第7話 見向きもしない

 翌日以降、ミスティアへの部屋の来訪者がびっくりするほど増えた。


「奥様! お部屋の掃除を!」

「奥様、お部屋を移動いたしましょう! こんなところお体に悪いですわ!」

「奥様、屋敷の管理に関する書類が!」


 手を変え品を変え、どうにかしてミスティアの気を引こうと使用人たちは必死なのだが、生憎とミスティアには砂粒ほども響かない。


 妊娠し、悪阻が酷くなって別居していたはずの義母セレスティンがこの本邸にやってきてから全ては簡単に崩れ去った。

 ミスティアの世話はきっとセレスティンにとって、とても楽しかっただろう。

 そして、良い義母だったに違いない。


 だが、子供が産まれてから驚くほど変化した。クソっぷりを遺憾なく発揮してくれたのだ。


 ランディの全ての世話をミスティアの手から取り上げ、乳母を呼び寄せ、義母と二人がかりでランディにべったり張り付いて育てた結果、ランディの口からはほいほいと母を罵る言葉が出てくるようなクソガキに育っていた。

 ミスティアだって必死に我が子を取り戻そうと尽力したが、ミスティアの行く手を阻むように使用人達はセレスティン側について妨害をしてくる。


 挙句の果てに、本来の部屋からも追い出され、息子を産んだことで心も体も疲れたのだろうだから、これからはこの部屋でゆっくりすればいいと、眠り香に加えて精霊眼を封じる香も焚かれて眠りについていたようだ。

 その時、ランディは物心ついていたから、出るわ出るわミスティアへの暴言の数々。

 こんな言葉を聞くくらいなら、眠気に任せて眠ったままの方がましだ、とミスティアはつい逃げた。


 だが、そのお香が人体に悪影響だったことは、セレスティンも使用人達も知らなかったらしいが、結果として眠り香の時間と精霊眼封じの香の時間がずれていたことでぱっちりと目が覚めた、ということらしい。


 更には、目が覚めたタイミングで運よく精霊眼封じの香までもが効力が切れたことでミスティアは風の精霊たちとの交流ができるようになった、というわけだ。


「巧妙に仕組んでくれたじゃないの。まぁ、確かに産後体の調子はおかしかったけれど」


 妊娠すると体にどういう変化があるのか分からない、と自身の母から聞いていたミスティアは、『これがそうか……』と感じたのだが、もう今はどうでも良い。


「奥様、どうか扉をお開けくださいませ!」


 開けたらこの部屋になだれ込んでくるんだろうな、と分かりきっているのに、誰が開けるというのだろうか。ここの人たち、頭が悪い。


 ミスティアの実家から『ランディのため』と言いながらあらゆる手段で金をせびって豪遊していた馬鹿どもに、どうして心を開けるというのか。

 しかも、リカルドまで『俺は君を愛しているんだ』とか何やら言っていたが、それも信じるに値しない。


「ミスティア! お願いだから開けてくれ!」

「……増えた」

「お母様!」

「…………また増えた」


 聞きたくない筆頭の二人まで加わったらしい。

 来られたところで、どうしてミスティアが心を開くと思ったのだろうか。


【ミスティア、どうするー?】

【ふっとばすー?】


 意識がしっかりしてからは、精霊たちがボディーガードのようにミスティアを守ってくれているので安心だ。

 扉があかないように部屋内部から良い感じの風圧をかけてくれているので、そう簡単には扉は開かないだろう。鍵は開いているのに開かない扉にショックを受けろばーか、という単純明快な理由によりミスティアと風の精霊がノリノリで細工を施した。


 結果として効果は抜群。


 どうやっても開かない扉に、使用人一同、リカルド、ランディ、全員が苦労しているらしい。


「魔法で吹っ飛ばせばいいのにね」

【ミスティアにドアの破片が当たったらこの家ボクらが吹っ飛ばす】

【めっちゃ高くあいつら吹き上げて落とす】


 殺意マシマシな精霊の台詞は、ミスティアはそっと聞かなかったことにした。


【ミスティアに害為すもの、ぶちのめす】


 精霊眼を持っているサイフォス男爵家の人間は、とっても精霊に愛される。

 知ってはいたが、ここまで愛される!? とミスティアも驚いたものだが、この家の人たちに猫なで声で走ってこられるよりマシだ。いいや、マシというかむしろ大歓迎、というレベル。


「お母様ー!」

「ああ坊ちゃま、何とおいたわしい!」


 寸劇でも繰り広げられているのだろうか、と思うランディの泣き声と必死に縋る声、そしてメイドの泣き声。

 別に泣かれたからといって、出て行くことはしないけれど、家の仕事放棄するんじゃないわよ、と思ったミスティアは嫌々ながら扉を開ける。

 使用人達がわっとなだれ込んでくるのをまた風の力で防ぎつつ、真顔で告げた。


「人の部屋の前で寸劇繰り広げるくらいなら、仕事したらどうです?」


 あまりに淡々としたそのミスティアの声と様子に、泣いていたランディは涙が引っ込み、リカルドは呆然とし、使用人達は口をあんぐりと開けることしかできなかった。

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