第3話 冷たい雨で記憶を洗う
使用お題:
氷雨
掴まれた心は浮遊する
川は海へと繋がる
「意外だね」で文章を始める
リンドウの髪飾り
届きそうで届かない
羽毛布団
ジャンル:エルフ族・竜族親子のこてこてファンタジー
(キャラ設定に、異世界旅人診断(https://shindanmaker.com/236536)の結果を使わせて頂きました)
--------------------
「意外だねェ、アンタがそんなモン持って来るなんてサ」
偉そうに腕を組んだ美女が、面白そうに片眉を上げた。ふわりと波打つ豊かな黒髪を揺らし、美女は少々意地の悪い笑みを浮かべて少年を見下ろす。少年はぼっと顔を赤らめて美女に噛み付いた。
「ちっげーよ! テメェにやるんじゃねーよくそばばあ! コイツを『調合』して薬を作って欲しいんだよ!!」
ぎゃんぎゃんと反論する少年の手に握られているのはリンドウの花――いや、リンドウの花をかたどった髪飾りだ。既に誰か主を得て、大切にされていた気配がある。誰に似たのか、口の悪い息子をいい加減にいなしながら、美女こと調合師オコネははしばみ色の眼を細めた。
「調合ねェ……あたしゃそりゃあ、頼まれりゃ風邪薬から媚薬まで何でも作る調合師様だがね、そんな喰えそうもないシロモンをすり潰す趣味はないよ」
それにソイツは、誰か他人の物じゃないのかい? そう問えば、うっ、と義理の息子は言葉を詰まらせた。リンドウよりは淡い、薄い紫灰色の手が宙を彷徨う。縦長の瞳孔を持つ、茶金色の双眸が迷うように伏せられた。
「……そっちの調合じゃねーよ。アンタなら出来ンだろ、魔法で…………」
口を尖らせてぼそぼそと言う。絶賛反抗期真っ盛りで、いつの間にか自分を「ババア」だの「アンタ」だのとしか呼ばなくなった可愛げのない息子を、やれやれとオコネは見下ろした。
オコネは滅亡したエルフ族の末裔――おそらく最後の一人だ。ほっそりと華奢な四肢に透けるような白い肌、尖った耳と繊細な美貌が特徴だが、実はゆうに八百歳は生きている。エルフ族は高い魔力を持ち、他種族には使えない独特の魔法に長けていた。あまりの万能さゆえに危険視され、一族が滅ぼされる原因となったその「独特の魔法」のことを馬鹿息子は言っているのだ。
「……リュウ、お前何度言やあ分かるんだい。時間の流れは川のようなもの、人の一生ってのは、その川を流されてく木っ端みたいなもんさ。流される速さは人によって、種族によって違うが、いずれ川は海へ繋がる。海へ還った木っ端は二度と川へは戻って来ないんだよ」
オコネの助力を得て、最近ようやっと人化の術を覚えたばかりの仔竜が、ぶすくれた顔をして俯いた。オコネの息子は竜族、それも肌の色からして闇竜だ。何故エルフ族のオコネが竜族の息子を持っているのか、詳しく説明すれば長くなるが、一言で言えば卵の状態で拾ったのである。
闇竜の「闇」は過去や記憶、感情を司る。彼らの一族もまた、世界の中では異端視され恐れられる存在だ。卵ひとつで山の中に放られていたのには、それなりに理由があるのだろう。闇竜であるリュウの一部、たとえば血や髪の毛などと、このリンドウの髪飾りをエルフ族の魔法で「調合」すれば、リンドウの髪飾りはその持ち主――恐らくは既に常世へ去ってしまった相手の姿を、現世に呼び出せる。まだ幼い闇竜の仔は、それをオコネに頼んでいるのだ。
「だってよ……アイツ全然学校に出てこねーんだ。昨日うちまで行ってみたら親父さんが、アイツかーちゃんの羽毛布団に包まって起きて来ないって…………」
「そりゃまた、随分甘ったれなガキだねェ……」
オコネの隠棲する染物の里には、ひとつだけ学校がある。エルフ族のオコネが暮らせるだけあって、浮世から隔絶したこの小さな里は、他種族が混じりあう寛容でのんびりとした場所だった。一人でゆっくりする時間欲しさに、人化術を覚えたリュウを早速学校へ放り込んだオコネだったが、学校に通い始めたリュウはほぼ毎日のように無理難題を持ち帰るようになった。
「この髪飾り、アイツのかーちゃんがずっと付けてたもんなんだって。アイツの家に行った時、光って見えたから貸してもらったんだ。こうやって持ってれば、俺にはアイツのかーちゃんが見えるのに…………」
まだ幼角が生えかけの、幼い眉間を曇らせてリュウが呟いた。闇竜は闇の魔力を司る。ゆえに、誰かの愛着や念が染み付いた物に触れれば、その持ち主の過去の姿を見ることが出来るのだ。薄紫色の肌に金色の眼、灰色の髪と見た目だけはおっかないが、心根の優しい仔闇竜は、己に見える「友人の母親」を、友人にも見せてやりたいのだろう。
「確かに、闇竜のお前にゃ、その誰だか知らない甘ったれ息子のカーチャンが見えるのかもしれないがね、ソイツはそのカーチャンの過去の姿だよ。例えあたしの魔法で具現化したところで、そのカーチャンは誰のことも見ない。甘ったれ息子のことも、親父さんのこともね。ただ、髪飾りが持ってる記憶どおりにフラフラ歩き回るだけだ。……悪いこたぁ言わない、止めときな。見えちまえば余計に辛い、ってモンもこの世の中にゃあるんだよ」
一応優しく宥めるように、オコネは息子に言い聞かせた。
視えてしまった亡き人の幻は、生きる者の心を呪縛する。「二度と会えない」からこそ、人は「死」を受け入れられるのだ。長い時を生きて来て、オコネが得た結論はそれだった。亡霊に掴まれた心は現世を離れて浮遊し、やがてはまだ生きている本人の身体を蝕んでいく。たった一度の再会、それが人生を狂わす様も見て来た。
届きそうで届かない。触れられそうで、触れられない。こちらを見るのに、視線は交わらない。
それは何より人を傷つける。まだ誰も失ったことのない、幼子には分からないことだ。
ぶすくれたまま沈黙する灰色の頭を、オコネはぐりぐりと掻き混ぜた。
「止めろババア! っつーか、アイツは甘ったれ息子じゃねーし! 女子だし!!」
すぐさま騒がしく抵抗するクソガキに笑って、その隙に髪飾りを取り上げる。そして高い声でがなり立てられる言葉に、おや、と目を見開いた。
「コイツは没収だ。……なんだ、女の子かい。ったく、学校行き出した瞬間に色づきやがってこのエロガキが。んじゃあアレだ、調合する代わりに洗ってやるよ。染み付いてる記憶も愛着も洗い流して、今度はその子のものになればいい」
取り上げた髪飾りを指でいじり、オコネはそう笑った。
「そうさね、洗い流すには氷雨がいい。思いっ切り冷たくて悲しい雨だ。そのカーチャンを亡くした皆の悲しみを洗い流した、冷たい、冷たい涙雨に当てるのさ。そうすりゃ悲しい気持ちや辛い執着は洗い流されて、綺麗な思い出だけが残る」
そしたら、その子に返してやんな。ニヤリと笑うオコネに、口を尖らせたリュウが渋々頷いた。
--------------
自分の診断結果とふぉろわーさんの結果を合せて遊んでる間にできた、異種族親子の小咄になりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます