勇者候補No.002024の冒険記録@大改稿祭り開催中
磁石もどき
第1部 勇者候補
第1章 勇者候補は金欠
第1話 お使い系クエストクリア
勇者候補を名乗ってから、はや数ヶ月。
俺は、金欠と空腹に悩まされていた。
……まぁ、お使い系クエストしかやってない、俺が悪いんだけど。
見上げるほどに高い棚に、ぎっしりと本が詰まっている。俺は達成感と、少しの悔しさに息を吐いた。床に積み上げられたままの本が、視界に入る。
今日のお使い系クエストは終了だ。
もう少し時間があれば、片付けられたかも。でも、時間は時間だ。俺は本棚だらけの部屋を後にした。
窓の外からは夕陽が差し込み、部屋を柔らかく照らしている。
その部屋にはお婆さんが一人、杖をつきながら歩いていた。彼女は俺に気がつくと、ニッと笑う。
「もう時間ね、あっという間だねぇ」
申し訳なさから、謝罪の言葉が溢れた。
「すみません、全部は片付けられなかったです」
「いいんだよ。あの子たちは元気が良すぎるから」
俺は首を傾げる。
元気が良すぎる本って、どういうことだろう。
ぐぅぅぅ───
腹の虫は空気を読むわけがない。しかも、すごく大きな音だ。
俺は固まった。いや、もしかしたら、聞こえていなかったかも。
誤魔化すように笑うと、お婆さんは穏やかに微笑んだ。
「おや、お腹が空いているのかい?」
聞こえ、ちゃったのか……。
「えっと、夢中になって、食べるの……忘れちゃって」
俺は誤魔化すように、頭をわしゃわしゃとかいた。
実は、何日もまともな食事を取れてない。だなんて、言えない。
彼女から、硬貨を受け取る。手の中で金属がぶつかる音が聞こえる。
手の中を覗き込むと、そこには銀貨が1枚と小銅貨が身を寄せ合っていた。
とてもささやかな、クエスト報酬だ。
「勇者様、ちょっとだけ待ってちょうだい」
彼女はそういうと、部屋の奥へと消えていった。
——勇者様、か。
その一言が、胸に募る罪悪感を膨らませていく。
わかっている、『勇者候補』じゃ長いから『勇者』って言われているだけだって言うのは。
それでも、魔物を倒したこともない俺が『勇者』は、重すぎる。
一人ぼっちになった部屋で、言葉にもしない独り言が浮かんでは消えていく。
それにしても、まだなんか、あったけ。クエストの手続きとかは、冒険者ギルドのはずだし。
お婆さんが残していった大きな杖を、ぼんやりと眺めていた。
彼女の足音が部屋の奥から聞こえてきた。その手にはカゴの中に入ったパンがあった。
おいし……いやいや。俺はぎゅっと拳を握る。お婆さんは、そのパンを差し出した。
「どうぞ」
「いえ、いただくわけには」
「これはね、私が作ったパンでね。お爺さんも大好きな味だったんだ。とってもおいしいから、勇者様にも食べてもらいたいんだよ」
小さな引っ掛かりを気にしているうちに、俺の手の平にパンが乗せられた。
おいしそうな香りが鼻をくすぐり、腹の音がまたなった。
「ありがとうございます! 後でじっくりいただきます」
決めた。またお婆さんがクエストを発行したら、絶対に受けようと。
その時は、今日のパン分以上に、働こうと。
俺はお婆さんの家を後にする。自分のお財布の中身を覗き、ため息が出た。
銀貨1枚と、銅貨が少しだけ。
ギルドの宿を取ったら1日分。切り詰めても、今後のことを考えるとパンしか食べれない。
魔物討伐系のクエストに挑めば、もう少し生活が楽にはなる。でも……。
少し前、勇者候補が魔物討伐から帰ってこなかったと聞いた。
逃げ出したんだろう、と酒場のおっさんは笑っていたけど。
それなら、どんなに良いだろう。
もしかしたら、その勇者候補は、この世のどこにもいないのかもしれない。
脳裏をよぎる過去の記憶は、恐怖心をそっと撫でた。
……怖がっている場合じゃない。俺も早く、俺を助けてくれた勇者候補みたいにならないと、ダメだ。
焦る気持ちに首を振った。俺はまだ弱すぎる。冒険者レベルはまだまだだし、仲間を集いたくても守り切れる自信がない。だから、もっと鍛錬を積んで、強くなって……魔物討伐は、そのあとだ。まずはできることからやるんだ。
いただいたパンを小さくちぎり、口の中に運んだ。
ゆっくりと噛み締めると、バターの香りがほんのりとした。
少し甘くて、美味しくて。視界が少し滲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます