見知らぬ誰かの物語

歌峰由子

第1話 魂の叫び、それがロック

使用お題:片頭痛

     初期衝動

     切り落としたい手

     三流小説の筋書き

     空がきれいだった

ジャンル:現代しみじみ(?)


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 片頭痛を連れて右手が疼く。

 切り落としたい手首を掴み、蹲る俺を襲う初期衝動。

 三流小説の筋書きだぜ、「空がきれいだった」なんてさ。

 喉灼く衝動雄叫びに変えて、マイクを掴めWowWoo!!!



 古いノートの開いたまま、俺はしばらく固まっていた。

 高校の教科書を詰めた段ボールから出てきたソレを、しばらく睨んでそっと閉じる。箱に戻すか、雑多なプリントと共に資源ごみに出すか。それが問題だった。

「クッソ恥ずいわ……」

 正しく、黒歴史。軽音は大学の頃にスッパリ卒業してしまった。製造業の中堅企業に営業として就職し、はや十年。今ではマイクを持つのなど、忘年会か誰かの結婚式くらいになった。これでも、作詞兼ボーカルだったのだ。職場で言えば絶対に宴会芸を強要されるので言わないが。

 目を閉じて、歌詞を反芻する。

 初期衝動とか、絶対に三日前に覚えた単語をノリノリで捻じ込んだだけだ。

 切り落としたい手首ってなんだよ、お前の手には何が封印されてるんだ。

 これぞ「イキってる」としか言いようのない、中身カラッポの歌詞に苦笑いが零れる。「三流小説」と笑い飛ばされた「空がきれいだった」話が、どんなモノかなんて決めてなかった。何となく、おキレイな結末を笑い飛ばした感じが出したかっただけだ。

 なぞればすぐに蘇る、書いた当時の思い。カッコイイと思った姿を、憧れるモノをぶち込めば、それに近付けると思っていた。ファッションも、歌い方も、作る歌詞や言動でさえ。

「……まあ、置いといてみるか」

 苦笑いと共に、痛んで薄汚れたノートを箱に戻す。

 二十歳を過ぎて、俺があっさり軽音を卒業したのは、その「憧れた姿」になった自分が「何をしたいのか」が全く見えないことに気付いたからだ。魂を叫ぶ姿に憧れた。抑えきれない衝動をマイクにぶつけ、命を燃やして歌うロッカーをカッコイイと思って追いかけた。

 だが。俺には「喉を灼く衝動」なんて別になかった。

 そう気付いた時、素直に「ああここまでだな」と思ったのだ。

 固定概念をぶち壊せ。魂の衝動に従え。世界に抗え。憧れを追いかけて捻り出す歌詞は上滑りして、ソレがどんなものなのか結局俺には分からなかったのだ。二十歳を超える頃にはもう、歌詞を書くのも苦しくなっていた。

 今はもう、特別に音楽を聴いてもいない。最近のロックシンガーも知らないし、アイドルグループの区別もつかない。集中力が切れたので実家の部屋片付けを中止し、リビングダイニングに移動してテレビをつける。冷蔵庫の飲物を漁っていると、背後のテレビが高らかに「懐メロ特集でーす!」と宣言した。

 そして流れ出す、高校時代に追いかけたバンドの代表曲。

 こういう偶然は往々にしてある。麦茶片手に、久々に聞くロックの歌詞への感想は「難儀だなぁ」だった。本当に、そんな風に感じながら生きるのは難儀なことだろうと同情する。

「俺は、幸せ者なんだな」

 魂を削って叫びたいような不満も、命を賭けて抗いたいような理不尽も感じたことがない。だからきっと、あっさりと軽音を卒業したのだ。

「いいな、それも悪くない」

 リビングのソファに長まって悦に入る。買い物から帰った母親が呆れた声をかけてきた。

「アンタ、部屋の片づけは済んだの?」

「休憩中」

 のんびり答えた俺に「明日はもうアパート帰るんでしょ」と釘を刺し、母親は買った食材を仕舞いに消える。

 次に流れてきた曲は、未来に憧れる少女の夢と希望の歌だった。当時の俺はダセェと思っていたはずだ。耳にするたび、イラッとモヤッと、妙な反抗心を抱いていた気がする。だが、今思えば。

「俺はもしかしてあの時、『憧れ』を歌えば良かったのかもなあ」

 俺の中にあったのは、反抗や破壊衝動じゃない。カッコイイものへの憧れだった。自分の中にあるモノを素直に表現していれば、もっとずっと続けられたのかもしれない。仕事にはせずとも、趣味として。

 何かの弾みに「ご趣味は?」と訊かれては答えに窮する現状を思い返し、そんなことを思う。正直、「趣味」のある大人が羨ましい。

 書いてみるのも良いかもしれない。

 今度はちゃんと、心の中にあるものを自分の言葉で。

 押入れの奥で埃をかぶっている筈のギターを探す決意と共に、俺はソファから立ち上がった。


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