アザカナはどこにでも潜んでいる たま

「そう、アザカナ、奴らを駆逐するまで、俺は止まらん」

ヨネの心にあったものはそれだけだった。かつては師を仰ぎ、弟と高め合い、仲間との戦いを楽しみ、心の昂り、苛立ちといったものがあっただろう。しかし彼は死に、舞い戻ったそこにあったのは、アザカナへの憎悪をとれぬ仮面と、共につけた動く屍のようなものだった。

【アザカナ】

「やつらは人の心に住み着き、機を待ち、狩る。魂を取るために」

アザカナの存在に気づくものはいなかった。気づいた者の魂はあの世に行けずさまよい続け、いずれアザカナとなるからだ。

だが、彼は違った。

アザカナを喰らい体を手に入れ、一振りは切り裂き一振りは封じる二つの刀と魂の形を器用に操る。いずれ全てのアザカナを封じるため、彼は旅をしていた。

「ハサギ!」

彼の刀から飛ばされた風の刃はヨネの仮面の横を掠め、空虚へ消えていった

「貴様はなんだ、人かそうではないモノか」

彼はヨネにそう問う、ヨネの魂は昔の感覚を思い出した

「それは俺にもわからぬ、お前ならわかるのではないのか?」

ヨネは問い返した。それに対し彼は話し合いを放棄し、刀を構えた。ヨネもそれに応じ、刀を抜いた。

「わからぬことを。俺が知っている?デタラメを、貴様のような怪物を、忘れはせん」

同時に刀から風が放たれた。先と違い、ヨネの芯をとらえたものだった。

「はっ」

ヨネは乾いた笑いを出した。

「怪物か、言うようになったものだ」

そう言うとヨネの体と魂は分離し、風はヨネの魂をすり抜け、木をなぎ倒しながら消えていった。

「ヤスオよ、勇み足は変わっておらんようだな」

ヨネは刀を両手に持ち、ゆっくりとヤスオへと近づいた。

「だからあのような事態を招くのだ、もう少し落ち着きを持て」

溜息を吐きながらヨネはヤスオにそう諭した。

その態度が気に入らなかったのか、彼は走り出し、ヨネに切りかかった。

「何者かもわからぬものに言われる筋なし」

ヤスオがヨネの頭から刀を振り下ろした。

その刹那、ヨネが右手で赤い刀を薙ぎ払う。

「遅い!」

ヤスオは切りかかった刀を防御に回し、当たる寸前で受けた。それを皮切りにヨネが左、右と交互に攻撃を繰り出す。一撃一撃が確実で、当たれば致命は免れないような連撃に、ヤスオは受けに必死で反撃することができなかった。

じりじりとヤスオが後退し、ヨネは攻撃を繰り出しつつ、前進する攻防が繰り広げられていた。

その均衡が崩れたのはヤスオのほうだった、攻撃を受け止め、次に備える間に下から刀を振り上げられ、刀が浮き上がり、後ろへと飛んで行った。

ヤスオは諦めたようにうつむき、顔を上げ自分のほうを向いた剣先を見つめていた。

「俺の負けだ、一思いにやるがよい」

その顔は安堵にも、諦めにも見えた、しかし絶望のようなものはなかった。

ヨネはそれを見ると、刀をしまい、背を向けた。

「お前を殺す気はない。それに、お前の負けではない。これで借りはなしだ」

そう言ったヨネの口元はわずかに緩んでいた。

ヤスオは先ほどのことが嘘だったように勢いよく立ち上がった。

「貴様はまさかヨネか!?」

驚いた表情を見せるヤスオに対し、仮面でヨネの顔は見えなかったが数年ぶりの笑みだった。

「何年ぶりだろうか、それすら忘れてしまったな、師に教えを乞うたのが懐かしいな」

ヨネとヤスオはアイオニアで同じ師匠の下で鍛え、実の兄弟のように心を許した仲だった。

「だが、俺は、兄者を」

ヤスオは殺しの容疑をかけられた。殺されたのは師匠で、ヨネはそれを聞きヤスオを追跡し、すれ違い、決闘に負けて命を落とした。そこでアザカナに魂を飲まれそうになったが撃退し、魂は現世に縛られた。

「精霊の花祭りとやらをやっているのだろう?死者がよみがえっても何らおかしくはない」

ヨネはそう言い、再びヤスオに刀を向けた。

「俺には使命がある、貴様にあったのは偶然だ」

そう言うとヨネは右に持った赤い刀をヤスオに投げ渡した。

「持て、そして薙ぎ払え」

ヤスオは何もわからぬまま、従い、周囲を払った。

「!?◆■●◎♠@@:;」

何かもわからぬうめき声が聞こえた。声にも出せぬし文字にも表せぬ、声とも呼びづらい声だった。

その音の持ち主はすぐに姿を現した。

カエルのような体躯にナマズのような髭、それでいて、シルクハットや眼鏡で着飾った奇妙な生物だった。

「ヨードルか?」

ヤスオは警戒し刀を構え下がった。

「アザカナだ。大物が出たな」

ヨネは落ち着き払った様子でヤスオに告げ、手を出した。ヤスオは刀を返してから自分のものを手に取った。

「その刀、アザカナを切ったことはあるか?」

ヨネが目線をアザカナから離さずそう言う。

「鍛冶神より賜ったものだ、切れぬものはない」

ヤスオは改めて目の前の化け物と対峙した。

「頼もしい」

そうつぶやくとヨネはアザカナへと駆けた。アザカナも先ほどの傷はなくなった様子で、舌なめずりをしている。

「合わせる」

ヤスオもそれだけ言うとアザカナへと走った。

先手を取ったのはヨネだった。赤い刀でアザカナを薙ぎ払った。しかし、アザカナの皮膚は固いうろこのようで、刃ははじかれた。アザカナが反撃にと舌をヨネに向かって伸ばしたが、すんでのところでヨネは魂を分離し横によけた。その後ろから風が飛び、アザカナの口内を切り裂いた。アザカナは苦しそうに口を閉じ、のけぞった。

再び立ち上がるとアザカナは高くジャンプすると地面に飛び込んだ。するとアザカナの周りの地面は水のようになり、アザカナは地面の中に潜ってしまった。

「逃がすか!」

ヨネはアザカナが潜った場所へと駆け寄ったが、地面は固かった。

ヨネは一度刀をしまった。追跡は困難であろう。

「兄者よ、俺はいまだわからん。兄者は何をしている?俺は何と戦っている?」

ヤスオがヨネに詰め寄り、そう問う。

「奴らは人の魂を喰らう。お前はあいつに目を付けられていた。俺と同じようにな。だがお前がこの【アザカナ】で奴を暴き、奴は姿を現したのだ」

そう言うと、ヨネは赤い刀を再び取り出した。

「俺はアザカナに憑かれている。その印がこの仮面だ。そしてこの刀はアザカナを封じることができる」

そうするとヨネは両手で二本の刀を巧みに操りながら言った。

「奴らに死はない。一振りは切り裂くために、一振りは封じるために」

そうしてヨネは再び刀を戻した

「俺にあのような化け物がついていたとは……。信じがたいが信じよう。化け物についてはわかった。だが、お前はどういうことだ?あの時、確かに、お前は息をしていなかった」

ヤスオがうつむきがちにそうこぼした。だがヨネは気にも留めない様子で話した。

「なに、天国と地獄から門前払いを食らっただけだ。俺のような穢れた魂はいらないようだ」

ヨネが軽く笑っていると、下に大きな影が現れた。

「よけろ!」

とっさに二人とも身を宙に投げ回避したが、下からアザカナが大口を開けて飛び出してきた。

「自ら来るとは愚かな。その償い、果たしてもらう!」

そう言い去るとヨネはアザカナへと駆けた。彼はアザカナに近づくと、刀による強烈な突きを放った。アザカナの皮膚も【アザカナ】による刺突には耐えかね、刺突は皮膚を破り、アザカナへ傷を残した。複数回の突きをするとヨネに風が纏わり始めた。それはヨネの味方をしているようだった。

『刃の嵐よ』

そう叫ぶと、魂を解放したヨネは風と共にアザカナへと突撃した。ヨネがアザカナにあたる前に、風がアザカナへ当たった。風はアザカナを宙に押し上げ、浮かせる。それを好機と見るや否や、ヨネは腰を落とし深く構えた。

『冥封』

風がなくなり、アザカナは空中で一瞬停止した、その瞬間だった。

『一閃!』

ヨネがそう叫ぶと、二つの刀によりアザカナは下から強烈な斬撃を受け、先より高く飛び上がった。アザカナは身動きをとれず、空中で身を任せ落下をただ待っていた。

「ヤスオよ!」

ヨネは体を魂に戻しヤスオに叫んだ。

ヨネが叫ぶより少し早く、ヤスオが飛びあがった。

『鬼哭』

身動きの取れないアザカナの真上まで飛び上がり、頭上で刀をまっすぐ構えた。

『啾々』

そのまま刀をアザカナに対して振り下ろした。アザカナは真っ二つにはならず、強く強打され、地面へと一直線に落ちていった

アザカナは少し動き、逃げようとするそぶりを見せた。それを見たヨネが叫んだ。

「貴様の名、見切った!」

ヨネは【アザカナ】を体の前で構えた。

【タム・ケンチ】

そう叫ぶと同時に【アザカナ】から無数の赤い亡霊が出て【タム・ケンチ】を取り囲むと、縮小をはじめ、刀へと戻った。

「封じたぞ」

ヨネは【アザカナ】を収めるとヤスオにそう言った。

「ヤスオよ、成長したな。昔はあれほど周り見ずだったものが……」

「兄者こそ、あのような化け物を相手にしていたとは」

互いに互いの成長を喜び、少しの間思い出話に花を咲かせていた。

「これほど感情が高ぶったのは何年ぶりだろうか。アザカナに憑かれ、アザカナを狩り続け、何年も笑っていなかった。生き返った気分だ」

ヨネはヤスオにそう伝えると立ち上がった。

「もう、行くのか」

「穢れた魂を解放するためだ」

ヤスオはそれだけ聞くと、止めることなく背中を見続けた。

どこからともなく風が吹き、花びらがヤスオの視界を遮った。次に見えた時にはヨネはいなかった。ただ、どこからともなく鼻歌が聞こえてきた。それが聞こえなくなったとき、ヤスオもまた、次なる戦いを求め旅に出たのだった。

つぎに二人の運命が交わるのは、一年後、一○年後、はたまたあの世か、この世の理から外れた兄弟の行方は、神ですら予想はつかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る