文芸同好会第二号
@hukuikosenbungedokokai
「D-DAY」の記憶 Yufunagi
一人の老人が若い、記者風な男と向き合う。老人は左腕がなく、左目も眼帯が巻かれており、その見た目通りの老練な雰囲気を漂わせていた。一方、記者風の男は今の時代、珍しくスマホではなくカメラとメモ帳を持っているが老人の雰囲気に気圧されていた。
「で?・・・なんだ、あんた。俺になにか用かね?」
鋭く言い放った老人に、記者風の男は素直に、自らを紹介する。私は、○○大学の教授で、専門は冷戦期だが、数少ないオーヴァーロード作戦、それもノルマンディーのオマハ・ビーチの上陸に参加してまだ生きているあなたの話を合同研究のために聞きたい、と。
「はぁ、ノルマンディーの記録を収集して、あの作戦の研究をしていると。学者ってのはそんなこともやるし、よくもまあ俺があの作戦に居たなんてわかったものだな?」
その言葉に男は老人へ説明を続けるが、長すぎる説明に言葉を遮る。
「・・・もうよいわ!まあ、こんな老いぼれの長話に付き合いたいなら構わん。あと一つで百になる年だというのに元気ばかり余っていて敵わんからな。そうだな・・・記憶に残っているところから順に話してやろう。」
その老人の言葉に男は是非と頷き、メモを取る準備をする。
「うむ、覚えとるのは食堂だな。意外か?戦争の記憶に残るのはあのクソみたいな戦場だけじゃない。仲間に、そいつらとした馬鹿に、うまい食事。意外といろいろあるのだよ。・・・あの時の飯は一級品だったな。肉に、豆に、パンに、ドーナツ、アイス、キャンディ・・・文句を探す方が難しかったさ。」
その言葉に、光景を妄想したのかどこか記者の頬が緩むが、老人は一喝する。
「・・・このままいい話が続くとでも思ってるような顔だな?残念ながら、あの運の悪い指揮官だったクラークの演説をいい話と思う奴は別だが、いい話はここで終わりだ。さぁ、地獄の話をしようじゃないか。オマハ・ビーチは、あの戦場はな・・・本当に地獄としか言い表せない、血の海だったさ。」
老人の目はナイフのように鈍く、鋭い眼光を放ちながらそう言った。
「いいか!諸君は、祖国の英雄となるのだ!」
俺たちの目の前で展開されるクラーク大尉からの訓示の言葉に俺・・・ジョージ・D・プライスは荒波で揺れる揚陸艦の甲板上で耳を傾けていた。
「行き先が地獄だろうが、高潮だろうが知ったものか!障害のクソどもなど取っ払え!ヨーロッパを諸君らが解放するのだ!」
その言葉に、周りから歓声が沸き立った。もちろん、それは俺も例外ではなかった。「英雄」この一言が若い俺たちの心に突き刺さった。帰れば母が暖かく迎えてくれるのはもちろん、国の英雄となった男にあのクソ厳しいだけの父も、そうなれば心を開いてくれるはずだ。
「今思えば、馬鹿な考えさ。だが、当時十九で入隊したガキに出来る最大限の思考だったのさ。うちの家庭は・・・いや、やめておこう。関係ない。」
そう自嘲気味に言葉を繋いだ老人は、困る男を意に介さず話を続ける。
あの演説を聞き、天穿つような士気の俺たちは次々に上陸用舟艇に乗り込んだ。あまりにひどい海の状況に舟艇が乗り込み中に落下したり、網から降ろす時点で大けがするやつがいたりで散々だったが、まぁなんとかはなった。
それから俺たち、アメリカ陸軍第一師団第一一六連隊は荒波の中を進んだ。だが、誰かの叫びで空気が変わった。
「おい!DD戦車が沈むぞ!」
「なんだと!?」
その叫びに俺の乗る舟艇全員の視線が集中する。俺の、皆の視線の先には、浮力を確保するためのフロートが荒波で引き裂かれ、沈む戦車とそれから慌てて脱出する戦車兵たちだった。
「クソ、次々沈んでる!」
「こちらE中隊指揮官クラーク!揚陸艦各艦へ!DD戦車が次々沈んでいる!どうにかしないと戦車が全滅するぞ!」
『なに!?・・・よし、分かった。こちら、揚陸艦タウナー!これより残る3輌の戦車の直接上陸のためビーチングを強行する!』
「すまない!感謝する!」
『なぁに、陸軍のために俺たちができるのはこれぐらいだ。艦が沈んでも構うもんか。お前たちをなんとしてでも無事に上陸させてやる。』
その通信機からの言葉と共にゆっくりと二隻の揚陸艦が我々、いやその先、オマハ・ビーチの方へ大波と嵐の雨風をかき分け進んでいく。
そこまで話すと、老人の顔が歪む。何事か、と男が聞くと老人は不機嫌な顔になりながら口を開く。
「ここからは地獄だ。お前も覚悟を決めろ。俺の見た全てをそのまま伝えてやるさ・・・。」
「見えてきたぞー!」
舟艇の機銃座に座るコールマン二等兵の叫びに俺たちは前を睨む。俺たちの眼前は嵐から抜け、少しずつ視界が開けていた。そしてその開けた視界の先には、軍事施設が見えるが一切明かりも発砲もないビーチがあった。
「あれがオマハ・ビーチか!」
「反撃もないな!海軍の射撃と空軍の爆撃がよく効いたんだろ!」
「今日の仕事は楽勝だな!このままいけばパリ解放もすぐさ!パリの女たちが俺たちを待ってるぞ!」
そんな風に騒ぐ兵士の中から中隊長のクラークが喝を入れる。
「黙れ貴様ら!上陸するぞ!いいか、我々は先発隊だ!あそこに上陸して橋頭保を作る!プライス!バンガロール爆薬は持ったな!」
「イエス、サー!」
俺はしっかりと持ったバンガロール爆薬・・・筒状の離れた目標を爆破できるようになっている爆薬を見せる。
「それを使って貴様は敵の鉄条網を爆破しろ!」
その言葉に俺はしっかり頷く。それを確認したクラークは満足げだが、実戦を前に気分が浮きたっているのか、どう猛な笑みを浮かべて俺に答えて見せる。
「バーンズ!グリーン!貴様らも梱包爆薬を持ったな!」
「「イエッサー!」」
「よし、貴様らはDD戦車のために対戦車障害物を爆破しろ!いいな!」
「イエッサー!お任せを!」
「サー!やってやります!」
俺よりも若い二人の二等兵は手に持つM1ガーランド半自動小銃を掲げてそう答えて見せる。一歳しか変わらんというのになぜ、こう彼らが瑞瑞しく見えるのか・・・
そんなことを思っていたら、なにか上から変な音が聞こえてきていた。
「なんだ?この音?」
「・・・まさか!総員、耐ショック姿勢!」
つい口から零れた声にこたえるようにクラークがそう叫んだ。俺たちは反射的に伏せて頭を抱えるように姿勢をとる。
次の瞬間、近くで炸裂音が次々響き舟艇が激しく揺れ動く。なんだ、なにが起きた・・・
「くそ、ドイツ軍の砲撃だ!舟艇が燃えているぞ!」
「第二小隊第三分隊との連絡途絶!」
「くそっ!くそ!こんなところで撃たれてたら一方的に殺されるぞ!」
「あわてるな!すぐに海軍がなんとかしてくれる!」
そう叫んだクラークの言葉は事実だった。すぐに後方から砲撃音が響き、ビーチに爆炎と爆煙が上がる。しかし、未だに砲撃は続いている。次々に海面に砲弾がたたきつけられ、大波と破片を拡散させる。
砲撃が続き、海が悲鳴を上げ、舟艇が数隻爆散する中ビーチが鮮明に見える距離まで近づく。トーチカがいくつも俺たちを待ち構え、鉄条網が、対戦車障害物が鈍く輝く。すでに数隻の舟艇が先陣を切って上陸すべく岸まで近づいていた。
「よし、あれなら・・・なに!?」
「トーチカにMG(マシンガン)!くそ、狙い撃ちにされてる!」
「引き返せ!行っても死ぬだけだ!」
「ダメだ!任務を完遂する!俺たちが下がれば後方の後詰部隊が大損害を被ることになる!」
正直、俺も引き返す事を提案したキャッセル一等兵に同感だ。だが、何故かはしらないがクラークの提案の方がよっぽど正しいように聞こえた。やらねばならない。
そんな俺たちの気持ちは関係なく、舟艇はビーチに近づいていく。その時、なにか、トーチカが光った・・・そして、俺は猛烈な嫌な予感に背筋が凍った。
そして俺は反射的に舟艇の上陸ハッチに隠れられるようにまた、姿勢を低くする。すると、カンカンカン!と金属と金属がぶつかる嫌な音が聞こえる。そして・・・
「なにご、がぁ!」
「やばい、ねらわれ・・・」
「全員姿勢を低くしろ!MGに狙われてる!」
そして、普通に立っていた仲間たちの何人かの頭が一瞬で吹き飛ばされる。文字通り、頭が吹き飛び、鮮血が雨に交じって宙に舞う。遺体が舟艇内に倒れ、鈍い音が響く。
「上陸まで、五〇〇メートル!」
「姿勢を低くしていろよ!いいか、ハッチが開いたら障害物まで走れ!死にたくなければな!」
そのクラークの叫びに、一瞬遠くなりかけていた意識が現実に引き戻される。目の前には死んだスターロンが、上半分が吹き飛んだ頭から血を流しながら倒れていた。
「くそっ・・・どうか安らかに休んでいてくれ、スターロン・・・」
そう十字を切りつつ祈ると再び叫び声が響く。
「上陸まで秒読みィ!一〇・・・・・5、4、3、2、1、ハッチ開けるぞ!」
その声と共に舟艇のハッチが開く・・・
「その時、俺は舟艇の後ろの方に乗っていたんだ。中隊長だったクラークの右後ろだ。」
突然老人がそういうとなぜそんなことを急に言ったのか男は老人に問う。
「まぁ、冷戦期しか知らんお前さんにはわからんかもしれんがな。いいか、あの時の上陸舟艇っていうのは長方形の箱だ。天井のない、な。つまり、ハッチの開いた瞬間、飛び込んでくる銃弾に斃れるのは誰か?・・・わかるだろう?」
「ハッチ開けるぞ!」
その声と共に、ハッチが開いた。そして、次の瞬間、ドイツの機関銃の弾幕が俺たちの乗っている舟艇の中に降り注ぐ。
「やばい、たす・・・」
「ぐはぁ!?」
「ぐあぁぁぁ!痛い!いた」
それによって、舟艇の前方で待機していた兵士たちが撃ち抜かれ、体を機関銃で引き裂かれる。手足が吹き飛ばされて役に立たない肉塊と化し、頭部は血煙と化す。舟艇内に再び鮮血がばらまかれ、一瞬で深紅に塗装される。俺の目の前にいたグリーン二等兵も体を銃弾で引き裂かれ、俺の方に倒れこんでくる。
「グリーン!おい、くそ!」
「前からはダメだ!側面から飛び出ろ!」
血を腹に空いた穴と口から流すグリーンに叫ぶが、やはり、もう手遅れだ。そして、このままでは俺もこの血人形になる。周りを一瞬見渡したクラークは舟艇の横から飛び出る。
「くそ、すまん、グリーン!」
俺はグリーンだったものを蹴り飛ばし、舟艇の側面に飛びつく。そのまま海へ、飛び込んだ。
・・・バシャン!という水上に出た音とともに俺は酸素を肺一杯に吸い込む。
「なにやってる!プライス!こっちに来い!」
「い、イエッサー!」
一瞬、どこから出された指示かわからず言葉を詰まらせたが、すぐにクラーク見つけ、対戦車障害物の裏に隠れる彼の横の障害物に滑りこむ。
「あぁ、クソ。第一分隊の半分はやられた。中隊にもかなりの損害が出ている。水中障害物も多く次々に海中を泳いでるやつを殺されてる。爆薬持ちもお前以外はほとんど死んでる。頼むぞ、プライス!」
「サー!イエッサー!」
クラークの早口の報告に反射的に頷いて返事をするが周りには人の絨毯の如くヒトが倒れていた。まだ微かに息のあるものもあるが、ほとんどが機関銃で体をずたずたにされて死んでいる。
「DD戦車が来たぞ!前進しろ!」
「くそ、敵の砲撃!」
「・・・畜生、戦車大破!どうやって進めってんだよ!?」
状況は目まぐるしく変わる。戦車が上陸するとともにドイツの迫撃砲で天板を撃ち抜かれて爆発四散する。E中隊の仲間たちが次々に接岸して上陸するが、ほとんどが舟艇内で肉塊になるか、迫撃砲で血煙になるか、舟艇が砲撃で炎上し中の仲間たちが生きながら燃やし尽くされる。
ここは、地獄だ・・・
「・・・い!おい!プライス!聞いているのか!?」
「はっ!?すみません、大尉殿!」
「いいからしっかりしろ!まっすぐ俺を見ろ!いいか、俺のケツにしっかりついてこい!あのクソッタレ共の鉄条網を吹っ飛ばす!」
「イエッサー!」
それだけ指示を出すとクラークは機関銃の銃撃の隙間を縫うように前進し、対戦車障害物に隠れる。俺も彼が通ったところをなぞるように前進してすぐに障害物に体を隠す。そうでもしないとここに立っていれば一瞬であの世行きだ。
そんなことを思っていると後ろから砂浜をスライディングするようなザザー!という音が耳に入り、後ろを見ると対戦車障害物爆破用の梱包爆弾を任されていたバーンズがいた。
「バーンズ!貴様も生きていたか!」
「なんとか!中隊長、意見具申!」
「なんだ!」
「障害物爆破はやめておいた方が良いかと!装甲戦力が不足しており、こんなところに戦車なしで棒立ちしてたら一瞬で肉ミンチになるかと!」
その砲撃音で所々聞きにくい叫びをしっかり聞き届けたクラークは一瞬周りを見渡すと頷く。
「同感だ!よし、貴様は爆弾を大事に抱えてろ!使えるかもしれん、捨てるなよ!」
「サー!」
「よし、バーンズ!プライス!しっかりついてこい!」
そう言うとクラークは先陣切って前へ突き進む。
「バーンズ、行くぞ!こんなところでうずくまってるつもりか?」
「そんなつもりはない!」
そんな軽口をたたきつつ、俺とバーンズは死体と鉄で塗れたビーチを駆け抜ける。しかし、その時、前を走るクラークの真後ろで迫撃砲弾が炸裂した・・・
「なぁ、お前さんに聞きたい。迫撃砲で吹っ飛ばされたクラークはな、まだ生きてたんだ。あいつ、最初になんと言ったと思う?」
その問いに男はしばらく悩んだ後に、わからない、と首を振る。その様子を見た老人は若干俯きながら口を開く。
「俺はおいていけ、足を止めるなと言ったんだ。助けてくれ、とも遺書を預けるような真似もしなかった。俺たちはあの時必死で思考もまともにまとまっていなかったが、あのビーチで走るのをやめたら次の瞬間、良くても手足が吹っ飛ぶ。そういうことだ。」
俺たちは必死で吹き飛ばされたクラークの下へ走った。あと少しで彼の下に着く、そんなときに彼は叫んだ。
「・・・来るな!走れ!貴様らは・・・やることが、あるだろうが!」
俺はその言葉に頭が一瞬真っ白になる。それと共に世界がスローになったような感覚に襲われる。なにを優先すべきか。今、問われている。任務か、目の前の命か・・・?
「・・・行け!貴様らも死ぬ気か!」
思考が無限廻廊に入りかけた時、クラーク中隊長の声が聞こえた。俺はまだ迷いが断ち切れずにいたが、隣で走るバーンズが急にトーチカの方へ方向転換する。
「く・・・っそ!プライス!行くぞ!」
そういうと、再び全力で砂を巻き上げながらバーンズが走り、背中が遠くなる。
「プライス、お前もだ!・・・さっさと行け!俺たちがすべきことを・・・成せ!」
「・・・あぁ、クソ!サー、イエッサー!必ず戻ります、中隊長!」
「あぁ・・・待ってるぞ。」
もう、目の前にクラークはいたが・・・俺は諦めた。諦めてしまった。彼の足は地雷を踏んだみたいにズタボロにされていた。あれでは歩くことすらできないだろう。それにあのままだと長くはもたない。しかし、彼は自らを顧みずに行けと言った。なら・・・
「俺はあの時、決めたのさ。」
なにを?と老人の言葉に、男が返すと老人は男を射抜くように見つめる。
「任務は必ず果たすと。そして・・・大尉だとしても自らの身を顧みず先陣切ったあの人のように生きようとな。」
「くそ、奴ら俺らを狙い撃ちにしやがる!」
「進めねぇぞ、どうするプライス!」
「いま考えてる!このままここにいたら迫撃砲が降ってくるからな!」
クラーク大尉との別れから数百メートル進んだが、俺たちは窮地に立たされていた。周りには味方はなく、あっても既に機銃弾か迫撃砲弾で眠らされている。
俺たちについてきていた仲間もいたが気づけば誰もいない。そして、俺たちは今、数少ない、ここまで前進できた装甲車の陰に身を隠している。とは言うが件の装甲車もとっくに対戦車砲か迫撃砲かは知らないが吹っ飛ばされた後で動きやしない。
「・・・MGのリロードのタイミングを突くしかないんじゃないか!」
「さっきから雨みたいに降ってきてるのにそんなタイミングがあるとでも!?見誤ったら速攻でミンチ加工だぞ!」
「わかってるがこんなところでうじうじしてる場合か!」
俺とバーンズがそんなことを言い合っているうちに、ビームみたいに飛んでくる火線のいくつかが俺たちよりも億を狙い始める。
「上陸隊の第二波がやっと来たか!」
「おいおい、この状況じゃ上陸っできねぇだろ。」
「他人の心配はあとだ、プライス。今のうちに進むぞ!」
「わかった。いくぞ!」
俺たちはまた障害物から飛び出て浜を走る。機銃弾が俺たちのどっちを狙うか迷うように揺れながら数歩後ろを切り裂き、砂を巻き上げるが俺たちには当たらない。
もう少しで鉄条網に届くはず・・・
「だった。」
そう話を遮って一言呟いた老人に男は怪訝な目を向ける。なにがあったのか聞くと老人は苦虫をかみつぶしたような表情で言う。
「ドイツ野郎、ずっと近づいてくる俺たちを狙ってたんだ。迫撃砲が三発降ってきた。その時に飛んできた破片と砂で左目をなくした。・・・あぁ、左腕は別件だ。ヒュルトゲン、フランスだったか、ベルギーだったかでやられた。・・・だがしかし、俺はマシだったさ。バーンズに比べりゃな。」
男が首をかしげると老人は言った。
「あいつは爆風で吹っ飛ばされた上に着地の衝撃で・・・」
走る俺たちに迫撃砲が降ってきた。
一瞬、何が起きたのかわけがわからなかった。砂煙で視界が塞がれ、左目に何かが突き刺さる。痛みで足が止まりかけるが、後ろからクラーク大尉の「走れ!」という声が気がして目を押さえつつ走る。そして煙から出て目の前にあった障害物に滑り込んだ時、視界の先に宙を舞うバーンズが見えた。
「バーンズ!」
俺が叫ぶと、血まみれの顔で彼がこちらを見た。口が弱弱しく動いた。彼が宙を舞っているのが、時間が引き延ばされたように、永遠のように思えた。だが、少しづつ高度が落ちていき彼が地面にたたきつけられた瞬間、彼の身体が曲がったと共に、彼の身体は爆炎に飲まれて消えた。
ドーーン!という轟音が響き、爆炎がビーチに立ち上る。また、思考が停止する。彼が爆発した。
・・・よく考えれば単純な話だ。梱包爆弾が衝撃で誘爆したのだ。だが・・・なぜ、よりによって、なぜ、あいつが!
「くそっ・・・くそ!」
遂に俺は一人だ。今飛び出したところで二人で狙いが分散しない以上、恐らく今度こそ撃ち抜かれて死ぬだろう。くそ、ここからどうすべきだ・・・
「それから、どれくらいあぁしていたんだったか。少なくとも十分、二十分じゃない。それぐらい、俺たちは出すぎていた。味方の援護は受けられないが敵には見張られ続け居る気分は最悪だったな。えぇ?どうもあいつら、俺の生死判断ができてなかったらしいな。迫撃砲は降ってこなかったが逆に言えば見つかれば鉄と火薬の雨が降る。それに気づいてからはもっと動けなくなった・・・情けないことにな。さっき大尉の姿を見てした決心は、あの時だけは吹き飛んじまった、一生の恥だ。」
しかし、どうやってその状況から生還したのか男が聞くと、老人は即答した。
「海軍の連中のおかげだ。あいつら、自分の艦を座礁ギリギリまで浜に近づけて援護砲撃をしたのさ。あいつらがいなけりゃ俺たちはノルマンディーからたたき出されてたかもな。」
俺は、どうするのが正しいのか悩み続けいた。
下手に動けば死ぬだろう。だといって何もしなければ大尉に、バーンズに顔向けできない。もし、万が一にも撤退となったらおいていかれて死ぬだけだろう。
しかし、そんな思考を遮る爆音が沿岸の方から響いた。
「あれは・・・駆逐艦!?」
恐らく、ここから一キロメートル強、岸からみたら一キロもないだろう。座礁するかもしれないというのに、彼らは来たのか・・・
そんなことを思っている間にも次々に砲弾はトーチカに叩き込まれており、どんどん火線は少なくなっていた。これなら・・・
「あの海軍の射撃は素晴らしかった!あいつらよりも砲撃がうまいやつは今もいないだろうな。・・・それから、俺は走った。後ろから追いついてきたやつと一緒にな。一度、左目の応急処置をするために止まったが、俺は前線を走った。その間にも何人も地面に縫い付けられたが、ついに俺たちは最後の砦の鉄条網まで到達した。」
男は固唾を飲みこみ、メモすら忘れ老人の話に聞き入る。
「そこからは早かった。アメリカ軍の意地を見せてやったさ。」
「誰か、爆薬を!こいつを吹っ飛ばす!」
「俺が持ってます!お任せを!」
誰かの声に駆け寄ると、第二分隊のエリオット軍曹だった。彼は血のにじむ包帯を目に巻き付ける俺を見て目を見開く。
「プライス!?お前、左目は大丈夫なのか!?」
「大丈夫です!右は問題なく見えます・・・最後まで、やらせてください!」
「・・・わかった。俺が左をカバーしてやる。やれ!」
「イエッサー!」
ここに来るまでにクラーク大尉が死んだのを聞いた。多量出血で回収した時点で手遅れだったらしい。揺らいだ覚悟に火が付いた。あの人の、そしてバーンズの分も最後までやらねばならない。恐らく、エリオット軍曹は俺の意向をくんでくれたのだろう。感謝しなくてはならない。
そんなことを考えながら俺はバンガロール爆薬をセットする。筒同士を接続し、狙いを定める。
「爆薬・・・セット!」
「よし、やれ!」
「イエッサー!ファイアインザホール!」
そう叫ぶとともに手に持っていた爆薬を鉄条網へ投げ込み、爆破する。一瞬で鉄条網は吹き飛び、防衛網に文字通りの大穴が開き、仲間たちはその中へ突入していった・・・
「・・・このあとは、レンジャーと協力して全部の砲台とトーチカを押さえた。それからは快進撃だった。昼の一時頃からドイツ軍の防衛線を食い破って夕方には一五〇〇メートルは進んだ。」
老人の言葉に男はそのあとはどうしたのか聞いた。
「いったん、けが人だったこともあって浜に戻って治療を受けた。・・・その時に、クラーク大尉を見た。」
その言葉に男は息を呑む。
「足はズタボロだったが・・・他は綺麗だったさ。家族に手紙を書くためにと、いろいろ聞かれた。結局、あの人と一緒の舟艇で上陸した奴らは俺以外全滅だった。唯一クラーク大尉の様子と死に際を見たのが俺だったらしい。」
そう淡々と告げる老人に男は顔を俯けるが、構わずに老人は言葉を続ける。
「そのあと、バーンズのドッグタグを探した。まったく見つからなかったが、なんとか見つけた。中央でへし折れてた上に、炭化していて端は真っ黒だったがな。今でも俺のものと一緒に大事に持っている。・・・そこの机の上だ。」
彼が指さした方へ男が顔を向けると、確かに一枚は多少さびてはいるが綺麗なものが、もう一枚、強引に接着され、端が焦げているドックタグが置いてあった。
「俺のノルマンディー・・・オマハ・ビーチの記憶はここまでだ。満足か、若いの。」
そう聞くと男はうなずく。それを見た老人は今まで見せたことがないような柔らかい笑みを浮かべる。
「そうか・・・なぁ、お前さんに頼みたいことがある。」
その言葉に男はもちろんだ、と頷く。
「うむ、お願いだ・・・俺を・・・俺たちを、殺さないでくれ。いつか俺の身体も、お前さんも朽ちる。だがお前さんが残した記録は生き続ける。その中で歴史書には名前が残らないような俺や、バーンズ、クラーク大尉も生き続ける。それを未来へ伝えてほしい。良いな?」
その老人の言葉に男は、頷き、言った。
「必ずや、この記録を。あなた方のために、そして未来のために。」
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