第2話

 外へ出たはいいが、人の気配がまるでない広場を見渡す。

 乾ききった土が広がっていて、まさにゴーストタウンだ。

 けれど、よく見ると少し先にはぼろぼろの家が数軒並んでいる。

 そして申し訳程度に立った木の看板には、かろうじて「○○領」の文字が刻まれていた。


「この辺り……村って呼んでいいのかな」


 俺が呟いた瞬間、そろそろと何人かの男女が姿を現した。

 怯えたようにこちらを見ながら、距離を取っている。

 その中の年配の男性が、恐る恐る近づいてきて、ぎこちなく頭を下げた。


「おお……お、お初にお目にかかります、領主様、です……か?」


 小さな声でそう言いながら彼は首を傾げている。

 無理もない。

 こんな荒れ果てた領地に放り込まれた“貴族”なんて、誰も期待してないのだろう。

 俺は慌てつつも、なるべく明るい調子で手を振ってみた。


「まあ、そんな感じっぽい。悪いけど、ちょっと話を聞かせてくれないか?」


 その言葉に男性はほっとしたように胸を撫で下ろす。

 彼の背後からも、数名の村人がこちらをうかがい始めた。


「……失礼を承知で申し上げますが、先日までここに来るはずだった貴族の方が“左遷されてきた”と聞いておりました。正直、私たちも何も期待していなかったのですが……もしかして、そのお方があなただと?」


「左遷ねぇ……そうか、そういう扱いか」


 つまり、中央の貴族社会の中で厄介者扱いされ、こんなボロ領地に押し込まれたというわけだ。

 察するに前世で言えば、“地方支店に飛ばされたサラリーマン”みたいな感じなんだろう。


 ここで嘆いていても仕方ない。

 俺は深呼吸し、一度にこりと笑ってから言葉を放った。


「いや、めちゃくちゃ大変そうだけど、逆に燃えるだろ? 俺はこういう逆境こそワクワクするタイプなんだよな」


 少し大げさに肩をすくめてみせると、村人たちは目を丸くしている。

 そんなリアクションも、まあ無理はない。

 普通なら泣き言を言うところかもしれないが、俺はもう決めたんだ。


「でも、金とか全然なさそうだよな? これからちょっと財政を確認してみたいんだけど、いい?」


 俺が問うと、村人のひとりが申し訳なさそうに書類らしきものを持ってきた。

 そこには案の定、悲惨な数値が並んでいる。

 借金、未回収の税金、そして過去の領主が使い込んだ跡……負の記録がどっさりだ。


「やっぱりね……。なるほど、今は底をついてる感じか……」


 俺は苦笑しながら書類をぱらぱらとめくった。

 でも、ここで絶望してもはじまらない。

 日本の会社だって、資金繰りの綱渡りを経験してきた。

 俺があの頃の知恵を活かせば、何とか打開できるかもしれない。


「うん、面白くなってきたじゃねえか! この領地、必ず立て直してやる!」


 そう宣言すると、村人たちは半信半疑の眼差しを向けてくる。

 でも、疑うのは当然だろう。

 ただの若造が突然現れて「何とかする」なんて言ったところで、そう簡単には信じられない。


「えっと……領主様、本当にこの領地を捨てずにいてくださるので?」


 誰かがそう呟き、俺は思い切りうなずいた。


「捨てるわけないだろ! こんなに面白そうな課題、投げ出したらもったいないぜ」


 冗談めかして言うと、村人たちは少し笑みを浮かべた。

 その刹那、「ほう……」とどこかから感心したような声が聞こえる。

 見ると、腰の曲がった老人が俺の方にじりじり近寄ってきた。


「若いのに、ずいぶんと豪気なことを言うじゃないか。ならば、あんたが本当に領主としてやってくれるかどうか……わしらも見届けさせてもらおう。名前はなんとおっしゃるんだ?」


 ――その瞬間、何か胸の奥に熱いものが込み上げる。

 俺は苦笑いしつつ、肩の力を抜いてから答えた。


「俺はタカト。よろしく頼むわ」


 ――こうして俺は、左遷貴族として正式に領地を任された。

 救いようのないほど荒れた土地だし、借金まみれだし、周囲の目は冷ややかだ。

 でも、まるで燃え盛る闘志みたいに心が躍ってくる。


「よーし、ここからだ。気合い入れてくぞ!」


 そんなわけで、俺はこの領地の貴族“タカト”としての第一歩を踏み出すのだった。

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