第3話

 まずやるべきは、この土地がどういう状態なのか現場を知ること。

 というわけで、今日も朝から村を巡回してみることにした。

 すると出くわしたのは、農業の跡らしき畑だが、すっかり雑草と石だらけで見る影もない。


「ひでぇな……。こりゃ作物が育つわけないか」


 俺は足で雑草を踏み分けながら畑の土を手に取ってみた。

 すると案外、土そのものはそこまで悪くはなさそうだ。

 水さえ引き込めて、ちゃんと手入れをすれば、まだ復活の見込みがあるかもしれない。


 そこへ、村の代表格らしい年配の男性がやってきた。

 彼は顔に刻まれた深い皺をくしゃっとさせて、気まずそうな表情を浮かべている。


「タカト様、畑を見られましたか。ここ数年、灌漑がうまくいかず、この有様で……」


「やっぱり水不足なんだろ? それに肥料もまったく使ってない感じだよな」


 俺がズバリと指摘すると、彼は少し驚いたように目を見開く。

 どうやら当たりらしい。


「実のところ、以前の領主様は農業には興味がないご様子で……税だけを取り立てるばかりで畑の管理をしなくなったんです。なので、肥料を作るなんて考えもしませんでした」


「なるほどね。じゃあまずは肥料作りに取りかかろう。幸い、家畜が多少いるなら、その糞を活用すれば堆肥ができるだろ?」


 俺が提案すると、その男性だけでなく周囲に集まっていた村人がざわりと声を上げた。

 どうやら、ここでは堆肥の技術があまり浸透していないらしい。

 俺は前世でちょっとだけ農業体験をしたことがあるし、基礎知識ぐらいはわかる。


「えっと、家畜の糞に落ち葉や草を混ぜて発酵させれば、いい感じの肥料になる。匂い対策とか手間はかかるけど、かなり効果あると思うぞ」


「そんなやり方があるんですね……。タカト様はなかなか物知りで」


 村人たちは半信半疑の表情だが、「まあ試してみるか」という空気になっている。

 実際のところ、他に頼れる方法がないのだから、やるしかないのだろう。


「よし、みんなでやってみよう。肥料を作るところからスタートだ。んで、できたら区画をきちんと整えて土をならす。水を通す溝も掘ろう」


 俺がどんどん指示を出すと、村人たちは口々に「本当にできるのか……?」と不安を漏らしながらも作業を始める。

 スコップを持って落ち葉をかき集める者、家畜の飼育小屋で糞を運ぶ者、さらには大きな穴を掘って混ぜ合わせる者……それぞれが一斉に動き出す様子は、いかにも「開拓」という感じがして胸が高鳴る。


 もちろん俺も手を抜かない。

 前世ではデスクワークが多かったが、今は体を動かさなきゃ始まらない。

 自分で泥にまみれながらスコップを振るい、汗を流した。


「おい、領主様がそんな汚い仕事をしたら……!」


「いいっていいって! そんな体裁気にしてる場合じゃないだろ? みんなでやるほうが早いんだし」


 俺は豪快に笑い飛ばして作業を続ける。

 すると村人も「それなら……」とばかりに遠慮なく頼ってきてくれて、段々と作業が進んでいった。


「タカト様、あなた変わってますな。普通の貴族はこんな土まみれの仕事を自らやろうとはしないものです」


 年配の男性が感心したように言うので、俺は苦笑いしながら返した。


「変わってるって言われるのは昔から慣れてるんだ。けど、“やるしかねぇ”が俺の信条でさ」


 すると、作業している周囲からも笑い声が上がった。

 この荒れ果てた地で、こうして一緒に汗を流せば、お互いの距離も縮まるに違いない。

 そう信じて、俺はさらに声を張り上げる。


「行くぞ、みんな! こういうときこそ張り切ってやろうぜ!」


 その日、村人たちは怪訝そうな顔から次第に笑顔へと変わり、「領主様も悪くないかもしれない」と囁き合う姿が見られた。

 そうやって少しずつ、村人たちの心を開き、俺はこの領地で初めての“仲間”を得た気がしたのだ。

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