第2話 メッセージボトルの物語

使用お題:

ワインレッドのくちびる

セーブポイント

相応しい最後

瓶の中の手紙

太陽と月


ジャンル:

現代SF?


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 砂浜に流れ着いた小瓶があった。

 小瓶の中には手紙が筒にして入れてあった。

 瓶の中の手紙には、物語が書いてあった。

 太陽と月の兄弟げんか。

 ワインレッドのくちびるに恋する男の話。

 セーブポイントが消えたゲーム世界を救う勇者の冒険。

 しかし物語はどれも、終わりを迎えず途切れていた。


『あなたが思う、相応しい最後を書き加えてください』


 手紙の最後は、そう結んであった。




 そのメッセージボトルを拾ったのは、まだ小学生の頃だったと思う。綴られている「物語」は、当時の私には少し難解で退屈だった。ただ、いつかきっと素晴らしい結末を書き加えて、送り主の元へ返すのだと決意した。結局それが、人生の目標になった。

 中学、高校、大学。折りに触れてはその途切れた物語を読み返し、自分なりの結末を書いては納得できずにバツ印をつけた。

 まず、ことばが足りなかった。

 綴られた物語世界は豊かで、知らない単語が山ほど出てきた。ひとつひとつ辞書で調べて読んでも、その続きとして相応しいだけの表現ができない。

 つぎに、知識が足りなかった。

 ワインレッドがどんな色か、セーブポイントのあるゲームがどんなものか。太陽と月の兄弟が住む宮殿は何でできているのか。想像しようにもなにも基礎がない。私は本を読み、写真集を眺め、映画を観て、ゲームをやりこみ、ひとつひとつの物語の世界の「絵」を頭の中に組み立てて行った。

 さらに、感情を知らなかった。

 兄と弟のライバル関係、妖艶な唇に魅入られた狂おしい恋、「失敗すれば必ず最初から」のゲーム。そこで何を感じるのか。何を感じてどう動くのか、経験が足らず想像がつかない。

 何度も何度も書いてはボツにして、私は何十年もかけて十冊近いノートを書き潰した。

 こんな話をすると、大抵の人は「そして貴方は偉大な小説家になったのですね?」と言う。だが、私は小説家にはならなかった。もちろん、脚本家にも、漫画家にもならなかった。

『最高の結末が書けないのは、私が無知だからだ』

 それが常に私の結論だったからだ。努力はした。沢山勉強したし、沢山の経験に触れた。それでも納得できなかった私は、自分よりも遥かに優秀な存在に頼ることにしたのだ。


 私は、人工知能の研究を選んだ。


 人工知能は私など比べるべくもない速さで、膨大な量の情報を収集し学習していく。

 この世界にある全ての「太陽と月」の神話。

 この世界にある全ての「ラブロマンス」。

 この世界にある全ての「コンピュータゲーム」。

 この世界の全てを学習し、理解して「物語」を紡ぎ出す人工知能を私は作ろうとした。

 そうしてできたモノはきっと素晴らしく。誰も今まで思い付かなかった斬新な、そして誰もが納得し、感動する「物語」のはずだと信じた。


 私の開発した人工知能プログラムを世界最速のスパコンに載せて、実験は始まった。

 人工知能が学習した知識は、実に世界の図書館にある全ての本に相当する。

 私は期待した。どんな物語が出て来るのだろう。きっと最高のものに違いない。


 しかしそこには、あまりにも陳腐な物語が並んでいた。


 太陽と月の兄弟げんかは、ずる賢い兄に苛められた弟が、偶然親切にした他人に救われて兄を殺した。

 ワインレッドのくちびるに恋した男は、マフィアのボスの愛人だったそのくちびるの持ち主と駆け落ちし、一子をもうけて最後は死んだ。

 セーブポイントが消えた世界の勇者は、一度は死んで全てやりなおしになりながらも、仲間の助けを借りて最後は世界を救った。

 どれもこれも、自分が一度は考えた事のある結末だった。

 それどころか、これではありきたり過ぎるとバツをつけたものばかりだ。

 私はあらゆるところからデータをかきあつめ、人工知能に読み込ませた。

 だが、知識を増やせば増やすだけ、人工知能の吐き出す物語は陳腐なものになった。

 なぜ、と絶望する私をよそに、人工知能は大活躍する。

 人工知能は、誰もが望む物語を書いた。

 誰もに分かりやすい物語を書いた。

 それはまるで童話――いや、神話だった。



 私は研究をやめた。

 家に帰り、ボロボロのノートの束を引っ張り出す。

 バツをつけた物語を、ひとつひとつ読み返した。

 太陽と月の話は、中学生の私が書いたものが一番しっくりきた。

 ゲームの話は高校生。

 ワインレッドのくちびるは大学生の頃が良い。

 無知ゆえの憧れと、知っていることに対する集中力と。バランスの悪い、偏った物語。

 メッセージを読み返す。


『あなたが思う、相応しい最後を書き加えてください』


 私が、思う。

 意を決して、私はペンをとった。


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