第二話【狂い踊る拒絶】
矢黒波奈は愚かである。
人を嫌い、人を傷つける。
それゆえ好かれる。人ならざるものに。
全てが狂っている。狂って狂って狂い踊る。
「えぇ〜まだ来ねえのかよぉ。」
赤髪の厳つそうな彼女が文句を吐き出す。
そう、この哀河遊がはしゃいで早く来たせいで1時間も待たなければ行けなくなったのだ。
「あなたがはしゃぐからでしょう……」
子供ですか全く……と呆れながら矢黒波奈は頭を抱える。
するとアナウンスがなった。
どうやらロンドン行きの国際便が到着したようだ。
「お!ようやく来たかぁ〜!」
このまま空港の壁をぶち抜きそうな勢いで彼女は走っていった。
見た目と中身の年齢差には今更驚かない。
私は彼女の後を追い指定された席に座る。
隣の年齢差初見殺しが離陸を今か今かと目を輝かさせている。
「……残念美人だな。」
そう心の内をそっと漏らした。
「というかさっきから大事そうに持っているそのトランクはなんですか?」
まるで銃でも入ってるんじゃないかと思うくらいの王道トランクを彼女は大事そうに抱えていた。
「あーこれか?まぁ保険だ保険。そういうの大事だからな」
何かはぐらかされた感じだが私には関係ないだろうと頭から消す。
「ほら、そろそろ離陸するぞ。」
機内には離陸を知らせるアナウンスが流れ、飛行機は滑走路を走りながら徐々にスピードを上げていく。
そして離陸し重力が一気に身に押し寄せる。
雲の上まで行って一定の高度を保ち始めるとなんだか気分が落ち着き、睡魔が襲ってくる。
私はここで後悔する。
彼女にもっとトランクのこと追求すればよかったなんて、
不死身と言えど死ぬのは怖いから。
意識が途切れる。
その前に彼女の方に手を伸ばす。
彼女もまた、同じ目線で私を見ていた。
怒涛の銃声が鳴り響く。
沢山の音が重なり連射しているように聞こえる。
やはり彼女はこの道に関してはプロなのだろう。
私の予想通り、彼女はトランクから散弾銃を取り出していた。
一瞬遅れて意識が戻る。
慣れなのだろうか、彼女は私を守るように戦っていた。
周りを見渡す。
さっきまで何の関係もなかった乗客全員が手にグロック19を持っていた。
全員が殺意を持って銃口を向けていた。
『恐怖』
それ以外の何者でもなかった。
しかし私はもう狂っているのだろう。
その恐怖という感情はかき消され、冷静さを取り戻す。
このような能力がある以上命が狙われるのは仕方がない。
何かほかの武器はないかと彼女のトランクを見る。
「は?」
思わず声が漏れ出た。
これでどうやって戦えと?
彼女のトランクには古びたモシン・ナガンが入っていた。
私はシモ・ヘイヘなんかじゃない。
そもそもというもの日本に生まれたから銃なんて持ったことなどないのだ。
もうこれで戦うしかない。
しかし弾は5発しか無かった。
元は遠距離用だったのだろう。
この距離でスコープはデメリットでしかないので外した。
乗客はおよそ30人程度。
遊が少しは減らしてくれたのだろう。
ほぼ無敵である彼女には誰も撃てないままだ。
しかし少しずつ元乗客は連携を取り始め、
合わせて一斉に彼女に向けて撃った。
何人かは倒れたが問題はそこじゃなく、哀河遊にあった。
彼女が傷を負ったのだ。思い返せば彼女が不意打ちで私と同じで倒れるわけが無い。私と一緒に死んだ訳では無いだろうが今考えると非常におかしいのだ。
恐らく彼女には反射できるダメージの限度があると考えるしかない。
反射できなかったダメージはそのまま彼女へ送られるといった感じだろうか。
これに気づかれてしまったということは非常にまずい。
私も1発1発力を込めて頭に当てる。
しかし銃というのは思ったより反動が強い。
弾は5発しかないのだから外さずに、しかも一発で倒さないとダメだ。
しかしここからどうしよう。弾は遂に残り1発になってしまった。彼女ももう疲弊している。
まさに八方塞がりの中、彼女は現れた。
「やぁ、随分と手こずってるねぇ。」
音もなく現れた彼女はそう言う。
しかし彼女が何も無いところから出てきたという摩訶不思議な現象よりも彼女の服装に目がそっちのけでロックオンしてしまう。
彼女はメイド服を着ていた。
それはもう可愛らしいメイド服。
しかしクールそうな彼女が着ると少し格好よくも見えた。
その事実を受け止めると同時に元乗客は爆発四散した。
なんの脈絡もなく、合図もなく、ただそう言う運命だったかのように一斉に散らばった。
肉片が散らばり、元々赤かった機内が真紅色に染まった。
「これで満足かい?遊。」
彼女は遊の手を取る。
「やぁ、久しぶりだな。」
彼女の名前はなんだろう。と考えているとその答えは実に有名だった。
「救援感謝するよ、切り裂きジャック。」
「その名前で呼ぶな、恥ずかしい。」
「久しぶりの再会に酷いなぁ〜『切り裂きジャック』?w」
「やめろ!あれは黒歴史だ……」
切り裂きジャックと呼ばれている彼女は手で顔を覆い隠し恥ずかしいがっていた。
ポカーンとしている私に彼女は近寄ってくる。
「やぁ助けに来たよ。私はカバネ。決して切り裂きジャックなんかじゃない。」
しかしその顔は少し赤かった。
彼女はそれを隠すように咳払いをする。
「さぁ行くよ」
彼女がそう言うと突然周りが歪み始めた。
歪み始めた「それ」はだんだん形を変えていく。
気がつくと私達は中世の街並みのど真ん中にいた。
今起こった出来事に頭が追いつかない。
しかし隣の遊はそれに懐かしみすら感じている風貌だった。
少し気まずい雰囲気も醸し出していた。
まぁそりゃそうか、最初の予定地は刑務所!と堂々と公言していたからな……
カバネはというと誰かに電話をしていた。
相手は誰かわからなかったが彼女の話し方から付き合いは長い方だと予測できる。
すると何やら遠くの方で喧騒が聞こえてきた。
私達には関係ないだろうと思っていると何やらそれはだんだん大きくなってこちらに向かってきているようだった。
その喧騒の正体はまるで水のように綺麗な列を作り出していた装甲車達だった。
『私達の能力を悪用する人も少なくは無い』
私は遊の言葉を思い出し身構える。
装甲車から出てきた武装した兵士たちは銃を構え、私たちを囲む。
周りがざわつき始め、中には動画を撮り始める輩もいた。
するとカバネは面倒くさそうに頭を掻く。
その瞬間、輩たちのスマホが破裂した。
どれがどのパーツか分からないくらい、修理が出来ないくらいに粉々になった。
すると比較的大きい装甲車からリーダーらしきものが出てくる。
「あまり大衆の面前でやられると困ります。」
この男に囲まれている状況でまさかのリーダー格は女だった。
別に差別発言という訳では無い。
しかしそこらの女性とはやはり違い、凛々しい戦場を経験した目をしていた。
するとさっきからカバネの後ろにいた武装した男2人がカバネに手錠をかけた。
「何を!」
咄嗟に手が出そうになるがカバネは待ったを掛けた。
「薄々気づいていると思うが私はジャック・ザ・リッパーだ。」
かの有名なね。と自慢げな彼女は続ける。
「実はまだ刑期を終えていないんだ。あと…200年くらいかな?」
「抜け出そうと思ったらもちろんいつでも抜け出せるよ?」
だけど沢山湧く蚊は鬱陶しいでしょ?彼女は傲慢な態度をとっているがそれは間違いではないのかもしれない。
それは周りの部隊の武装具合で分かる。
「しかしこっちで捕まってる方が色々都合がいいんだ。だから君たちのお友達探しには付き合えない。」
カバネは両手を合わせて謝る。いつの間にか手錠は外れていた。しかも私は仲間探しのことについては何も言っていない。
彼女が仲間になればとても心強いと思ったがここからどうすべきだ……?
「しかし、どうしてもと言うなら条件をつけよう。」
まさかの提案に私もさっきまで黙り込んでいた遊も反応する。
「矢黒波奈。誰か一人をこの中から殺害し首を私の前に持ってこい。」
その提案に私よりも素早く反応したのは遊だった。
「待て!彼女にこれ以上人殺しをさせるな!」
「君には提案していない。哀河遊。」
「この仮にも連続殺人鬼だった私がろくに殺す覚悟も経験も積んでいないやつの仲間になれと?」
「ジョークは程々にしてくれ、ここはロンドンだ。」
「わかった。」
私は彼女の提案を受けいれた。
遊はもちろんそれに抗議する。
「待て!待つんだ!」
私は彼女を嘲笑う。
「私に2度目の死と殺しを味わせたのは貴方でしょう?」
カバネはそれでいい と私にナイフを差し出した。
「さぁ、やって見せろ。誰でもいいぞ?ん?」
彼女は挑発気味に開始のゴングを鳴らした。
私は私に出来る最速の動きでナイフを振りかざした。
その結末は誰もが驚いただろう。私ですら驚いた。
私はカバネにナイフを振った。
カバネの頭が宙を舞い私の手元にぽすんと落ちる。
流石の彼女もこれには驚いたようで一瞬の静寂が訪れる。
そしてその静寂を破るようにカバネは人が変わったかのように言った。
「あぁ…いいなぁお前…あまりにも狂いすぎている……」
彼女は生首の状態で艶やかな笑みで言葉を吐き続ける。
「あぁ……お前は異常だよ……私よりもさらに……いいねぇ…そういうの私はすっごく大好きだ……」
けけけけけっ
彼女は不気味な声で笑う。
「好きだ……好きだ…大好きだ…あぁ……お前が欲しい………」
「誰にも……誰にも渡さない……その踊り狂いは私のモノだ……」
けひゃひゃっ
その声が聞こえると共に意識が朦朧とし始める。
いつの間にか私の手を離れ胴体とくっついていたカバネは今にも倒れそうな私を舐めるように手で撫でる。
「一目惚れってやつかなぁ……けひひっ…」
「あぁ……美しい……もっともっと身近でそれを感じたい……」
「しかしこれは許可が必要だからなぁ……」
「さて許可を頂こう……今からお前の、矢黒波奈の体の中に人格として侵入する。いいな?」
「なっ……!」
遊は堪らず殴りかかろうとするが、カバネの能力によって弾き飛ばされる。
正直私はもう倒れそうで仕方がなく、言っている内容がよく聞き取れていなかったが本心を伝える。
「……良いよ。だけどあくまで主導権は私ね?」
「けひっ……君ならそういうと思ったよ…これから私達は2つで1つだ……君が危険にさらされる場合には然るべき対処をしよう……」
それがルームシェアの最低条件だ と彼女は言う。
結局私の事が好きで一緒にいたいだけなのだろう。彼女はやはり恥ずかしがり屋だ。こうでもしないと気持ちを伝えられないなんて不器用にも程がある。
私は微笑む。
「歓迎するよ、カバネ。」
私達は光に包まれる。
「こんな伝え方だけどちゃんと伝わったかな……?」
カバネは涙を流す。やはり彼女は不器用だけどそこが可愛いところだ。
「大丈夫だよ。」
私は彼女を抱きしめる。
光が明ける。
しかしそれは突然だった。
遊は全力ダッシュでこちらに来てくれているがそれでも間に合わなかった。
やはり不死身でも死ぬのは怖いのだ。
ぱぁん
ロンドンに小さな小さな花火が上がった。
矢黒波奈 12/14 13:38:31 イギリス/ロンドンで死亡。
死因不明。
何らかの要因で頭が弾け飛び死亡。
これにより矢黒波奈
通算死亡回数 3
能力『復活』は未だに発動していない。
終人 @matcyakari
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