第2話
鳥居の前で一礼をしてから、数段階段をのぼり境内に向かう。
しんと静かな神社の境内にも、それなりに参拝客でにぎわっている。
参道脇の灯篭や提灯に火がともり、明るい。
手水舎で手と口を清めると、本殿に向かう。
口数が多い柳も、口をつぐんで歩いている。
首をすくめているから、寒いだけかもしれない。
本殿前には参拝客で列をなしていた。
「どうする並ぶか?」
「ここまで来たんだから」
並んでいる時間に、仕事のこと観た映画のこと、読んだマンガのこと、美味しい店があったなどをしゃべっていると、待つ時間もそれなりに楽しいもので――。
「地元はどーしてこー寒いんだよ」
柳はマフラーで顔をぐるぐる巻きにして、ぼやいている。
「特に、今日は風がきついな。雪でも降るんじゃない」
「げっ、そんな予報出てた?」
「北の方は寒波って言ってた」
「……マジ? さむ」
そんな会話をしているうちに、順番が回ってきた。
お賽銭を賽銭箱に入れ、鈴をならす。
がらんがらんと深い音がする。二拝二拍手一拝をして、願い事をした。
参拝が終わり、おみくじを引くという柳についていく。
「毎年、初詣に来るとおみくじをひいてるな」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。年初めの運試しってな」
人の波をぬうように歩き、巫女さんがいるところまでくると、おみくじを引いた。
「『小吉』って微妙」
ま、良くもないけど、悪くもないからいっか。と、
「オレ、結んでくる」
柳は、言い残して走っていった。
待っている間、手持ち無沙汰になり、近くのお神酒をもらった。
自分のぶんは、甘酒だ。
参道の脇に立ち、おみくじを結んでいる柳を見ていた。
でも、なかなかうまく結べないようで、折りたたんでは結び直している。
悪戦苦闘ののちに結べたのか、辺りを見渡し、俺を見つけて駆けてきた。
「ほら、お神酒」
「お、いいね。って、実弥は、甘酒か」
柳が俺のカップと渡されたコップを交互に見る。
「実弥、運転代わるから、お神酒飲む?」
「なんで?」
「お酒好きなのに、甘酒じゃ物足りねーことない?」
気遣いに、お酒を飲んでもないのに、お腹のあたりがあたたかい。
「家帰ったら飲むからいいさ。甘酒も好きだしな」
「……オレ、苦手」
舌を出す柳に思わず笑いがこぼれた。
飲み終わり神社を後にして、来た道を戻っていると、柳が俺の袖口を引っ張ってきた。
「……! どした?」
立ち止まらないで歩く柳に、歩調を合わせて歩いていく。
「オレは怖いんだ」
おもむろに話し出した柳に、なにを言おうとしているのかと、ドキッとした。
けれど、柳から「怖い」理由を話してほしくて、「なにが」とは聞かなかった。
「だから、明日まで一緒にいていい?」
まだ、下を向いたままだ。髪の毛が表情を隠している。
思わずかき上げて、見て見たくなった衝動を必死に抑え込む。そして、
「ああ」
とだけ言った。
俺は、柳の恋人でもない、ただの友人だ。
だから、抱きしめることはできない。
できるとすれば……。
安心できるように肩を抱き寄せた。
すると、柳が腰に腕を回してきた。
側から見れば、友だちと言うよりも恋人に見えるかもしれない。
でも、恋人ではなく、友人だ。
この『友人』という枷がなければ、俺と柳の関係はどうなるのか。
恋人や家族みたいな絶対的な縛りもない『友人』というのは、関係がどう変わるかわからない。
集まっていた友人たちが一人減り、二人減り。今は、二人だけ。
それが俺にとっては居心地がいいが、柳にとっては『怖い』のかもしれない。
しんみりしていると、柳が腰回りに両手を回して、抱きついてきた。
「な、なに?」
一瞬泣いているのかと思って心配したとき、柳が顔をあげた。
ははっと笑っている。
しゅんとなったり、笑ったり、変化が激しい。
まあ、それが柳の通常運転なので、ほっとした。
「やっぱ、誰かと一緒にいるっていいよな」
俺から離れて歩き出した柳が言う。
「一人が寂しかったらこっちに帰ってくるか?」
俺が言うと、少し考えてから柳が答えた。
「実弥がオレんとこに来いよ」
「……」
『オレんとこに来いよ』という返しは想像していなかった。
ただ、安心できればいいのにと少し軽い気持ちで言った。
それぞれに、それぞれの生活がある。相手にも自分にも。
この関係性も、今の生活も、変える勇気が俺にあるのか……。
『帰ってくる』というのは、今の生活をすべてやめるということだ。
柳に『来いよ』と言われて気づいた。
それを相手に求めてはいけない。
求めるんじゃなくて――。
俺が神様に望んだのは、周りや自分の無病息災と、
実弥との今の関係が続きますように――だった。
柳がなにを望んでいるのかわからない。
俺をどう見ているのかわからない。
秘めた気持ちは、もう、墓まで持っていこうと思っていた。
ただ、柳の弱い気持ちを聞いてしまうと、揺らぐ。
隣を歩く柳につぶやくように言った。
「そうだな。考えとく」
「うぉ、マジで!」
絶対だぞ。と喜ぶ柳を見て、少し複雑な気持ちになる。
恋人じゃない、友人として隣にいることが俺にとっては少し不満に思っていることに気づいて、苦笑した。
「異動届、出してみるよ」
「実弥、後悔はさせねーから」
「……? プロポーズみたいだな」
俺は、感じたことをそのまま口に出した。すると、真剣な顔で俺を見てきた。
「結婚すんなよ」
柳の言うそれはどういう意味だろう。
「付き合ってる相手もいない俺が?」
心拍は、さっきからずっと高いままだ。
「もうさ、実弥が結婚したらこーやって会えねーじゃん。そう思ったら怖くて怖くて。オレの前からいなくなるのがこんなに恐怖に感じるならいっそのこと、オレと一緒にいてほしいなって」
「めっちゃ、我儘」
ふっと笑いがもれる。
「そうだよ。わがままで悪いかってーの」
ひとしきり笑ってから、柳に「いいよ」と返事をした。
すると、柳が
「いい加減、『柳』って苗字で呼ばないでさ、『
笑っていたのが不満だったのか、少し不機嫌そうな声。
「柳は柳だ」
「えー」
中学からずっと『柳』だった。名前呼びに変えるにも、なにかきっかけがないと変えづらい。というか恥ずかしい。
「そうだな、異動届が受理されたら、名前で呼ぶよ」
「いいじゃん。今からでも」
「あとのお楽しみにしといて」
関係はあやふやだ。それでも、少しづつ変えていけばいい。
そんなことを思いながら、駐車場までの道を柳と歩いていく。
柳と俺の初詣 立樹 @llias
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