柳と俺の初詣

立樹

第1話 

〈もうすぐ着く〉


 スマホに着信が入った。

「迎えに行くか」

 車に乗り込み、駅に向かった。

 もうすぐ年明けのカウントダウンが始まり、ちょうど電車がつく頃、新年を迎える。

 やなぎは毎年、年末年始の境目に到着する電車に乗って地元に帰ってきていた。

 俺は地元で就職し、柳は地元から離れた都心で働いている。

 お盆と年始にいつも帰省し、どこかで飲んで話をして、また、いつもの時間に追われる日々を過ごす。そんな関係は、大学を卒業してから十年ほど続いていた。

 最初は、俺と柳だけじゃなかった。仲のいい友だちで集まっていたが、二十五歳を過ぎたぐらいから、一人減り、二人減り、ここ五年ほどは二人で会っている。


 夜中だが、街中はいつもよりも人通りが多かった。

 それもそのはずで、駅近くにある神社があり、初詣に向かうのか、人が向かって歩いている。

 道も電車から降りてくる人を拾うために、列を作っていた。

「もう少し早めに出てくればよかったか」

 と、後悔するのは一度や二度ではない。

 ギリギリが性分でもあり、いつも、それで反省するのだが、あまり直らない。

 それに、柳を待っている時間が好きだった。


 会うまでの待つ時間。

 どんなことを話そうか、なにを話してくれるだろう。

 変わっているのか、変わってないのか。

 そんなことを考えていると、


 コツコツ


 窓をたたく音がした。

 顔を向けると、柳だ。


 ロックを外すと同時に、後部座席に荷物を置いた柳がとなりの助手席へ滑り込んできた。

「あめおめー。いつもサンキューな」

 目にかかった前髪が邪魔なのか、無造作にかき上げながらニッと笑った。 


「明けましておめでとう。それより悪いな。渋滞に引っかかって、動かん」

「気にしねーって。どっか店で飲んで話すのも、家か車内で話すのも一緒だろ」

「話すならどこでもいいってか」

「そーそー。オレさ、こっちに帰ってくんのって、実弥みやに会うのが目的だから」

「お前、そんな口説き文句みたいなの、恥ずかしげもなく言えるね」

「え、もしかして、ドキッとしてくれた?」

 柳が、シートベルトを装着しつつ、身を乗りだしてくる。

「あー、はいはい。ドキッとしたから、ちょっと離れてくれる」

 運転しにくくて仕方がない。と、柳の肩を押し返した。

 臆面もなく言うのは、いつもの柳だ。

 それは変わらない。

 俺にとっては中毒性のある、柳のセリフを聞きたくて一緒にいるのかもしれなかった。


 やっと駅のロータリーにさしかかり、駅前をぐるっと回って、来た道へと折り返す。

 車内は、静かだ。柳は外を見ているし、なにも音楽やラジオ、テレビもつけていない。

 観たり音楽も流せるが、無音が好きだった。

 画面には、カーナビの地図がついているだけ。


 外を見ていた柳が声を「なあ、なあ」と指をさした。


「ん?」

「あそこ、駐車場空いてるって」


 さすがに有名な神社ではないからか、夜中に参拝する人はそれほど多くなく、昼間は埋まっているの駅周辺の駐車場も、掲示板には『空』の表示が出ていた。


「参拝でも行くか」


 俺が言うと、

「行く行く」

と嬉しそうな返事が返ってきた。


「柳、何歳だっけ?」

「まだ、三十三。なんだよ。幼いって言うんだろ」

「わかってんじゃん」

「他では、大人ぶってんだから、実弥みやといる時ぐらい、素でいーの」


 好奇心に満ちた目は、いたずらっぽく笑っていた。

「変わんないな」

 顔立ちは精悍になっても、その表情は幼い頃の柳を思い起こさせた。

「ほっとけ」

 ちょっとすねているのか、むすっとした顔になった。

「悪い意味じゃないさ。安心するってこと」

「そっか」

 すぐに機嫌が直る。ころころと表情が変わるところは、いつまで経っても同じだ。


 車を停車させ、外に出た。

 とたんに、身を切るような冷たい風に首をすくめた。

 慌てて、後部座席につんでいたマフラーと手袋を取り出した。

「行くか」

 柳に声をかけると、くっついてきて、

「さびーっ」

 同じように首をすくめている。


 柳が横に並ぶと、頭一つ半ほど彼の方が低い。ちらっと顔を向けても、長めの髪が、彼の表情を隠していた。

 どんな顔をしているのか見えない。

「寒いなら、いつものように家で飲んでから次の日に参拝でものに」

 俺が言うと、柳は「さむくねーし」と言った言葉は歯がかみ合っていない。


 柳の上着はジャケットだ。ダウンジャケットを着ている俺だって寒い。


 寒くないわけないのに、

「歩いてれば、温かくなんだろ」

 強がりが丸わかりだ。そのまま歩いていこうとする柳に、後ろからマフラーを肩にかける。


「巻いてろ。少しは温かいだろう。ほら、手袋も」

「実弥のだろ。いいよ」

「見てる方が寒いから」

「マジ、感謝」

「いいって」

 手を合わせようとするので、やめさせた。


 辺りはそれなりに暗く、車も人もまばら。駐車場の等間隔に並んでいるライトだけが暗闇を照らしている。

 

 マフラーと手袋をしても、柳は俺にくっつくようにして、神社に向かった。

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