第2話 仮眠

 辺りはすっかり暗くなった。宿を横目に通り過ぎ、鍛錬場へと向かうことにした。 宿代を浮かせるために、少しだけ休憩室で仮眠させてもらおう。少しなら多分大丈夫だ。


 薄暗く冷えた空間に、他の冒険者たちが入っては出ていく音が遠くに聞こえた。休憩室とは言っても、大それたものがある訳では無い。壁と屋根と長椅子がいくつかあるだけの空間だ。それでも、今の俺には贅沢なものに感じた。椅子に腰かけ、少しだけ目をつぶった。すると空っぽの腹が気になり始め、薄っぺらくなった腹に手を当てる。これじゃあ魔王の前に、空腹でダウンしてしまう。だけれども、俺一人で魔物討伐系のクエストをこなすなら、経験を積んで、少しでもレベルに余裕を持っておかないと不安で仕方ない。そうだはやく、レベルを、あげ……


「そんなところで眠っていては、風邪をひいてしまいますよ?」


 優しげで落ち着いた声が降ってきた。低くて落ち着きのある声は、耳に心地よい。うっすらと瞼を持ち上げれば、穏やかな笑みを浮かべた端正な顔立ちをした男性が立っていた。サラサラとした髪は肩ほどに切りそろえられている。青い瞳は透き通っており、静かな水面を思わせる。視界がぼやけ、俺は目を擦った。


「……すみません」


 立ち上がろうとするも、足に力が入らずふらつき相手に受け止められた。色んなものが二重に見え、頭はズキズキと痛い。喉もカラカラだ。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫です、すみません。迷惑をかけてしまって」


 喉が渇いて声が上手く形を音を作らなかった。頭の中に細く硬い蔦が何重にも絡まったように痛い。身体も鉛のように重いが、今動かないと石像にでもなってしまいそうだ。休憩室の扉に手をかけ、視界が霞んで、耳鳴りが響く。足は前に進ませながら、その足はどこに向かおうとしているのだろう。きぃと扉を開いた音は静寂へと吸い込まれていく。それを最後に、薄暗い意識の中に沈んでいた。

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