。


「無理はするな」


彼の温かさが伝わってくるようだった。俺は深く深呼吸をした。喉はカラカラ、手の平は汗でじっとりしている。絶対あのトラウマ魔物だし、推奨レベルは高いし、怖い。でも、俺は、逃げたくなかった。


「受けます、俺」

「そうそう、キャンセルして当然だこんなもん……」


ギルドマスターは大きく目を見開いた。


「は?今、受けるって言ったか?」


その声は驚きと、少しの呆れを含んでいた。彼の反応に少し怯みそうになる。でも、俺みたいな思いをする人は1人だって増やしてはいけない。


「困っている人がいるんだし、見て見ぬ振りは……いけないと思う。それに……」


 ここで逃げたら、俺はたぶん後悔する。きっと、ケインさんだって、勝算あってこのクエストを持ってきたはすた。ギルドマスターもケインさんは実力はあるとそう言っていた。


「……俺ひとりじゃないから。ケインさんがついているし」


ちょっぴり声震えてたかもしれない。ギルドマスターは俺の目をしばらく見つめていたが、やがて肩を落とした。だがその目にはほんの少しの期待を宿していた、と、思いたい。


「危なくなったらたったと帰ってこい、命無くしちゃなんも出来ねぇ」

「もちろん!いざと言う時は全力で逃げます!」


その宣言が1番力強かったことに気がつき、顔が熱くなった。いやいや、戦略的撤退も時には大切だから。だって俺が死んだら、俺は誰も助けられない。俺はケインさんと共に冒険者ギルドを後にする。

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